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第65話 ホットスナック

「あっ! そういえばさ!」

「……ん? どうしたの?」

「かなちゃんって『星宮ひすい』とコラボしたんでしょ!? すごいよねー!」


 そう言って目を輝かせるしおりお姉ちゃん。既にコンビニを後にしてそれぞれの買い物を終わらせていた。私は適当に気になったスイーツを、しおりお姉ちゃんはホットスナックが好きらしくチキンやポテトを買っていた。


「あんな有名人に目付けられるなんて、かなちゃんやるねー」

「あはは……私もまさかの出来事だよ」


 こうして話すと、本当にあのひすいさんが私のことを好いていてコラボを誘ったのか現実味が無くなる。でも、あの日私は確かにスタジオにいて、確かに一緒に歌っていた。現に、アプリを開けばそこに動画として形に残っているのだ。そう考えるとなんだか不思議な気分になる。


「……どんどん遠くに行っちゃうんだろうな」

「え?」


 ふと隣にいるしおりお姉ちゃんがこぼす。その目は羨望の眼差しで、それでいて少し寂しそうだった。そういえば、しおりお姉ちゃんの目指したかった像は『主人公』……だったっけ。

 キラキラ輝いて、誰もが憧れるような存在。私がいたからなれなかったと言っていたその時の顔がちくりと胸に刺さった。しおりお姉ちゃんだって、今からでも遅くはないんじゃ……


「寂しくなるね! なにかあったらいつでも連絡してね? たまにはご飯作りに来てね!?」

「……ん?」

「かなちゃん可愛いからどこぞの変な男に引っかかりそうで怖いな〜……」


 なにか勘違いされているような気がする。いや、私が勘違いしていたのか?


「いやいや、物理的に遠くに行くわけじゃないから。そもそも遠くに行かないから」


 私がそうツッコむも、しおりお姉ちゃんは納得がいかないのか怪訝そうな顔つきになる。あれ? これ私がおかしいのか?

 まあでも、しおりお姉ちゃんが不安に思う気持ちもわからなくはない。これからどんどん有名になってひすいさんと絡む機会が増えていけば、必然的にしおりお姉ちゃんと話す機会も減る。それは、しおりお姉ちゃんにとって寂しいことなのかもしれない。私としても寂しい。


「何があってもさ、私たちは今までもこれからもずっと一緒だよ」

「かなちゃん……」


 私の言葉にしおりお姉ちゃんは目を見開いた。そしてすぐに笑顔になり、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。せっかくセットした髪が乱れるからやめてほしい……

 でも、不思議と悪い気はしなかった。しおりお姉ちゃんの手が暖かくて安心する。だから、このままでいい気がした。


「もー、しおりお姉ちゃんくしゃくしゃしすぎ!」

「だってこんな可愛いこと言ってくれるなんてさ、嬉しくなっちゃって!」

「えー? しおりお姉ちゃんは思ってくれてないのー?」

「思ってる思ってる。思ってるから嬉しかったの」


 そんなふざけたやりとりをする。でも、そこには確かな絆があって、それは私が今まで築いてきたものだ。たとえ離れ離れになっても、私たちが会うことが無くても、私たちの縁が切れるわけじゃない。そう思えた。

 しおりお姉ちゃんは私にとって憧れで、目標で、大好きな人だ。だから私はこれからもしおりお姉ちゃんの隣で笑っていたい。


「ね、しおりお姉ちゃん! もっと寄り道していこうよ!」


 私はそう言ってしおりお姉ちゃんの手をぎゅっと握った。しおりお姉ちゃんは驚いた表情になったが、すぐに笑って握り返してくれる。


「もう夜遅いけどいいの?」

「いいの! 今日の私は不良なの!」

「悪い子だー」


 そう言って私たちは笑い合った。そして、しおりお姉ちゃんは私に歩幅を合わせながらゆっくりと歩き出す。その横顔がなんだかかっこよくて、私は思わず見惚れてしまった。


「あ、そうだかなちゃん」

「ん?」

「はいっ」


 そう言い終わるよりはやく、私の口になにかを突っ込んできた。驚きながらも咀嚼する。……これは肉まん?

 そういえばしおりお姉ちゃん、ホットスナック色々買い込んでたっけ。でも、なんで私にくれるんだろう。


「美味しい?」

「うん、まあ……」


 私の煮え切らない返事を聞いたしおりお姉ちゃんは満足そうに笑った。そしてまた前を向いて歩き出す。私もそれに続いた。……なんで食べさせてくれたんだろ?

 そんなことをぼんやりと考えるが、結局答えは出なかった。ただなんとなくしおりお姉ちゃんの優しさに触れた気がして、心が暖かくなるのを感じるのだった。


「んー、やっぱ半分こはいいねぇ」

「ん……」


 あれから、私たちはコンビニのホットスナックを1つずつ半分こして食べていた。しおりお姉ちゃんは幸せそうにチキンを食べている。私ははふはふとチーズたっぷりのピザまんを頬張っていた。あったかい……


「……もしかして、最初から二人で食べるつもりだった?」

「んー?」


 しおりお姉ちゃんはとぼけたふりをしてチキンを齧る。なんだかそれがおかしくて、思わず笑ってしまった。もしかして……いや、もしかしなくても私に気を使わせないためなのだろう。


「……ほんとずるいなぁ」


 私はボソッとそう呟くとピザまんにかぶりついた。チーズがすごく伸びて美味しい。やっぱりコンビニのホットスナックは神だ。


「んー! 美味しい!」


 隣でしおりお姉ちゃんが満面の笑みを浮かべてチキンを頬張っている。……なんか、心がむず痒い。私のためにわざと半分こにしてくれたと思うとすごく嬉しい。でも、同時に照れくさくもあった。


「あ、しおりお姉ちゃん」


 そんな気持ちを誤魔化すように私は声をかける。すると、しおりお姉ちゃんは「ん?」と首を傾げた。


「その……ありがとうね」


 私がそう告げると、しおりお姉ちゃんは一瞬驚いた表情になるがすぐに笑顔になって私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「もー! 可愛いなぁ!」


 そう言ってまたぐしゃぐしゃにされる。でも、今度は嫌ではなかった。むしろもっとして欲しいと思う自分がいる。……私って単純だな。

 そんなことを思いながらも、私はされるがままになっていた。しばらくしてようやく解放されると、しおりお姉ちゃんは俯きがちにつぶやいた。


「かなちゃんはきっと、大物になるんだろうね……」


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