「よーし! 今日は喉の調子いいからどんどん歌っちゃうよー!」
【うぉぉぉぉ!】
【お歌! お歌!】
【次これ歌ってほしいー!】
私の一言でコメント欄は大盛り上がり。相変わらずリスナーさん達はノリがいい。というより、みんな私の歌を求めてくれているのだろう。少し恥ずかしくて、ありがたくて、心がポカポカする。
「次は『キラキラ☆magic』歌ってみようか!」
【(つ🕶)o🪄スチャ】
【俺の好きな曲!】
【歌って歌ってー!】
みんなの期待が嬉しくて、私はイントロが流れ出すと同時に、思いっきり息を吸って歌い始めた。歌っていくにつれて、気分も上がっていくのが自分でもわかる。
やっぱり私は、歌うのが好きだ。歌えない未来なんて考えられないくらい、好きなんだ。
「〜〜♪」
【うわぁ】
【やばい、本当に感動】
【泣ける……】
コメント欄は称賛の嵐だ。歌い終わると、私を拍手で称えるコメントが流れていく。まるで夢のような時間だった。でも、これは夢じゃない。紛れもない現実なのだ。
昔の自分じゃ考えられなかった場所に立っている。そして現状に満足せず、さらに高い場所へ行こうとしている。今の私は、とても幸せ者だと思う。
「みんな、本当にありがとう! これからも頑張るね!」
【うおぉぉ!】
【頑張れー!】
【応援してます!】
そんな暖かいコメントを見て、思わず笑みがこぼれる。ああ、本当に幸せだ。こんな時間がずっと続けばいいのに。でも時間は止まってくれないし、配信はいつか終わりを迎えるものだ。
だから私は精一杯歌う。リスナーさん達に私の歌を届けるために。そして何より……自分自身のために。
「今日はこの辺で終わりにするね。みんな、いつもありがとう!」
【楽しかった!】
【おつー!】
【またね〜】
名残惜しいけど、お別れの時間が来てしまった。でも大丈夫。明日も明後日も配信は続くし、時間がある限りはいつだって配信できるんだから。
「それじゃあ、みんな。明日も絶対きてね! おやすみ!」
【おやすみなさい!】
【お疲れ様でした!】
私は配信停止ボタンを押して、ヘッドホンを外す。今日は本当に楽しかったな。リスナーさん達の応援のおかげで、いつも以上に上手く歌えた気がするし。
「ふぅ……」
大きく伸びをして、一息つく。時計を見ると、もう深夜の0時を過ぎていた。そろそろ寝ないと、明日に支障が出るかもしれない。
でも、その前に一つだけ、やっておきたいことがある。私は机の引き出しから箱を取り出すと、ゆっくりとそれを開いた。中から出てきたのは、一枚の名刺。それはひすいさんから渡された、これからお世話になる事務所の代表者からのものだった。とはいえ、設立にはだいぶ時間はかかるだろうが。
「ここまで来れたんだなぁ」
しみじみとしながら、名刺を眺める。本当に夢みたいだ。でも、これは紛れもない現実で、私が掴み取った未来なんだ。そう思うと、なんだか感慨深くなる。
配信をしようと決めた時はここまで来れるなんて思わなかった。推しがいない寂しさを埋めるためただ自分のためだけに始めた配信。それがいつの間にか、たくさんの人を楽しませることができるようになった。そして今、その人達のおかげで、私はさらに高みへ上ろうとしているのだ。
「私……変われてるよね」
そう呟いてみるけど、返事はない。当たり前だ。ここには私一人しかいないんだから。でも、それでいいと思う。だってこれは私の独り言だから。誰かに聞かせるためのものじゃないんだし。それに今は……
「一人でも大丈夫」
そう思えるから。
私は名刺を机の上に置くと、ゆっくりとベッドに潜った。目を閉じると、睡魔が襲ってくる。それが不思議と心地よい。私はそのまま意識を委ねることにした。
「明日も配信頑張ろう」
そう呟いて、私は眠りについた。
……時計を見ると、6時半だった。いつもより少し早い時間だけど、二度寝する気にもなれず、そのまま起き上がることにした。カーテンを開けてみると、外はまだ薄暗い。でもそんな空模様とは裏腹に、私の心は晴れ渡っていた。
「よし、準備しよう」
私は軽く伸びをしてから、身支度を始めた。顔を洗って歯を磨いて、髪をセットする。そして最後にお気に入りの服に身を包んで、鏡の前でくるりと一回転した。うん、完璧だ。ばっちり可愛いぞ私!
そんな自画自賛をしていると、スマホが鳴ったので手に取ってみる。画面を見ると、そこにはひすいさんからのメッセージが表示されていた。
【おはほ(お】
「……なんて?」
あまりの意味不明さに、思わずそう呟いてしまった。もしかして朝が弱いのだろうか。なんとなくそんなイメージあるし。でも、そんな考えを吹き飛ばすかのように、次のメッセージが送られてきた。今度はしっかりと意味のわかる文章だ。
【今日の予定は?】
「え?」
突然の質問すぎてびっくりした。今日は平日だから学校があるのだけど、そんなことを聞くためにわざわざ連絡してきたのだろうか。それとも、学校が終わったあとの予定を聞いているのだろうか。
どちらにせよ、この時間帯にわざわざメッセージを送るということは、おそらく大事な用事なのだろう。私はとりあえず返信することにした。
「えーっと……【特に何もないですよ】?」
とりあえず無難な返事をしてみることにした。すると、すぐにまたメッセージが送られてきたので、開いてみる。
【じゃあ、ちょっと付き合ってほしいのだが】
「え?」
なんで? と聞き返そうとしたけど、その前にひすいさんからのメッセージが届いてしまった。
【あ、すまん。今時間あるか?】
「うーん……」
正直あまり余裕はない。でもまあ、少しくらいなら大丈夫だろうと思い直すことにした。それに今日は配信をする予定もないしね。私はスマホを操作しながら返信した。
【大丈夫ですよ! どこに行けばいいですか?】
【ありがとう。では、駅の北口集合で頼む】
「わかりました!」
私は元気よく返事をして、身支度を再開した。
「ふぅ……」
玄関を出て、深呼吸をする。天気は快晴。日差しが心地よい。絶好のお出かけ日和だ。こんなに良い日なのに学校に行かなければならないのは少し残念だけど、まあ仕方ない。それに、天気が悪い時であっても学校に向かいたくないものだし。
そんなことを考えながら、私は駅へ向かって歩き出した。しばらく歩いていると、前方に人影を見つけた。近づいていくとその人が誰なのかわかった。その人物は私に気づくと、軽く手を挙げて挨拶をした。
「おはよ、けーさん」