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第92話 ひすいさんの用事

「おはようございます!」


 私が元気よく挨拶をすると、彼女は少し微笑んだように見えた。その表情からは感情があまり読み取れないけど、それでも何となく親しみやすさのようなものを感じることができる。

 この人はどんな目的があって呼び出したのだろうか。学校が始まる時間までは時間があるが、あまり長くならないことを祈るばかりだ。


「突然呼び出して悪かったな。実はこの辺りにちょっとした丘があるらしくてな。そこが散歩にちょうどよさそうだから行ってみないか?」

「い、今からですか……?」

「あぁ、もちろんだ。我もまだ行ったことがないが、景色が良さそうなところだから行ってみる価値はあるだろう」

「わ、わかりました。じゃあ行きましょうか」


 私は彼女の後をついて行き、その丘へと向かった。

 しばらく歩くと確かに小高い丘が見えてきて、そこには見晴らしのいい場所があった。そこから見える景色はまさに絶景と言えるもので、遠くに見える海や街並みを一望することができる。


「わぁ……すごい……」


 思わず声が出てしまうほどその光景は美しかった。


「どうだ? 綺麗だろう?」

「はい! とても素敵です!」


 私は目を輝かせながら答えると、ひすいさんは満足げな表情を浮かべた。そしてそのまま草の上に座り込むと、私も同じようにして隣に座った。

 しばらく無言で景色を眺めているうちに少しずつ緊張も解けてきた気がする。それと同時に疑問が浮かんできたため、思い切って聞いてみることにした。


「……あの、どうして私をここに連れてきたんですか?」

「そうだな。君は我に……いや、我らに隠していることはないか?」

「え?」


 予想外の質問に思わず聞き返してしまう。彼女は一体何を言っているんだろうか? 隠していることと言われても特に思い当たる節は……


 いや、あるかもしれない。

 でもそれは、ひすいさんたちには関係のないことだ。だからこそあえて言わなかったし、言ったら変なやつだと思われるのが目に見えているから誰にも言えなかったのだが。


 ……それを、ひすいさんは見抜いたというのか?


「さぁ、我にその胸の内を打ち明けてみろ。悪いようにはしないから」


 そう言ってひすいさんは優しく微笑む。その笑顔を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感じがした。それと同時に安心感を覚えた私は、いつの間にか口を開いていた。


「……実は、二周目なんです」

「ほう?」

「人生の二周目……私は本当は交通事故で死んだはずだったんです。それなのに、目が覚めたら自分の家にいて……」


 それから私は自分が死んだときのことや、気がついたらこの世界にいたことなどを話した。その間、ひすいさんはずっと黙って聞いてくれて、時折相槌を打ってくれたりもした。それがとても心地よくて、気付けば全て話し終わっていた。

 全てを話し終えた後、しばらく沈黙が続いたがやがてひすいさんが口を開く。何を言われるのか不安だったけど、意外にも彼女の口から出たのは褒め言葉だった。


「なるほど、よく話してくれたな。ありがとう」

「いえ……」


 まさかお礼を言われるとは思ってなかったため、少し戸惑ってしまう。でもそれ以上に嬉しかった。今まで誰にも言えなかったことを打ち明けられただけでも大きな進歩だと思うし、こうして受け入れてくれる人がいるというだけでも安心感があるものだ。


「なるほどな、ようやく合点がいったよ」


 ひすいさんは立ち上がり、大きく伸びをする。


「君が、寂しそうにしている理由に」


 その言葉に思わず耳を疑った。私が寂しそうにしている? そんなはずはない。だって前世では一人だったのが、今ではしおりお姉ちゃんもまりもそばにいてくれている。目の前にはひすいさんがいる。

 こんなにも幸せなことに囲まれているというのに、どうして寂しいと思うのか理解できなかった。


「私は別に寂しくなんか……」

「いや、我には分かるよ」


 ひすいさんは私の言葉を遮りながら言った。その瞳からは強い意志のようなものを感じることができた。その迫力に圧倒されて黙り込んでいると、彼女は続けて言う。


「君は彼女らを信じきれていないんじゃないか?」

「え……」


 図星を突かれた気がした。確かに私はしおりお姉ちゃんやまりものことを心から信頼できていないのかもしれない。当然だ。だって前は一人だったから。……一人に、なったから。


 前世でもしおりお姉ちゃんとまりとは親交があった。あったはずなのに、孤独だった時間の方が記憶に残っている。でも、それは決して二人が悪いわけではない。生活スタイルが変わると関わりがなくなってしまうこともある。それはわかっているのだ。

 でも、だからこそ……


「君と彼女らの間に何があったのかは知らないが……我から見ると君は失うことを恐れているように見える」

「そ、それは……っ」


 反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。それはひすいさんの言う通りだったからだ。私は失うのを恐れている。また一人になることを恐れているんだ。

 だからこそ信じられない。またいなくなってしまうんじゃないかと思ってしまう。ひすいさんの言う通り恐れているんだ。


「我は君のことを、もっと知りたいと思っている」

「はい?」

「我は君のことが気になっている。きっと、君のことを全部理解しないうちは当分離れないだろうな?」

「……それって……」

「我は、君の力になりたいんだ」


 その言葉に胸が熱くなるのを感じた。それと同時に涙が溢れてくる。今まで誰にも言えなかったことを打ち明けられただけで嬉しかったのに、まさかこんな言葉をかけられるなんて思いもしなかった。


「わ、私……ずっと一人だったからっ……だから……」

「大丈夫だ。我がついているから」


 そう言ってひすいさんは優しく抱きしめてくれる。その温かさを感じながら私はしばらく泣き続けた。ずっと言えなかった。自分でも気づかなかった気持ちがすーっと晴れていく感覚があった。

 それからどれだけ経っても、彼女はずっとそばにいてくれたのだった。


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