「はー……泣いた泣いた」
「うむ。いい顔だったぞ」
「……忘れてください……」
ようやく泣き止んだ時にはもう学校が始まる時間になっていた。急いでも間に合いそうにないので、今日は諦めることにする。……この後めいいっぱい怒られるだろうな。
「さて。もう学校には間に合わんが……この後はどうする?」
「どうするって……帰りますけど」
「……本当に帰るのか?」
「その言い方、なんか帰って欲しくなさそうなんですけど」
「ふっふっふ……」
まあこのまま帰ってもやることないし、一人でいるとひすいさんの前で泣きじゃくったことがフラッシュバックしそうだから暇つぶしに付き合ってあげてもいいかもしれない。ひすいさんに学校を休むことになった責任を取らせたいし。
「それで、これからどうします?」
「うむ、それなんだがな……少し行きたいところがある」
「行きたいところ?」
「ああ。……着いてきてくれるな?」
「……まあ、いいですけど」
「そうか! では行こう!」
ひすいさんは嬉しそうにそう言うと、私の手を引いて歩き出した。こうやってひすいさんに振り回されるのは嫌いじゃない。狭い世界にいる私のことを笑い飛ばしてどこへでも連れて行ってくれるような気がするから。
ひすいさんに連れられてやってきたのは、駅前の商店街にある小さなアクセサリーショップだった。店先に置かれた商品棚の上には可愛らしいアクセサリーが並べられていて、いかにも女子が好きそうな雰囲気だ。こういうところに来るのは初めてなので妙に緊張する。
ひすいさんはそんな私に気づいていないように、店先に並んだ商品を物色するように眺めている。ひすいさんが手に取ったのは、ピンク色の花の形をしたイヤリングだった。よく見ると表面にはラメが散りばめられていて、光の加減でキラキラと輝いている。思わず見とれていると、ひすいさんが私の方を向いた。
「これが気になるのか?」
「えっ……ああ、はい」
「そうか! なら買おう」
ひすいさんはイヤリングをレジまで持って行って購入すると、それをそのまま私に差し出した。私が戸惑っていると、ひすいさんは優しく微笑んで言った。
「君へのプレゼントだ」
「……へっ?」
「これなら孤独とおさらばできるだろう」
そう言って、ひすいさんはもう一つ自分用に買ったであろう袋から私に差し出したものと同じイヤリングを自分の耳につける。
「ほら、おそろいだ」
ひすいさんはそう言ってニコッと笑った。私は手のひらに乗せられたイヤリングと、満面の笑みのひすいさんの顔を交互に見つめる。イヤリングの値段は結構したはずだけど……いいのかな?
「いいんですか、これ……」
「ああ。君の役に立てるのなら、安いもんだ」
「……ありがとうございます」
私はイヤリングを大事に握りしめてお礼を言う。私に孤独感を生ませないためだけに買ったであろうイヤリング。……やっぱり、ひすいさんはすごい人だ。私のためだけに買ってくれたことが嬉しくて思わず笑みが溢れる。ひすいさんはそんな私を見て満足そうに笑った。
「うむ! やはり君には笑顔が似合うな」
「そうですか?」
「ああ。君は笑っている方が可愛い」
「……っ!」
不意打ちの褒め言葉に思わず顔が熱くなる。でもひすいさんの顔はいつも通りだったので、きっと深い意味はないのだろう。振り回されるのは嫌いじゃないと言ったけど、振り回されっぱなしなのは癪なので少しだけイジワルしてみることにした。
「……そういえば、私が死んだだとか転生しただとか話しましたけど、ほんとに信じてくれてるんですか? 証明しようのないことだし嘘ついてるかもしれないのに」
私がそう言うと、ひすいさんは面白そうに笑った。
「ほう。確かにそれもそうだ。だが、孤独を感じていたのは事実だろう? 君にどんな過去があろうと、我は我の直感を信じるさ」
毅然と言い放ったひすいさんを見て、この人には敵わないなと思う。自信満々でしっかりとした芯がある。私はひすいさんのこういうところに救われたんだな、なんてことを思いながら笑った。
ちょっと心を揺さぶってみようとしてもこのザマだ。きっと一生ひすいさんには敵わない。それでもいいかな、なんて思えてしまうのだから私も相当絆されているのかもしれない。
「さあ、次はご飯にしよう。お腹が空いてしまってな」
「ふふっ、そうですね。行きましょうか」
私はそう言って、ひすいさんの手を取った。
この感情にどんな名前がつくのかはまだわからないけど、今はただ、この幸せを噛み締めていたい。
「ラーメンとかどうだ?」
「うお……見た目によらず結構豪快なものいきますね」
「ん? そうか?」
私たちはおそろいのイヤリングをつけながらラーメン屋に来ていた。初めて入ったけど、店内は広くて混みあっていて繁盛しているようだ。席に案内されたので二人で向かい合って座る。
「君は何にする?」
「うーん……どうしよう」
メニュー表を眺める。ラーメンの種類も豊富で、色々目移りしてしまう。ひすいさんはそんな私を見て楽しそうに笑っていた。
結局、私は塩ラーメンを、ひすいさんは醤油ラーメンとチャーハンのセットを頼むことにした。注文を終えて待っていると、店員さんが大きなどんぶりに入ったラーメンを二つ持ってきてくれる。湯気が上がっていて見るからに熱そうだ。
「いただきます」
「うむ。いただこう」
手を合わせてから割り箸を割ってラーメンを食べ始める。一口食べると、スープの旨みが口いっぱいに広がって幸せな気分になる。
「美味しいですね!」
「ああ、そうだな」
ひすいさんはそう言って笑うと、ラーメンを一口頬張った。しばらくお互い黙ってラーメンを食べる。そして、先に食べ終わったのは私だった。私がどんぶりに残ったスープをレンゲですくっていると、ひすいさんがこちらをまじまじと見ていることに気づいた。
「ど、どうしました?」
なにか粗相でもしてしまったかと焦るが、ひすいさんの口元は柔らかい。
「いや……綺麗な食べ方をするなと見惚れていた」
「っ……ふ、普通だと思いますけど……」
「そんなことはない。とても綺麗だ」
ひすいさんはそう言うと私の目を見て微笑んだ。この人はいつもそうだ。私が照れるようなことばかり言うからタチが悪い。私は照れ隠しにラーメンをすする。
「……ごちそうさまでした」
「うむ、美味しかったな」
食べ終わった後、私たちは店を出た。空がオレンジ色になりかけていて、時間というものはあっという間に過ぎるな……なんて他人事のように思っていた。
ひすいさんは私の手を引いて歩き出す。私はされるがままに、ひすいさんについていくことにした。