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第95話 孤独の思い込み

「で、なにかあったの? 昨日休んでたわよね?」

「いや、だからなにもないって……」


 お昼休みになっても、なぜかまりに詰められている。危うく口に含んでいるブロッコリーを吐き出しそうになってしまった。ほんとにむせたらみんなに白い目で見られてしまうじゃないか。そうなったらどう責任取ってくれるのだろう。


「なにもないってことはないでしょ? ずーっとニヤニヤしちゃって。気になってしょうがないわ」


 まりの追及は緩む気配を見せない。一体どんなリアクションを期待しているのだろう。ここまでくると、まりの考えるリアクションをする以外に道はないのだろうか。

 だけど、ひすいさん以外に転生のことを打ち明けるわけにもいかないし、なにか適当な嘘でも思い浮かべばいいのだが。それに、できれば昨日のことはひすいさんと二人だけの秘密にしておきたい。真の孤独を埋めてくれた人と過ごした日のことを、自分だけの宝物にしておきたいから。


「そんなニヤニヤしてたかなぁ……」

「してたわよ。気持ち悪いくらいだったわ」

「おう……ハッキリ言われるとむしろ清々しいなぁ……」


 ただ、なんと言えばいいのだろう。変な嘘はつきたくないし、でも本当のことを話すわけにもいかない。かと言ってそのまま黙ってたら絶対怪しまれるし……

 どこかに丁度いい嘘が転がってたりしないだろうか。そう思って教室の中を見渡していると、ふとあることに気がついた。


「あっ……」

「なに?」

「いや、まりって私のことよく見てるんだなって思って」

「……は?」


 まりは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「だって、私がずっとニヤニヤしてたのを、ずっと気にしてたんでしょ?」

「え、そりゃそうに決まって……あ」


 まりがしまったという顔をしている。それは言うなれば、それだけ私のことを見ていたということを白状しているようなものだ。


「まりはほんとに素直じゃないなぁ」

「ち、違っ! これは……そう、あんたのことが気になるとかそういうんじゃなくて」

「はいはい、そうだね」

「話聞きなさいよ!」


 顔を真っ赤にして怒るまりが面白くて、思わず笑ってしまう。どうやらまりは私のことが気になってしょうがないみたいだ。とても可愛くて、そしてチョロい。私に指摘されただけでもう詰めなくなったし。

 でも、結局どんな反応が正解だったのだろう。まあ、まりのあんなに赤くなった顔が見られたのだからよしとするか。まりが単純で助かった。


 それにしても、私はそんなにニヤニヤしていたのか。正直ひすいさんとの昨日のことは、私にとって大きな意味のあるものだから、どうしても思い出してしまう。だからニヤニヤしてしまっていたのかもしれない。気をつけないとな……


「でも、ほんとになにもないよ? まりの気にしすぎな気もするな」

「……ほんと?」

「うん。だから、まりが私のことじーっと見て心配するようなことはないよ」

「言い方は少し引っかかるけど……そう……」


 まりはどこか納得のいかないような顔をしている。でも、本当になにもないのだから仕方がない。ひすいさんとのことは、二人だけの秘密にしておきたいから。


「……まあ、かながそう言うならいいわ。ただ、もしなにか悩みとかあったら言いなさいよ?」

「え?」

「だってあんたっていつも一人で抱え込んでしまいそうだし。こんな私でも悩み聞くくらいのことはできるから」


 ……ひすいさんほどじゃないにせよ、まりもなかなかの観察眼を持っているようだ。


「うん、ありがと。でも本当に大丈夫。心配かけてごめんね」

「そう? それならいいけど」


 まりは納得のいってない顔をしている。でも、本当に悩みなんてないのだ。ただ、ひすいさんとの時間を思い出すだけで幸せになれるから……って、私は一体何を考えているのだろう!


「あ、そうだかな!」

「な、なに?」


 突然まりが大きな声を出すものだからびっくりした。思わず声が裏返ってしまったじゃないか。


「今日一緒に帰りましょ」

「え、なんで?」

「別にいいじゃない。それとも嫌?」

「いや、そうじゃないけど……急だね?」

「なんか、かなと帰りたいなって思ったの。それじゃだめ?」

「うーん……まあいいや。いいよ」


 特に断る理由もなかったので了承する。急に誘われたことに驚いただけで、別に嫌というわけではない。ただ、どうしてまりが私と帰りたがるのだろうとは思ったけど。


「わかったわ! それじゃ、また後でね!」


 まりは笑顔でそう言って自分の席へと戻って行った。その時のまりの顔は、どこか晴れやかなものだったように思う。私と一緒に帰ることがそんなに嬉しいのだろうか?

 そう思うとなんだか顔の熱が上がっていく感覚がする。案外私の孤独を埋めてくれるのはひすいさんだけではないのかもしれない。まだ確信は持てないけど。


「……そんなに喜ばれるなんてなぁ……」


 嬉しいと同時に、少し恥ずかしい。それだけ私といたいと思ってくれているということだろうから、なんだか胸がむず痒くなってしまう。それを意識してしまった今、多分まりの顔をまともに見れない。

 ずっと一人でいた私が……一人でいたと思い込んでいた私が、誰かにこんなにも想われる日がくるなんて。正直想像もしてなかった。


 ……もし。

 もし、私の孤独を埋めてくれる人がひすいさんだけじゃないとしたら……?


「元の世界でも……もしかしたら……」


 孤独ではなかったかもしれない。頑張れば、しおりお姉ちゃんとの関係もまりとの関係も続いていたかもしれない。もしそうだったとしたら、一人で勝手にいじけて勝手に関係が終わったとめつけていた私は、どれだけ滑稽だったことか。

 ひすいさんだけじゃないとしたら……もう少しくらい歩み寄ってもよかったかもしれない。


「いや……」


 今更そんなことを思ったって仕方ない。それに、もう過去に転生してしまったのだ。だから、今いるこの場所を全力で楽しむしかない。でも、もし私が元いた世界で孤独ではなかったのだとしたら……?

 あまりに愚かすぎて、救いようがない。


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