「おや? しおりにかなじゃないか!」
「ひすいさん!? どうしてここに!?」
「ひーちゃん、相変わらずよく食べるね」
引き続きお祭りを楽しんでいると、両脇いっぱいに食べ物やら射的の景品やらを抱えているひすいさんに出会った。たくさん食べ物を持っていてこぼさないのだろうか……不安である。
「お祭りの雰囲気が好きでな。それに、美味しいものがたくさんあるなんて天国じゃないか!」
「後半の理由が本音のように思えますが……」
「そんなことより! 君たちはほんと仲がいいな」
ひすいさんは羨ましそうな眼差しで私たちを見る。いや、ひすいさんのことだから、羨ましそうに見つめているように見えてからかっているのだろう。だが、ひすいさんにそう見えるなら、私としおりはそれなりにいい関係を築けているということなんだろう。
少し安心した。自分のバカさとみんなの気持ちに気づけた今なら、きっと前世のようにはならないだろうから。
「なぁに? ひーちゃん妬いてるの?」
しおりお姉ちゃんが挑発するように笑うも、ひすいさんは何のことを言われているかわからないといった顔をしている。
「我が君たちに嫉妬しているように見えるのか? 私はただ、仲睦まじい二人を見て微笑ましいと思っただけだぞ?」
「むぅ……」
ひすいさんの反応が思っていたものと違ったのか、しおりお姉ちゃんは納得いかないといった顔をしている。不満そうに唇を尖らせてもいる。そんなに妬いて欲しかったのかな?
それより、浴衣のひすいさんはどこかのモデルさんかのように目立っていて、すれ違う人たちがこちらをチラチラ見てくる。……なんだか場違いな気がしてきた。
「かなはどうした? 浮かない顔をしているが」
「いえ、なんでもないです……」
悲しくなってくるのでもう考えないことにしよう。せっかくのお祭りなんだ。楽しまないと損だろう。とりあえず、今はこの雰囲気に浸りきることにする。
「む……変なやつだ。まあいい。一緒にまわらないか? 一人で楽しむのもいい加減飽きてな」
「もちろんいいですけど、一人で来てたんですか?」
「一人の方が動きやすいと思ってな。友人もそんなに多いわけじゃないし」
「あっなるほど」
ひすいさんは私と同じで友達が少ないらしい。……私と違って、ひすいさんは人と関わるのが苦手というわけじゃなさそうだけど。
「……なんだ。そんな哀れみな目を向けて」
「ふふっ、ひーちゃんって相変わらずマイペースだね」
「おいしおり! それはどういう意味だ!」
ひすいさんは怒っているが、その怒りは本気じゃない。しおりお姉ちゃんもそれをわかっているから笑っているのだろう。……いいなぁ、こういう関係。
それから三人で屋台を回って、焼きそばやらりんご飴やらを食べまくった。さすがにカロリーが気になったが、今日くらいはいいかとお祭りの雰囲気に酔うことにする。そんな最中、また見知った背中を見かけた。
「ま、まり!?」
「えっ、かな!?」
私が声をかけると、まりは驚いた顔でこちらを見た。
「ほんとだ。まりちゃんも来てたんだね」
「なんだ。みんな揃ってしまったな」
まりは私の後ろからぞろぞろと出てくる二人にも驚いた顔をしつつも、嬉しそうに笑った。みんなに会えて嬉しいのかな。事務所の話が出てから結構みんなで会う回数も多いけど、それでもまりは出会えたことが嬉しそうだ。
「あ、あたしも一緒に混ぜてもらうことってできます……?」
「え? まあいいんじゃない? ひすいさんともさっき会ったばっかだし」
「そうなの!?」
てっきり元々三人で待ち合わせしていたと思っていたのだろう。まあ、無理もないけど。
こうして、みんな揃ってお祭りを回ることになった。改めて思うけど、変な組み合わせだ。みんな同学年とかでもないのに、こうして集まっている。なんだか変な感じがするのに、なぜかこれが自然だとも思える。
みんな配信という一つのもので繋がっているからだろうか。
「かな、どうしたの? お腹いっぱい?」
「あー……そうかも。ちょっと食べすぎちゃった」
「えー! じゃあこの先シェアできないじゃない!」
私の返事にまりは不満そうに口を尖らせた。私としては、みんなといられるだけで満足なんだけど。でもそれを言ってしまうとまりの言葉を否定するようだから言いにくい。
「……ふむ。じゃあここいらで別の場所へ移動しようか。ゆっくり休めそうなとこを見つけておいたんだ」
私の微妙な空気を察したのか、ひすいさんがそう提案してくれた。歩きどおしで疲れていたしちょうどいいかもしれない。みんなも文句はないようで、ひすいさんの案内で広場から外れた静かな場所に移動した。
祭りの喧騒が遠く聞こえるそこでは、静けさも相まって少し寂しさすら感じるほどだった。その寂しさをかき消すようにひすいさんが明るい声で話し始める。
「ここ、静かで木に囲まれていていいだろう?」
「そうですね。落ち着きます」
ひすいさんの言葉にまりも頷く。確かに夏の夜は虫の音も聞こえるし、木の香りもあってリラックスできそうだ。
なんとなくみんなが沈黙する。虫や風の音、風が木を揺らす音だけが聞こえ、妙に心地がいい。動き回っていたのと人混みの疲れで、気を抜くと寝てしまいそうだ。
「やはりここはいいな。ここでならゆっくり話ができそうだ」
ひすいさんはそう言うと、私たちに真剣な眼差しを向ける。その目に気圧され、私たちは自然と姿勢が正された。ひすいさんはそんな私たちを見て少し笑った後、ゆっくりと口を開いた。
「かな。君に……音楽フェスの出演依頼がきている」
「え……えっ!?」
「かなが……!?」
ひすいさんの言葉に、私は驚きを隠せなかった。まさか私にそんな依頼が来るなんて。まりもびっくりしていて、横で口をパクパクさせている。だけどそれも一瞬。今度はキラキラとした尊敬の眼差しでバシバシと肩を叩いてきた。
「やるじゃない! さすがあたしの推しなだけあるわね!」
「い、痛いよまり」
「あ……ごめん。でもほんとにすごいことよ! あたし達の活動も大きくなってきたって証拠でもあるんだし!」
「……そうだね」
とはいえ、なぜ私に依頼がきたのだろう? 私がフェスに出たところで盛り上がるのだろうか? そんな不安が顔に出ていたのか、ひすいさんが補足するように説明してくれた。
「かな、君は今話題のVtuberだ。そんな君が出れば注目度は抜群だろう」
「で、でも……」
「安心しろ。我も呼ばれていてな。我とのデュエットもある」
「ほ、ほんとですか!?」
ひすいさんとデュエットなんてすごく嬉しい。それならこれまで何度も経験してきているし、特別な舞台で一緒に歌えるだけで幸せな気持ちになれそうだ。それになにより、私がここまでこれたのは間違いなくひすいさんのおかげだ。そのひすいさんが私の相方として出てくれるのがとても誇らしく思えた。
そんな私の心中を読み取ったように、しおりお姉ちゃんが優しい笑みを浮かべる。
「よかったねかなちゃん」
「うん!」
「ただ――」
ひすいさんはそう言って言葉を詰まらせる。その続きを催促するでもなく、私たちはじっと言葉を待つ。するとしばらくして、ひすいさんが躊躇いがちに口を開いた。
「……このフェスは、君のソロがメインだ」