「はい! そこでターン!」
「はいっ! う、うわぁ!?」
音楽フェスに出ると決めてから、それに向けてのレッスンが始まった。3Dで出るということで、歌のクオリティーだけでなくダンスも求められる。
しかし、元々が引きこもりなので体力もキレもない。ダンスレッスンの先生から、何度もダメ出しを食らっていた。
「はぁ……はぁ……」
「はい! そこでポーズ!」
ダンスレッスンの先生が、手を叩きながら指導する。その指示に従って、私はポーズを取った。
「うん、いい感じね! じゃあ、休憩してていいわよ!」
「は、はい……」
私はその場にへたり込むと、タオルで汗を拭いた。すると、隣で同じレッスンを受けていたひすいさんが近づいてくる。ひすいさんはさすがというか、汗はかいているものの息は切れていなかった。
「お疲れ様」
「ひすいさんこそ、お疲れ様です……」
ひすいさんは私にスポーツドリンクを渡しながら、隣に腰を下ろす。私はそれを受け取ると、ペットボトルの蓋を取って勢いよく飲んだ。冷たい液体が喉を通り抜けて、体に染み渡っていくのを感じる。
「はぁ……生き返りました」
「ははっ、大袈裟だぞ。だが生きていてくれてよかった」
ひすいさんは笑いながら、私のタオルで額の汗を拭いてくれた。それがくすぐったくて、思わず身を捩ってしまう。
「しかし……かなはダンスが苦手なんだな」
「うっ……自分でもわかってるんですけど、なかなか上手くいかなくて……」
私は項垂れながら、自分の足先を見つめた。
「大丈夫だ、少しずつ上手くなっていけばいいさ」
そう言って、ひすいさんは私の頭を撫でてくれる。その優しさに、涙が出そうになった。だけど、その優しさにいつまでも甘えているわけにもいかない。
「ひすいさん、あの……私、頑張りますから」
「あぁ、その意気だぞ」
ひすいさんはそう言うと、私を抱きしめてくれた。その温もりを感じながら、このままじゃだめだなと強く思った。
レッスンは続いていく。ひすいさんはダンスを完璧にこなし、先生からも褒められていた。それに比べて私は、まだぎこちない部分が目立つ。
だけど、日を追う事に少しずつ動きがスムーズになっていった。練習の成果が出ているのか、それともひすいさんがいるおかげか……とにかく嬉しかった。
「よし、今日はここまでにしようか」
「はい! ありがとうございました!」
レッスンが終わると、ひすいさんが私の元へやってきた。私は笑顔で応えると、ひすいさんと一緒に更衣室に向かう。
「かな、さっきのステップよかったぞ」
「ありがとうございます!」
ひすいさんは着替えながらも、優しい言葉をかけてくれる。私はそれに応えるように大きな声で返事をした。よかったと褒められるとつい顔の筋肉が緩んでしまう。
「しかし、かなは飲み込みが早いな」
「えっ!? そ、そうですか!?」
突然褒められて、思わず動揺してしまう。そんな私を見て、ひすいさんは笑っていた。
やっぱりひすいさんは凄いなと思う。優しくて頼りがいがあって、かっこいいし綺麗だし……本当に理想の女性って感じだ。有名なクリエイターなのに、人へのリスペクトも忘れないし……
「ひすいさん、本当に素敵ですね……」
「ん? 何か言ったか?」
思わず口に出してしまったようで、慌てて口を手で塞いだ。だけど遅かったようで、ひすいさんは首を傾げている。私は恥ずかしさを隠すように、慌てて首を振った。
「い、いえ! 何でもないです!」
「……そうか」
ひすいさんはそれ以上追及してくることはなかったが、少し怪しんでいる様子だった。私は話題を変えようと、必死に頭を回転させる。
「そ、そういえばひすいさんはダンスもお上手なんですね! びっくりしちゃった……」
「上手に見えるか? そう言ってくれるのは嬉しいな」
「歌も上手くてダンスも上手なんてアイドルじゃないですか。憧れます」
「はは、ありがとう。でも私はアイドルではないぞ?」
ひすいさんは苦笑しながら答える。確かに、ひすいさんはアイドルではないけど……歌やダンスが上手いのは事実だ。その身体のどこにそんな体力が眠っているのだろう。
「……ひすいさん、今度ダンス教えてください!」
「ん? 構わないが……急にどうしたんだ?」
「私、もっと上手くなりたいんです! だからお願いします!」
私は勢いよく頭を下げる。音楽フェスの成功のためにも、これまで応援してくれたファンのためにも……そして、尊敬するひすいさんに追いつくためにも。
ひすいさんは私の気持ちを汲んでくれたのか、優しく微笑んで頷いてくれた。
それから、私は毎日ダンスのレッスンに取り組んだ。最初は苦戦したものの、少しずつ上達していくのがわかると楽しくなってくるものだ。そして何より……ひすいさんに褒めてもらえることが嬉しかった。
「かな、今日もよく頑張ったな」
「……えへへ」
レッスン終わりに褒められると、つい頬が緩んでしまう。そんな私を見て、ひすいさんは微笑んでいた。
「もう完璧じゃないか」
「いえ……まだまだですよ……」
私は首を横に振ると、大きく伸びをした。ここ数日でかなり体力もついたし、ダンスのキレも増したと思う。だけど、まだ足りない。もっともっと上手くなりたい。
「かなは頑張り屋だな」
「……そうですかね?」
ひすいさんの言葉に首を傾げる。確かに頑張っている自覚はあるけど、ひすいさんに褒められるほどかと言われたらそうでもない気がする。
「私はもっと頑張らないと……」
「そんなことはないさ。かなは充分頑張ってる」
ひすいさんはそう言って、私の頭を撫でてくれた。それが心地よくて目を細めると、ひすいさんの指先が頬に触れた。思わずドキッとして見上げると、ひすいさんの顔が間近にあったのでさらに胸が高鳴るのを感じた。
「こんなにも顔が赤くなるほど頑張っているんだ。もっと自信を持つといい」
「あ、ありがとうございます……」
顔が赤くなっているのはダンスとは関係ない気もするけど、それを認めてしまうのは癪だったので黙っておくことにした。だけど、ひすいさんは全て見抜いているかのように微笑んでいた。
ひすいさんと関わっていると、自分の本心が全て筒抜けになっているように感じる。それが恥ずかしくて、でも嬉しくて……不思議な感覚だった。