「お疲れ様、かな。なかなか忙しくて全然声かけられなかったわ」
「まり! そっちもMCお疲れ様。場を回すの大変そう……」
「ほんと大変だったわー。もう喉カラカラよ」
「あ、テンションとかの方じゃないんだ」
やっと素のまりと話せて、自分でも緊張が解れていくのがわかる。さっきまでは慣れない場所だったり大きな企画だったりということもあって、気持ちが休む暇もなかった。でもまりとこうして顔を合わせて、声を聞けただけでなんだかすごく安心する。
「それにしてもほんと凄いとしか言えないわね」
「語彙力なくなるよね、わかる」
目の前にはこれでもかと積み上げられた食器の数々。今回の運営スタッフさんたちが準備してくれたものだけど、どれも本当に美味しそうなものばかりで。しかもそれが食べ放題ときた。
こんな贅沢なことがあっていいのだろうかと、思わずまりと目を合わせて笑い合う。
「おやおや、見せつけてくれちゃって」
「ひ、ひすいさん!」
まりの後ろからひょこっと顔を出したひすいさんに、思わず声がひっくり返る。そういえば、さっきまでひすいさんと話していたっけ。まりとの会話に安心感を覚えていたから、つい忘れてしまっていた。
「ひすいさん、お疲れ様です。歌声とても素晴らしかったです!」
「ありがとな。そちらこそテンションの高いMCで我も楽しかったぞ」
「そ、そんな……褒めてもらうほどでは……」
まりはひすいさんに褒められて恥ずかしそうに視線を逸らした。その頬はほんのり赤くなっていて、なんだか少し面白くない。
「あ、あの、よかったら三人でご飯食べましょ! いつまでも立ち話してるわけにも……」
「おっと、そうだな。では我は席を取ってくる」
「あ、ありがとうございます!」
ひすいさんはそう言って、どこかへ行ってしまった。それからしばらくまりと二人で話しながら、美味しそうな料理を一通りお皿に乗せていく。どれもこれも本当に美味しそうで、あれもこれもと手が伸びてしまいそうになる。
だけど太ってしまうのも癪なので、ある程度厳選してお皿に盛っていく。
どれを食べようかと悩んでいると、ふと視界の端で何か動くのが見えて思わず視線をそちらへ向ける。そこにはお皿いっぱいに料理を盛っているまりがいて。その量に思わず言葉を失う。
「ま、まり……それ全部食べるの……?」
「え? もちろんよ。こんなに美味しそうなのが並んでるんだから、食べなきゃ勿体ないでしょ」
さも当たり前のようにそう言って笑うまり。気持ちはわからなくもない。けど、さすがにその量はちょっと。
「それにほら、私って太りにくい体質だから。これぐらいなら大丈夫」
そう言ってまりはまた料理を口に運ぶ。確かにまりはスタイルがいい。それは羨ましいと思うし、正直嫉妬してしまうほどだ。でもだからといって、あの量を全部食べきれるのだろうか。
「もう、そんな心配そうな顔しないでよ。ほら、かなもたくさん乗せなさいよ」
「え、あ、うん……」
まりに促されて、私も料理を取り皿に盛り付ける。確かに美味しそうなものばかりだけど、さすがに全部は食べられない。でもせっかくだし、少しぐらいは食べておきたい。
「……かな?」
「え?」
「大丈夫? なんか元気ないみたいだけど」
「そ、そんなことないって! さぁて、ひすいさんどこに座ったかな?」
そう言って、私は逃げるようにしてまりの側を離れる。ひすいさんはすぐに見つかったけど、何人かのスタッフさんたちと話しているようだった。邪魔をしないためにも私は少し様子を伺ってから、ひすいさんに近付くことにした。
「あ、ひすいさん。ここに座っても?」
「あぁ、構わんぞ。よし、かなが来たなら我も食事を取りに行くとするか」
ひすいさんはそう言って、お皿を持って料理を取りに行った。まりから逃げたかったのに、一人にされてしまった。だけど席を立つわけにもいかず、私はその場で大人しく座って帰りを待つ。
「かな」
「あ、ひすいさん。おかえりなさい。……って、それ全部食べるんですか!?」
「あぁ、我はまだまだ食べられるぞ」
戻ってきたひすいさんのお皿には、山盛りに料理が盛られていた。しかもそのどれもこれも美味しそうで、思わずお腹が鳴ってしまいそうだ。
なんでひすいさんもまりもそんなに躊躇がないのだろう。太ることとかは考えないのかな。それとも、体力をつけることを優先しているのだろうか。
「……かなはそれだけでいいのか? もっと食べないとお腹空くぞ?」
「わ、わかってますよ。でも太るのも……」
「なるほどな」
ひすいさんはそう言うと、私のお皿に自分の料理をいくつか盛る。いきなりの暴挙に抗議しようとして顔を上げると、優しげな眼差しが私を見つめていて思わず言葉を飲み込んだ。
やっぱりこういうところは敵わないな、と思ってしまう。これが大人の魅力というやつなのだろうか。いや、多分私のことを気遣ってくれているから、魅力的に映るのだろう。
「……ありがとうございます」
本当のところはお腹いっぱい食べたかった私は、素直にお礼を言ってから料理を口に運んだ。どれもこれも美味しくて、自然と箸が進む。まりの食べっぷりも納得だ。
「美味しいですね」
「あぁ、さすがここのスタッフは優秀だ」
「仕事ができる人は美味しいレストランとか熟知しているんでしょうか?」
「ははっ。そうかもしれないな」
私とひすいさんの間に流れる穏やかな時間。それがとても心地いい。まりもひすいさんも大切な友達で、二人とも大好きな人だ。でもこうして二人きりになると、また違った安心感があって。
私はこの時間がとても好きだったりする。
それからしばらく料理に舌鼓を打っていると、ふとひすいさんの視線が私ではなく別の方向へ向いていることに気付いた。その視線を追うと、そこにはスタッフさんと談笑しているまりの姿が目に入る。何を話しているのだろう。
「あの子をMCに推薦してよかったよ。間のとり方が上手いし、場を回すのも上手い。それに何より盛り上げ方というものをわかっている」
「まりのことですか?」
「あぁ。あの子には人を魅了する何かを持っている。それはかなも同じだけどな」
そう言ってひすいさんは優しく微笑む。その笑顔になんだかドキッとしてしまった。でもそれを悟られないように平静を装って、私も笑って返す。
「ひすいさんにはまだまだ及びませんよ」
その言葉に、ひすいさんは満足気に目を伏せたのだった。