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第104話 真っ直ぐな心

「ふぅー……お腹いっぱい……」

「さすがに食べすぎたな。これではデザートが入らない」


 あれから少しずつ会話を挟みながらお皿に盛った料理を食べ進めていった。普段なかなかお腹いっぱいになるまで食べたりしないので、少し新鮮な気分だった。


「あー! もう食べきっちゃったの!?」

「お、まり……って! まだ食べてなかったの!?」

「ええ……どれだけ取っても足りない気がして、料理取るだけで時間かかっちゃったわ」


 どうやら食い意地の張ったまりは、圧倒的な量の料理に目移りしていたらしく、料理を取るだけで30分近く掛かっていたようだ。温かい食べ物、冷めてないといいけど……


「はっはっは。まりは面白いな」


 呆れている私とは逆に、ひすいさんは声を出して笑っている。まりはひすいさんの言葉に少し頬を赤くして、照れていた。……つっこんだ方がいいのだろうか。


「わ、笑いすぎですよー! あたしおかわりもらってきます!」

「え。まだ食べるの……?」


 まりは席を立ち、料理を取りに行った。あのスレンダーな身体のどこに収まっているのやら……


「じゃーん! 見た目綺麗なスイーツあったから二人の分も持ってきちゃったわ!」

「おぉ……これはなかなかだね」


 まりが持ってきたのは、レモンの輪切りとミントの葉を添えたレアチーズケーキだった。見た目がとても美しく、食べるのを躊躇してしまう。

 しかし、ひすいさんは早速フォークでケーキを切り分け、口に運ぶ。……あ、ひすいさんの顔が少し緩んだ。そんなに美味しいのか。

 私もひすいさんにつられてケーキをフォークで切り、口に運ぶ。レアチーズケーキのまろやかな味とレモンの爽やかな味がマッチして、とても美味しい。隣を見ると、ひすいさんがとても幸せそうな顔でケーキを食べている。正直その顔になる気持ちめちゃくちゃわかる。


「見た目通り……いや、見た目以上に美味いな」

「ですよね! あたし、このケーキなら無限に食べれます!」

「それはさすがに太るよ……?」


 まりの食い意地の張りように、思わずつっこむ。しかしまりは気にも留めずにケーキを食べている。……まぁ、幸せそうだからいいか。


「あ、ひすいさん。口元にクリーム付いてますよ」

「ん……取ってくれないか?」

「あ、はい。今拭きますね」


 私はひすいさんの口元に付いていたケーキのクリームを紙ナプキンで拭き取った。それを見ていたまりが私にジト目を向ける。

 ……どうしたんだろう。私またなにか変なことしちゃったかな。私が首を傾げていると、まりが私に向かって言った。


「……かな、いいように使われすぎじゃないかしら?」

「え、そうかな?」


 まりの言葉に首を傾げる。そんな私を見て、まりはため息を吐いた。確かに、ひすいさんのワガママに振り回されてる節はある。だけど、悪い気はしていない。むしろ……


「ひすいさん、まり。私ね、今すごく幸せなんだ」

「……はぁ? 急にどうしたの?」


 まりが怪訝な顔をして私に問いかける。ひすいさんも不思議そうな目で私を見ている。私は少し笑いながら二人に言った。


「友達と一緒に美味しいもの食べて、いっぱい話して、笑い合って。こんな幸せなことってないよ」

「……なに当たり前のことを言ってるのよ。こんなの普通にあることでしょ」


 まりは呆れたような顔で私に言う。確かに当たり前のことかもしれないけど……前世ではその当たり前を突き放してしまっていた。だから、今こうして幸せな日々を過ごせているだけで、私はとても嬉しい。


「まりにはまだわかんなかったかもね」

「な、なによ! 急にバカにして!」


 私が少し笑いながらからかうと、まりがムキになって言い返してくる。そんな様子を見て、ひすいさんは声を出して笑った。


「はっはっは! 二人は本当に仲が良いな」

「仲良しなんかじゃ……」

「え、もしかして私だけ仲良いと思ってたパターン? 悲しい……」


 まりの意地っ張りな言葉に、少し大袈裟にリアクションを取ってみる。すると、まりは面白いほどに動揺してくれるから見ていて飽きない。

 もう少し意地悪したい……と、自分の中の嗜虐心が目覚める。私はまりに詰め寄ると、わざと悲しそうな声を作って言った。


「私はこんなにまりのことを想ってるのに……まりは私を想ってくれないの? 私はこんなにもまりのこと大好きなのに……」

「な……っ!」


 私がそう言うと、まりの顔はみるみると赤くなっていった。そして、とうとう私に背を向けてしまった。からかいすぎてしまっただろうか。


「あ、あれ? まり……?」

「……」


 私が声を掛けても、まりは何も言い返してくれない。反省した私は、まりにもう一度謝った。すると、まりは何も言わずに私の口元についていたクリームを指で掬って取り、そのまま舐めてしまった。


「……あんたなんか大っ嫌いよ!」

「そ……そんな……」


 突然大嫌い宣言されてしまい、私は口をあんぐりと開けてしまう。ひすいさんは私たちを見てまた笑った。


「はっはっは! いやはや……君たちは本当に面白いな。思わず掻き乱したくなってしまうよ」

「……ひすいさん。それはどういう……?」


 私が問いかけると、ひすいさんは目を細めて私に言った。


「さぁ……どういう意味だろうね」

「……?」


 結局真意は教えてくれず、私は首を傾げることしか出来なかった。なんだか私、ひすいさんに遊ばれているような気がするのは気のせいだろうか。


 食事を終えた私たちはスタッフさんたちに挨拶をし、店を出た。さすがに夜も遅く、辺りはすっかり真っ暗になっていた。


「今日はとても楽しかったよ」

「私も楽しかったです。ほんとにひすいさんは色んな人と知り合いですよね。そのコミュ力羨ましい……」

「ほんとにそうよね。あたしがこんな大型企画でMCやれたのもひすいさんのおかげだし……」

「はっはっは! そんな褒められると照れてしまうな」


 ひすいさんは少し頬を赤らめながら、頭をかいた。ひすいさんはいつもオーバーリアクションなのだが、そのいつものテンションよりも高く見えた。耳障りのいい言葉なんて聞き慣れているはずなのに、どうしてそんなに嬉しそうなのだろう。

 しかしすぐにいつもの笑顔に戻り、まりに向き直る。


「我はただ、自分のやりたいようにやっているだけだ。それを周りが勝手に評価しているだけさ」

「……それでもすごいですよ。ひすいさんのその真っ直ぐさは」


 私がついそうやって口を挟むと、ひすいさんは少し驚いた顔で私を見る。……しまった、困らせてしまっただろうか。しかし、私の予想に反して、ひすいさんはにっと口角を上げて堂々と言い放った。


「うむ。我のワガママは誰にも負けないからな」


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