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第105話 伝説的な音楽フェス

【けーちゃんのライブパートほんとよかった!】

【またこういうライブ見たいよな! 今度はけーちゃんメインで!】

【VTuberとか知らなかったけど、この【イニシャルK】って子まじで推せるわ】


 音楽フェスが終わっても、ネットの反響は冷めやらなかった。元々VTuberそのものや【イニシャルK】について知っていた人達に限らず、他の音楽クリエイターのファンやネットで動画を見まくっているにわか層にも認知されたらしい。配信では同接五万人以上いたらしいし、これはかなり凄い数字だ。

 ここまで反響があるとは……と自分でも驚いている。大型企画の影響というものは凄まじいもので、今回がきっかけでチャンネル登録者もグンと増えた。


「すごい大盛り上がりね。あたしについての感想もたくさんあるわ」


 学校に来て自分の席に座ってスマホを触っていると、まりが話しかけてきた。


「まりは今回のイベントのメインみたいなものだったしね〜」

「いやいや、あたしはただの盛り上げ役でしかないわよ」


 そうは言うが、イベントを最初から最後まで盛り上げたのは間違いなくまりだ。まりがMCだったからこそ、今回の音楽フェスが大成功したと言っても過言ではない。

 まりは謙遜しているが、VTuberとしての確かな実力が垣間見えたイベントだったと思う。そのうちまりもどんどん人気になっていくんだろうな。いや、もう充分に人気だと思うけど。


「お、見てみて。まりのかっこいいとこスクショされてる」

「あら、ほんと。あたしのファンかしら?」

「そうかもね〜」


 まりがイベント中に見せた凛々しい表情が写真として切り取られ、SNS上にアップされていた。ファンが撮ったものだろうか。なかなか絵になっている。

 少しずつだけど、着実にVTuberとして成長している感じがあって嬉しくなる。まりが人気になる姿を見ていて、自分事のように気持ちが昂るのはなぜだろう。


「そういえば、けーちゃんの次の配信はいつなの?」


 今回の音楽フェスでかなりチャンネル登録者も増えたし、イベントの反響も良かったので、そろそろ次の配信について考えないといけない。自分の歌を好きだと言ってくれるリスナーが増えたので、歌枠でもしようかな。


「次は歌枠にしようかなって思ってるよ。まりは……まりんちゃんはどうするの?」

「何にするかじゃなくていつにするかって聞いたんだけど……まあいいわ。あたしは案件もらってるからそれにする予定よ」

「おー! すごいね!」


 まりは大物企業からの案件をもらっていたようだ。イベントでもあれだけ盛り上げていたし、その力を買われてのことなのだろう。いいな。

 それにしても、歌枠はするとしても何を歌おうか。定番なのはやっぱり流行の曲を歌ってみるのがいいんだろうけど……

 そう悩んでいると、いつの間にか画面の変なところを触っていたようで、動画が流れてしまった。幸いイヤホンを挿していたので音は響かなかったけど、かなりビビった。


「ひゃー……危ない危ない。ってこれ、しおりお姉ちゃんと三人で配信してた時のやつ?」

「あら、ほんとね。懐かしいわ」


 画面をよく見ると、しおりお姉ちゃんとまりと三人で配信した時の動画だった。珍しくしおりお姉ちゃんも参加してくれて、リスナーさんも喜んでくれていたのを覚えている。

 しおりお姉ちゃんは私とまりの、VTuberとしてのモデルを作ってくれた人。いわゆるママ的な存在。あまり表舞台には顔を出さないけど、影で私たちのことを支えてくれている。だからこそいつも感謝しているし、優しいから懐いている。


「え……」


 そんな身近で大切な人だからこそ、考えてしまったことがある。かつて前世で好きだった『推し』ならいいのになと。でも、そんなわけはない。そんなことはわかっている。

 ……でも。どこかで、期待していた部分はあるかもしれない。見ないように、気づかないように、無意識に閉じ込めていた感情が一気に爆発しそうになるのがわかる。この動画の……音声を聞いた時から。


「うそ……」


 普段しおりお姉ちゃんは声を張らない方だし、機材を通しての声を聞いたことがなかったので全然気づかなかった。声質が似ているなとは思っていたけど、マイクを通して聴くしおりお姉ちゃんの声は、かつての推しにそっくりだったのだ。


「かな? どうしたのよ?」


 まりが心配そうに声をかけてくれるが、それどころではない。私は既に、このことに心を奪われてしまっている。

 かつて大好きだった推しの声と、しおりお姉ちゃんの声が同じように聞こえる。これじゃあまるで……

 ……いや。ダメだ。そんな都合のいいこと、あってはならない。実際よく似ているだけで違うのかもしれない。でも、もし本当にそうだとしたら……


「かな!」

「っ!」

「……大丈夫? なんかやばそうな顔をしてるけど」


 まりが心配そうに声をかけてくれる。どうやらかなり心配させてしまったようだ。私は平静を装い、笑顔を作って会話を続ける。


「ううん、なんでもないよ。でもちょっと疲れてきちゃったから今日の配信はやめとく」

「そう……ならゆっくり休むのよ」


 何とかごまかした。……ごまかせた、と思う。今は気持ちの整理がつかなくて、まりと会話を続けられる自信がない。


「それじゃ、あたしはいくわね」

「うん……じゃあね」


 まりは何かを察してくれたのか、追求することなく去っていった。一人になった途端、抑えていた感情が一気に溢れ出す。

 なんで推しの声とそっくりな人がいるんだ。しかもなんでそれがよりによってしおりお姉ちゃんなんだ。あり得ないことばかりだ。頭がおかしくなりそう。でも逆に言うとこれはチャンスでもあるのかもしれない。


「……確かめなきゃ」


 一度考え始めると止まらず、いてもたってもいられなくなった私は、放課後にしおりお姉ちゃんの家に訪れることにした。


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