目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第106話 しおりお姉ちゃんの正体

「しおりお姉ちゃんは……まだ帰ってないのかな」


 放課後。私はごちゃごちゃになった頭をスッキリさせるべく、しおりお姉ちゃんの家に訪れていた。しかし、家主はまだ帰ってきてないらしい。これは好都合だ。

 ひっそりと一応「お邪魔します」と声をかけて家に入る。合鍵を持っているから不法侵入などにはならないはずだ。……多分。いつも勝手に家に上がり上がられしているので大丈夫だと思うが。


「パソコンは……っと、これだ」


 慣れた手つきでしおりお姉ちゃんの部屋にあるパソコンを起動させる。しおりお姉ちゃんのパソコンのパスワードは本人に教えてもらったことがあるので、難なく突破できた。

 そしてVTuberのモデルのデータが入っているであろうフォルダをクリックする。すると、そこにはたくさんのVTuberの立ち絵やモデルデータが保存されていた。


「すごい……こんなにたくさん作ってたんだ……」


 私は思わず感嘆の声をもらす。それだけモデル作りが好きで、それだけ私とまりの活動を大きく支えてくれたという証みたいなものだ。そこまで熱を上げてモデル作りに打ち込んでいたことを嬉しく思う。

 しかし、今日はしおりお姉ちゃんがどれだけモデル作りが好きかということを確認しにきたわけではない。あらためてモデルをひとつずつ見ていくと、私はあるデータに目が止まった。


「これって……もしかして……」


 私はそのデータを開く。


「まさか、ほんとに……?」


 それを見て私は確信した。やっぱり前世で推してたVTuberの正体はしおりお姉ちゃんだ。疑問が確信に変わり、私の心を埋めたのは歓喜でも落胆でもなかった。


「なんでしおりお姉ちゃんが? しかもモデル作ってるなら配信すればいいのに……」


 ただただ疑問だった。しおりお姉ちゃんは……いや、かつての推しは配信が大好きだったはず。私とまりのモデル作りが忙しいというのもあるだろうけど、私達は新衣装をそこまで頼む方ではないので時間を作ろうと思えば作れるはずだ。

 だめだ。考えれば考えるほどわからなくなってくる。一旦私は考えるのをやめてパソコンを閉じる。そしてしおりお姉ちゃんが帰ってくるまで待っていようとベッドに寝転がったその時、タイミング良く玄関から扉が開く音がした。


「ただいまー。ん? かなちゃんの靴……ふふっ」


 しおりお姉ちゃんの「また家に入ってきてるのか」というような感じの薄い笑いが聞こえてきた。柔らかなベッドに沈んだせいでパソコンの画面を閉じようと思っても、気持ちいいベッドの感触に邪魔をされてなかなか動けなかった。

 そうこうしているうちにも、どんどんしおりお姉ちゃんはこちらに近づいてくる。勝手にパソコンを起動させて中身を見る行為は、いくら私でもまずいと思う。私は慌ててパソコンを閉じようとするも、ガチャっと開く音で手遅れだと察した。


「かなちゃんここにいたんだ。何か用事?」

「あー……うーん、えーっと……」


 私は気まずさから歯切れの悪い返事しかできない。しかし、しおりお姉ちゃんはそんな私の様子をさして気に留めず、私が見ていたパソコンの画面に目を向けた。


「あ」


 そのことに気づいて私は小さく声を漏らしてしまう。勝手にパソコンいじったこと、怒ってるだろうな。そう思い目線をしおりお姉ちゃんの方に向け直すと、予想外の表情を浮かべていた。


「うわー! 懐かしいなぁ……こういうの作ってた作ってた」

「え、あの……おこってないの?」

「ん? なんで?」

「勝手にパソコンいじっちゃったから……」


 私がそう言うとしおりお姉ちゃんはキョトンとした顔で私を見つめる。そしてすぐにふふっと笑った。


「あぁ、そんなこと? 全然怒ってないよ。てか見られてもいいからパスワード教えたんだし」


 どうやら本当に怒っている様子はない。私は謎の罪悪感から解放された。しかし、私がなぜここにきたのかを改めて思い出すと、どうしてもモヤモヤしたものは残る。


「……ねぇ、しおりお姉ちゃん。配信とかしないの? ほ、ほら、まりと三人でやったオフコラボとかすごい反響だったじゃん?」


 とりあえず言える部分で聞いてみた。本当のことを聞く勇気がないのでこれが精一杯だ。しおりお姉ちゃんはなんでそんなことを聞くのかわからないというような様子で答える。


「ボクはもう裏方でかなちゃん達を支えるって決めたからね。配信したいとかはないかな」

「……昔は?」

「え?」


 私ははっと我に返る。聞くつもりじゃなかったのに思わず口に出てしまった。今更「なんでもない」と発言を撤回するのも変だし、もういっそこの勢いのまま聞いてしまおうと思う。

 すぅーっと深呼吸して、一旦気持ちを落ち着かせる。大丈夫だ、大丈夫。そして胸に手を当て、私は再びしおりお姉ちゃんに質問を投げた。


「私がしおりお姉ちゃんに依頼する前にも……配信なんて考えてなかった?」

「っ! そ、それは……」

「その時のしおりお姉ちゃんは趣味で色々作ったって言ってたけど、本当はVTuberとして活動したかったんじゃないの?」


 問い詰めるような、追い詰めるような私の言葉に、しおりお姉ちゃんは相当面食らったようだった。しおりお姉ちゃんの返答はまだ来ない。図星を突かれて言葉が出ないのだろうか。沈黙に耐えかねた私は、しおりお姉ちゃんから視線を外し俯く。すると、しおりお姉ちゃんはそんな私の頭をそっと撫でてくれた。

 嫌な言い方をしてしまったのに、しおりお姉ちゃんは優しい。その優しさに、私はつい甘えてしまう。


 しばらく沈黙が場を包んだ後、しおりお姉ちゃんはぽつりぽつりと話し出した。それは、禁断の扉を開けるようで……少しだけ後悔した。


「……本当は、かなちゃん達には言わないようにしてたんだけどね」


 そう言いながら、しおりお姉ちゃんはパソコンを閉じてベッドに座る。隣でボフンという重力を感じながら、しおりお姉ちゃんが話しだしてくれるのを待つ。重たく感じる空気を、ふかふかのベッドだけが柔らかく包んでくれているようだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?