「主人公になりたいって話したことあったでしょ? 手段はなんでもよかったんだ。その時たまたま配信ってものを見つけてね。その時はVTuberなんてなかったからもちろん実写の人なんだけど」
「……うん」
「そこでバチッと天啓を得たというか、何かが降りてきて『これだ!』ってなったんだよ。あの衝撃は忘れられないなぁ……」
しおりお姉ちゃんは配信者を目指そうと思った理由を生き生きと語ってくれる。結局は叶わなかったのに、どうしてこんなに輝いて見えるのだろう。
どうして……と、思いかけて気づいた。その笑顔は私に向けられているものだ。しおりお姉ちゃんは前に「かなちゃんがいたから」と主人公になりたい夢を諦めたことを話してくれたことを思い出した。今更ながらに思う。
私はとんでもないことをしてしまったのではないかと。
「そこから納得いくまでかなりの数のモデルを作ったなぁ……人外も作ったりしたっけ」
「そうなんだ……」
しおりお姉ちゃんの話があまり頭に入ってこない。自分がしてしまったことの重大さに気づいてしまったから。私は……なんてことを……
「あ、もちろんかなちゃんに頼まれてからは作らなくなったけどね。そこに集中していいもの作りたいから」
「……」
「まりちゃんのモデルもなかなかに気に入ってるんだよね〜。あれは可愛すぎる」
「……」
「かなちゃん?」
「……ごめんなさい……」
私はしおりお姉ちゃんに頭を下げた。謝って済む問題ではないけれど、それでも謝るしかなかった。
「え? なんで?」
しおりお姉ちゃんは困惑していた。私がどうして謝ったのか理解できなかったのだろう。でも私には謝る以外の選択肢がなかった。
「私が……しおりお姉ちゃんの夢を奪っちゃった……」
「……え?」
「私がVTuberなんかやりたって言ったせいで……」
そう、私さえいなければしおりお姉ちゃんは夢を叶えられた。それを私が潰したんだ。しかも、私の大好きだった推しを自分が殺してしまったようなものだ。せっかく過去に生まれ変わったんだから推しを悲しませないように立ち回ろうと思っていたのに。
しおりお姉ちゃんはしばしの間ポカンとしていたが、私が全て言い終えると大声で笑い出した。
「あははっ! そんなこと思ってたんだ! ふふっ……あはははは!!」
「な、何がおかしいの!?」
「だって……そんなわけないじゃん!」
しおりお姉ちゃんは笑いすぎて目に涙を浮かべていた。そして涙を拭うとしおりお姉ちゃんは話を続ける。
「……ボクはね。かなちゃんがいたからこの道に進んだんだよ」
「え?」
「かなちゃんがVTuberになりたいって言ったから、ボクはそれを支えたいと思ったんだ」
いまだ涙の残る瞳でしおりお姉ちゃんは言う。しおりお姉ちゃんは嘘をつかない。だからその言葉は本当なのだろう。でも、私は納得がいかない。私は知らなかったとはいえ、自分のわがままでしおりお姉ちゃんの人生を狂わせてしまったのだから。
私はなんて愚かなんだろう……とまた自己嫌悪に陥りそうになる。しかししおりお姉ちゃんはそんな私を優しく抱きしめた。
……あったかい。しおりお姉ちゃんの体温がじんわりと伝わってくる。私はしおりお姉ちゃんに抱きしめられていると、少しずつ落ち着きを取り戻してきていた。
「かなちゃん。ボクはね、今とても幸せなんだよ」
「しおりお姉ちゃん……」
「だって、かなちゃんがボクを救ってくれたから」
……私がしおりお姉ちゃんを救った? そんなはずはない。小さい時も、しおりお姉ちゃんがVTuberとして活動していた前世でも、救ってもらっていたのはこっちの方だ。
私はしおりお姉ちゃんに何もしてあげられていない。むしろ、私はしおりお姉ちゃんに迷惑をかけてばかりだったはずだ。
「かなちゃんがいたからボクは今ここにいるんだよ」
「でも……私は……」
「だから、ありがとう……かなちゃん」
しおりお姉ちゃんは私を抱きしめながら頭を撫でてくれる。しおりお姉ちゃんの優しさに私はまた涙が溢れてきた。
「あははっ、泣かないでよ」
「だって……だって……」
私は一生をかけて償わなきゃいけないことをしてしまった。それなのにこんなにも優しくしてくれるなんて……私にはその資格がないのに……
私は私を決して許さないだろう。前世で生きる希望までくれた推しを、今世では推しが生まれるはずだった未来を奪ってしまったから。今世でも推しの活躍を見たかった。推しに救われた恩を返したかった。私はどうすれば……どうすれば……
「かなちゃん、ちょっといい?」
「……なに?」
「これを見て欲しいんだけど」
しおりお姉ちゃんは私を抱きしめていた腕を離すと、スマホの画面を私に見せる。そこにはしおりお姉ちゃんの……いや、前世で見た名前そのままのチャンネル画面が映し出されていた。
「え……これ……」
「うん、ボクのチャンネル。当時活動しようと思って作ったやつなんだけど、未練がましく残してたんだよね」
もちろん活動していないから登録者はゼロだけど、その名前をこの世界でもう一度見れたことが何よりも嬉しかった。やっぱり、この世界でもその名前を使おうとしていたんだ。でも、なんで今これを見せたんだろう。そう疑問に思っていると、しおりお姉ちゃんは改めて向き直りながら私に言った。
「かなちゃんももうVTuberとして大きくなったから、その主人公の背中を追ってみてもいいかなって思うんだよね」
「それって……」
「うん、もう一度夢を追ってみようと思う。……応援してくれる?」
……私がしてきたことは、間違ってなかった? 私は許されたの?
不安に揺れる私の瞳を見て、しおりお姉ちゃんは微笑んでくれる。その笑顔を見ると胸が温かくなると同時にまた涙が込み上げてきた。
「かなちゃんったら、今日はよく泣くねぇ」
そんな私をしおりお姉ちゃんは再び抱きしめてくれた。やっぱり、しおりお姉ちゃんは優しいなぁ……
「……私ね……」
「うん」
「今度こそしおりお姉ちゃんを支えられるような存在になるから!」
「あははっ! 期待してるよ」
しおりお姉ちゃんは快活に笑った後、私に向けて満開の笑顔を見せてくれた。その笑顔を見ているとなんだか力が湧いてくるような気がする。この笑顔が……笑い声が大好きだったことを改めて思い出させてくれた。