「……と、いうわけで。こちらが我らの事務所になるそうだ」
「おぉ〜……」
「……なんというか、言葉が出ないわね」
「ほんとに良かったのかな。ボクまでキャスト側で入れてもらうなんて」
ひすいさんに集められ、私達は出来たばかりの事務所を訪れていた。自分達の事務所だと思うと、まりの言う通り感動で言葉が出ない。
「いいんじゃないか? 事務所の設立者……いや、社長がいいって言ったんだから」
「なんだかお情けで拾ってもらったようで心が痛いなぁ」
「そんなの気にしなくていいじゃん! それだけしおりお姉ちゃんがすごいってことだよ!」
ひすいさんがフォローしてもなおバツが悪そうなしおりお姉ちゃんに、私は本音をぶつける。そう、しおりお姉ちゃんはすごいんだ。なんと言っても私の推しなのだから。
私がそう言うと、しおりお姉ちゃんは少しだけほっとしたような顔になった。というか、そもそもモデラーとしての腕を買われていたのだから自信持ってもいいのに。モデラーとキャストでは実績が違うのは確かだけど、そこまで卑下しなくてもいいだろうと思うのは私だけだろうか。
「そうですよ! キャストとして魅力がなければ了承なんて取れませんよ。自信もってください」
「そ、そうかな……」
私だけでなくまりからもキラキラした視線を送られて、しおりお姉ちゃんは照れているようだった。私の言葉では照れてくれなかったのに、まりの言葉は素直に受け取るんだ。ずるい。
「じゃあみんなで入ろうか」
「はーい!」
ひすいさんの呼びかけに、真っ先にまりが答えた。しおりお姉ちゃんも続いて入り、最後に私が続く。
「わぁ……すごいね……」
「広い……」
中は広々としていて、大きな窓と明るい照明で開放感があった。まだごちゃごちゃと余計なものが置かれていないから特にそう感じるのかもしれないけど。そして何より目を引くのは、大きなソファーとデスク、それとたくさんのモニター。
「わぁ〜すごーい!」
まりがきゃっきゃとはしゃぎながらソファーに座る。ここまでテンション高いまりは珍しいなと思いつつ、私も隣に座った。ふわふわで座り心地がいい。
「しおりお姉ちゃんたちもこっちきて座らない?」
私が窓の方にいたしおりお姉ちゃんとひすいさんを呼ぶと、二人もやってきてソファーに腰掛ける。四人でも余裕な大きさだった。
こうして四人で集まっていると、家にいる時のような安心感がある。ここまで落ち着くのは何故なんだろう。
私の大好きな、憧れの推しであるしおりお姉ちゃんがいるからだろうか。親友で学校ではいつも一緒に行動しているまりがいるからだろうか。多彩であることが既にすごいのに、人の感情の機微に敏感でさりげない気遣いができるひすいさんがいるからだろうか。
分からないけど、この安心感が心地いい。……そう感じるのは私だけじゃないようで、みんな穏やかな顔をしていた。
「なぁ、みんな」
しばらくくつろいでいた私達に、ひすいさんが改まった様子で語りかける。それだけで大事な話であることが分かったのか、私とまりも居住まいを正した。しおりお姉ちゃんも少し緊張した顔をしている。
「今後ともよろしくな」
「はい!」
「えぇ」
「よろしくね、ひーちゃん」
ひすいさんが差し出してきた手に合わせて私達もそれぞれの手を重ねる。これからもこの四人で頑張っていくんだ。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ、記念に一枚撮りましょうよ!」
まりの提案で私達はスマホのカメラを起動し、四人で顔を寄せ合う。そしてシャッター音が部屋に響いた。この四人でなら、きっとこれからも大丈夫だ。私はなんとなくそう思った。
「ちょっと! ひすいさん目閉じちゃってるじゃないですか!」
「お、ほんとだ。タイミングがいいのか悪いのか」
「はっはっは。また撮り直せばいいじゃないか」
まりが叫んでしおりお姉ちゃんがスマホを覗き込む。当の本人はなんだか楽しそうだ。なんだか、見ているこっちも楽しくなってきた。つられて私も笑顔になる。
「かな! 笑ってる場合じゃないわよ! あんたも変な顔になってたんだから!」
「え? ……って半目になってる!? 気づかなかった!」
「もう、しっかりしてよね。ほら、もう一回撮るわよ!」
まりに言われ、慌ててピースする。今度は変な顔にならないことを祈ろう。そんなこんなで撮り直した写真は、みんないい笑顔で撮れていた。
「あたし、この写真待ち受けにします!」
「ボクも」
「私もそうしようかな」
スマホを大切そうに抱きしめながらまりが言うと、しおりお姉ちゃんが賛同したので私も乗ることにした。とはいえ、乗っただけではなくちゃんと本心だ。この先辛いことがあっても、これを見ればきっと元気になれると思う。
しおりお姉ちゃんもまりも、そしてひすいさんも。みんないい笑顔で写っているこの写真は、私達にとって最高の宝物だ。
「そういえば、これからの目標とかあるんですか?」
ふと気になって私はしおりお姉ちゃんに尋ねた。すると彼女は少し考えてから答える。
「うーん……そうだね。やっぱり我らが結託して事務所の名前を有名にしていくのがいいんじゃないか?」
「ですね! 有名になれば人もお金も集まってきますし!」
「それはそうなんだろうけど言い方……」
突然会話に入ってきたまりの言葉に、私は苦笑いする。けど実際その通りだし、否定する気はなかった。事務所が有名になれば仕事も舞い込むだろうし、そうなれば収入が一気に増える。
けれど有名にする為にはそれなりの努力が必要だし、私達一人一人がもっと人気にならないといけない。そんな無謀とも思える目標でも、みんなとなら叶えられるだろうという確信があった。それは友人だからだとか関係なく、それぞれが成し遂げられるだけの力を持っていることを知っているから。
「みんなならすぐに叶えられそうだね」
私がそう考えていると、しおりお姉ちゃんはみんなの顔を見回して笑った。しおりお姉ちゃんも同じ気持ちだったのかと思うと嬉しいけれど、一つ大事なものが欠けている。それだけは訂正しておきたかった。
「そのみんなの中に、しおりお姉ちゃんもいるんだからね!」