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第113話 はじめての銭湯

「おー! こんな感じなんだー!」

「二人に連絡ついたよ。堪能し尽くしたから案内してくれるって」

「え、私そんなに寝てた?」


 私は銭湯というものをはじめて見られて感動している。イメージとしてはおじさん達のたまり場……くらいの古臭い想像しかできなかったけど、実際来てみたら建物も綺麗でちょっとした贅沢をしたい時にピッタリだと思った。

 こういうのを「スーパー銭湯」と言うらしい。レストランや休憩スペースもあり、長時間いても楽しめそうだ。


「おー、かな起きたのか」

「二人ともこっちこっち! とても良かったわよ」


 ひすいさんとまりがそれぞれ声をかけてくる。二人もすっかり上機嫌で肌がツヤツヤしている。本当に二人だけで堪能していたと思うとちょっとイラッと来たけど、これから私も楽しむのだ。

 このスーパー銭湯にはマッサージ風呂や岩盤浴、サウナなど多種多様な施設がある。私も二人にならって全部をまわることにした。


「なにこれ、入ると体がジンジンする!」

「塩サウナね。美肌効果があるらしいわ。あとは冷え性にもいいって」


 まりは嬉しそうに塩サウナについて教えてくれる。私は座ってるだけで汗が滝のように流れていくのが面白くてたまらない。しばらく座っていると段々体に力が入らなくなってくる。

 これ以上いると危ない気がする。私は二人を気にせずに先に出て休憩スペースに向かうことにした。休憩スペースはソファーやテーブルが置かれ、自動販売機も並んでいる。ビールサーバーがあるらしく、そちらにはおじさん達が群がっている。


「ビールって美味しいのかなぁ」


 今の年齢はもちろん、前世でもそういった類のものとは縁がなかった。アルコールに弱いとかではないけど、魅力がわからなかったのだ。でも、おじさん達があんなに嬉しそうに飲んでいるのだから美味しいのだろう。私も飲める年齢になったら今度は挑戦してみよう。

 休憩スペースには食事できる場所も併設されている。私はそこでアイスを売っているのを見つけた。


「おいしそう……買っちゃおう!」


 私はバニラ味のアイスとりんご味のアイスを選んで注文した。アイスを受け取り、席に座って食べようとした時、誰かの足が見えて顔をあげるとそこに立っていたのはまりだった。


「それアイス? ずるいわ!」

「えぇ……そう言われても……」

「かなだけ先に出ていっちゃうし……ほんと自由なんだから」


 まりは呆れながら私の前に座った。私はアイスを半分こにして渡すとまりは嬉しそうに食べ始めた。

 しばらく二人でゆっくりしていると、ひすいさんがビール片手にやってきた。そういえば成人済みだったな。普段の言動が子供っぽいからついつい忘れてしまう。


「かな、ビール飲んでみるか? 大人の味だぞ」

「え、いや……私まだ成人してないですし」

「大丈夫大丈夫。ちょっとくらいバレやしないさ」

「なんだか悪い大人みたいですよ」


 私が呆れて見ていると、ひすいさんは私のアイスを一口食べた。私が抗議の声を上げようとするも、もう遅い。そのまま自分のビールに口を付けてゴクリと飲んだ。私は少しドキッとしたけど、美味しそうにビールを飲んでる姿がとても絵になる。なんだか雑誌の撮影でも見ている気分だ。


「どうだ? 飲みたくなってきただろ?」

「私は子供なのでジュースでいいです」

「冷たいな!?」


 私とひすいさんが言い合いをしていると、まりがゴホンッとわざとらしい咳払いをする。蚊帳の外にされて怒ってるようだ。


「ひすいさん、かなはだめです。あたしのなんだから」

「え!?」

「ほーう? それは宣戦布告か?」

「え? え? 二人ともどうしたの?」


 私は二人の会話についていけずにオロオロするばかり。そんな私の様子を見て、二人は楽しそうに笑った。……もしかしてからかわれた?


「いや、可愛いなと思ってさ。かなが困惑してて」

「そうですね。かなをからかうのは面白いわ」

「……もう、ひどいなぁ!」


 私がふてくされていると、まりが頭を撫でてくる。ひすいさんも優しく笑って手を差し出してきた。私はなんだか恥ずかしくなりながらも、二人の手を取って一緒に笑いあった。


「おやおや? もしかして三人だけでイチャイチャしてる?」

「しおりお姉ちゃん、長かったね?」

「いやぁ、サウナが好きすぎて……」


 しおりお姉ちゃんがサウナから戻ってきた。その肌はツヤツヤで、とても満足そうだ。しおりお姉ちゃんがそこまでのサウナ好きとは知らなかった。小さい頃から一緒にいてもわからないこともあるんだな。


「お? その手に持ってるのはアイス? いいなぁ……ボクも食べようかな」

「しおりお姉ちゃんは何味にするの?」

「今日は抹茶の気分!」


 そう言うと、しおりお姉ちゃんは一目散に駆け出していった。しおりお姉ちゃんが戻ってくるのを待っていると、まりが私の腕をツンツンとしてきた。


「かな、ちょっと聞きたいんだけど」

「なに?」

「しおりさんのこと好きなの?」


 私はすくいかけたアイスをカップに落としてしまう。驚きすぎてそれどころじゃないのに、落ちたアイスとまりを交互に見る。そんな私を見てまりは笑い始めた。


「ふふっ、あはははは!」

「もう……なんなの?」

「悪かったわね。ただちょっと気になったのよ」


 まりは悪気もなく、純粋に疑問をぶつけてきているだけみたいだ。だけど、どこか真剣味をおびていて、軽く聞いただけということでもなさそうだった。

 私はどう答えればいいかわからなかった。しおりお姉ちゃんのことは好きだ。だけど、それが恋愛的な意味なのか、家族愛的なものなのかが自分でもわからない。ただ、しおりお姉ちゃんのことを考えるとドキドキして落ち着かなくなるのは確かだった。


「……わからない」

「そう、でもそれが一番いいのかもね」


 私が答えを出すのをためらっていると、まりはそう言った。私は顔をあげてまりを見る。まりは優しい目で私を見ていた。

 なんだかその眼差しに全てを見透かされていそうで、怖くなる。ひすいさん以外にもこんな感情を抱くことになるとは。怖い気持ちを悟られないように思わず視線をそらすと、しおりお姉ちゃんが戻ってきたようだ。両手に抹茶のアイスを持ちながら楽しそうにしている。


「いやー、店員さんいい人だねー。オマケしてもらっちゃった」

「ほう、あのコミュ力よわよわのしおりがオマケをもらうとは……」


 ひすいさんは驚きの表情を隠せないでいた。それにしおりお姉ちゃんはムッとして「ひーちゃん失礼だよ」と頬をふくらませた。二人のやり取りを微笑ましいと思うのに、どこかモヤモヤする自分がいたのだった。


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