「銭湯まで来てサウナだけってのも味気ないし、そろそろ風呂でも入るか?」
「お、お風呂……!」
ひすいさんの申し出に、私はソワソワと落ち着かなくなった。サウナは短時間しか楽しめないけど、お風呂は髪や体を洗ったりするのも時間がかかるし、お湯につかるのもある程度の時間がいる。
ということは、しおりお姉ちゃんの暴走が見られるチャンスかもしれない。あれ以来お風呂自体一緒に入れてないから、一度しか見れていないのだ。もう夢だったんじゃないかと思うレベルだ。
「わ、私行きたいです!」
私が手を挙げると、ひすいさんが驚いたように目を大きくした。だが、すぐににやっと笑う。
「なんだ? そんなに我と裸の付き合いをしたかったのか?」
「えっ、ち、ちがっ……!」
「はは、照れなくてもいいだろう。我のこの体に溺れてしまえ」
「ほんとに違うのに……」
ひすいさんがウキウキとしながら私の手を引く。お風呂に向かって歩くが、私は内心少し震えていた。だって、しおりお姉ちゃんの裸を楽しみにしているなんて知られたら……絶対からかわれるに決まってる。
しおりお姉ちゃんとひすいさんは服を脱いで先に中に入っていった。私はそれをドキドキしながら見つめることしかできない。
「どうしたのよ、かな。なんか様子おかしいわよ?」
「え、あ……その……」
まりに話しかけられ、ドギマギしてしまう。
「は、早くお風呂入りたくて!」
「ふーん? 確かにあたしも汗が気持ち悪くて早く入りたいわ」
「だよねー!」
まりは脱衣所で素早く服を脱ぎ、私の手を引いてお風呂の方へ向かう。ひすいさんたちは湯船につかっているところだった。
ひすいさんは私が近くに来たことに気が付くと、ざばりと湯船から出てくる。
「ほう……なかなか細いな。ちゃんと食べてるか?」
「ぴぃ! そ、そんな至近距離で体見つめてこないでください! 恥ずかしい!」
ひすいさんにじろじろ体を見られて、私は慌てて胸を隠した。性的な目線ではないのだろうけど、同性でもジロジロ見られたらさすがに恥ずかしい。ひすいさんはそんな私を見て、冗談だとばかりに離れてくれた。
「まりもなかなかくびれが美しいな。触ってもいいか?」
「お断りします」
「つれないなぁ。……で、かな。お前はなんで我の裸をそんな熱心に見てるんだ?」
「え、あ……」
ひすいさんに指摘されて、私は慌てて顔をそらす。でも、遅かったみたいだ。ひすいさんは私を見てニヤニヤしている。
「なんだ? そんなに興味あるのか?」
「い、いえ……綺麗だなと思って……」
「綺麗、ね。かなにそう言われるのは悪い気がしないな」
ひすいさんは私の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれる。なんだか子供扱いされているようで恥ずかしかったけど、悪い気はしなかった。
そういうやり取りをしていると、しおりお姉ちゃんも湯船から出てきてこちらに近づいてくる。やっぱりモデルみたいだ。ひすいさんはしおりお姉ちゃんにも何か言いかけたが、しおりお姉ちゃんはそれを遮るようにひすいさんの体に触れる。そして、その細い指でひすいさんの体をなぞった。
私は思わずドキッとする。だって、それは私の肌に触れてきた時と全く同じように見えたから……
「ひーちゃん、ここで話し込むのは周りの人に迷惑だよ。あとかなちゃんたちは髪と体洗わなきゃいけないんだから」
「おっと、すまない。じゃあ我も露天風呂の方に行こうかな。引き止めてすまなかったな」
「あ、い、いえ……」
私はひすいさんを見送ると、まりと一緒に髪と体を洗いにいく。しおりお姉ちゃんの暴走を楽しみにしてたなんて知られなくてよかった……私は体を洗いながら、ほっと胸をなで下ろすのだった。
でも、さっきひすいさんの体を触る手つきが私の肌を触ってきたあの時に似ていて、心臓が落ち着かない。自分がされたわけでもないのに、しおりお姉ちゃんが触っていた場所がムズムズする。それはボディーソープで洗い流しても変わらない。髪を洗い終わってもなお、なぜか体がうずいていた。
「……ほんとに変よ、かな。やっぱり何かあったんじゃない?」
「えっ! な、なにもないよ! ほんとに!」
「強調する辺り怪しいわね……」
まりに問いただされ、私は必死に首を振る。本当にどうしちゃったのか自分でもわからなかったから。
「か、考えすぎだって! 早く私たちも露天風呂に行こうよ!」
「怪しい……」
まりは怪しんでいたけど、それ以上追及はしてこなかった。その優しさに甘えて、逃げるように露天風呂の扉を開けた。
「わぁ……綺麗……」
視界には満点の星と真っ黒な夜の闇が広がる。黄金色に輝く月が存在感を放っていて、まるで異世界にでも来たみたいな光景に感嘆の声がもれる。夜空ってこんなに綺麗だったんだ。
普段空を見上げることなんてないから、もしかしたらいつでもこんなに綺麗なのかもしれない。だけど、銭湯の露天風呂といういつもとは違う場所だからか、それとも大切な人達が近くにいるからなのか……いつも見る夜空より何倍も綺麗に見えた。
「……すごいわね」
「ふふん、我の入浴シーンは絵になるだろう?」
「あ、いたんですね」
「露天風呂に行くって言ってただろ!?」
ひすいさんは散々な扱いをされ、癒しの空間である銭湯に似つかわしくない叫び声をあげた。さすがまり、ひすいさんの扱いをわかっている。だけど目に少量の涙をためていて、ちょっと可哀想になってきた。
「はぁ……まあいい。湯加減もいい感じだからこっちに来い」
誘われ、私たちは顔を見合せて一緒にお湯に足をつけた。熱めに設定されているのか、ピリピリとした痛みが襲う。徐々に慣らしながら肩まで浸かると、疲れがお湯に抜けていくような感覚があった。
「はぁぁぁ生き返る……」
「大袈裟だな」
「いやいや、そんなことないですって」
「一度死んだみたいじゃないか」
「そっち!?」
「え、かな。あなた死んだことあるの?」
「ないけど!?」
まあ、過去に戻ってからは死んでないから嘘は言ってない……はず。そんなような騒がしいやり取りが夜の空へと吸い込まれていった。