ムツヤは気を失っていた。リミッターを外し、全力を出した為に、力を使い果たしてしまったのだ。
目を覚まし、起き上がろうとするが、手足が動かない。その原因は疲れだけではなかった。
両手両足が鎖でベッドに固定されていたのだ。今ある渾身の力を使ってもそれは千切れない。
「あ、やっと起きたのね、ダーリン」
いきなり足元の方から声が聞こえた。女の声だ。
首だけを起こしてそちらを向くと、ピンクと金のコントラストが見える。それはこっちに近づいてきた。
「おはよう、ダーリン!!」
そう言って誰かが覗き込む、透き通るような白い肌に青空を写したような唇。そして、整った顔立ちだ。長い金髪がムツヤの顔に触れてむず痒さを覚える。
「誰だお前!!」
ムツヤは一瞬見惚れていたが、ハッと我に返って言うと、クスクスと相手は笑い始めた。
「お嫁さんだよー?」
お嫁さんと言われてムツヤは考える。お嫁さんって言うとアレだ、仲良くなった男女が結婚ってのをして、なるやつだ。
「何言ってるんだ!?」
「まぁいいわ、私は『ラメル・キャ』ラメルって呼んで」
「あ、俺はムツヤ・バックカントリーです」
自己紹介をされて思わずムツヤは呑気に返してしまった。その後また気付いて首を振る。
「違う、そうじゃなくて、なんで俺、縛られてるんだ!?」
「ダーリンが逃げないようにだよ? 既成事実を作るまで大人しくして貰おうと思って」
「きせい?」
「そう、既成事実!」
ムツヤは言葉の意味が分かっていなかったようだが、ラメルは構わず話し続ける。
「知ってるかもしれないけど、私、魔人なの!!」
「なっ、魔人!?」
「そう、魔人」
ムツヤは魔人という言葉に反応し、状況がまずい事は分かったが、いかんせん体が動かない。
「私の夢は世界をメチャクチャにすること!! 哀れな人間どもに徹底的に敗北を刻み込んでやるの!」
「そんな事は間違っている!!」
ムツヤが言うと、不思議そうな顔をしてまた覗き込む。
「どうして?」
「どうしてって……、どうしてもだ!!」
「だから、どうして?」
ムツヤは上手く言葉が出てこなかった。否定をしたいが、なんと言って良いか言葉が出ない。
「えーっと……」
「ほら、分かんないでしょ?」
「とにかくダメだ!!」
次の瞬間、ムツヤは何が起きたか分からなかった。ラメルの顔が近づいてきた事だけは分かる。
そして、唇に柔らかい感触。いい匂いと体を撫でるサラサラとした髪。
「うるさいお口は塞いじゃえ!」
ムツヤは魔人ラメルにキスをされた。
「なっ、なにすんだ!?」
そんな言葉とは裏腹に顔が赤くなり、胸の鼓動はドクドクと高く脈打っている。
「だってー、ダーリンが私にイジワル言うからー」
「だって、世界をメチャクチャにするなんて間違ってるか……ら……」
またラメルが近付いてきて、キスをされる。
「だ、だからなにすんだ!!」
ラメルはまたクスクスと笑い、くるりと一回転まわった。
「ダーリンが変な事言うからだよー?」
反省の色は見られないようだ。
そして、更に言う。
「私と、ダーリンのカバンと、ダーリンの力があれば、この世界全部をメチャクチャにできると思うの!!」
「なんでお前はそんな事がしたいんだ!?」
「なんでって……、したいから?」
ムツヤはムスッと怒ってしまった。それを不思議そうにラメルは見る。
「私からしたら、ダーリンの方が不思議だよ? そんな力があれば、ギチットなんて国1人で支配出来るでしょ? なんでしないの?」
「キエーウの奴らも亜人の人を支配しようとか、絶滅させようとか言ってたけど、それで悲しむ人がたくさん居るからだ!!」
「ふーん」
少しも納得して無さそうに、ラメルはそっぽを向いて言った。
「ダーリンさ、このカバン私が開けようとしても開かないんだ。開けてよ!!」
目の前にカバンを差し出されてムツヤは頭に上った血の気が引いた。
「それはダメだ!! 返せ!!」
「それじゃ手借りるねー」
ムツヤの手が柔らかい感触で包まれる。だがそれは恐ろしいほどの力を持っており、手を開かせ、カバンのフチを握らせた。
まずいとムツヤは思ったが、意外にもカバンは開かなかった。
「あー、やっぱダメかー……」
がっくりとラメルは肩を落とす。
「ねぇダーリン? カバンを開けないとどうなっちゃうか分かる?」
「俺には何をしても良い!! カバンだけは絶対に開けないぞ!!」
「ん? 今何をしても良いって言ったよね?」
ニヤリと影のある笑顔を見せてラメルは言った。ムツヤは何をされるのか内心怖い。
「言っておくけど拷問なんかしないから安心してよ」
敵の言葉で信じられるものではないが、一瞬ムツヤはホッとした。
「その代わり、気持ちいい事、たくさんしてあげるから! 私の虜にしてあげる!!」
小悪魔みたいに、いや、小悪魔ではなく魔人なのだが、ウィンクをしてラメルは言った。
「キスよりも、もっと気持ちいい事、しよ? だから仲間になってね、ダーリン?」