目覚めたばかりだが、今回もあっさり上手く行った。
人間も亜人も何故こうも非力で愚かなのだろうか。
ムツヤが攫われる前、城の上空に現れたラメルは魅了の魔法を使い、ものの数秒でその場を占領してしまった。
「さーて、冒険でもしようかなー」
堂々と正面から入ったラメルを使用人達は深々と頭を下げて出迎える。
その時、ラメルは気配を感じ取った。自分の魅了の魔法が利いていない者が居る。
今日も目が覚めてしまった。また死ねなかった。
体中の傷が痛む。
自分は何のために生きているのだろうか。
重い地下室のドアが開いて、光が差し込む。
憎い憎い城主様がやって来る。そして今日も拷問の始まりだ。
足音が城主様と違う事に少女は気付いた。暗闇の中、敏感になった耳が捉えたのはヒールのコツコツという音だ。
「こーんな所に隠れてたんだー」
そう言うと目の前の人影はパチンと音を鳴らす。同時に眩しい光が辺りを照らした。
その光の中から現れたのは、優しい笑顔をした美しい女性だ。一瞬女神にさえ見えた。
ドレスを着ているので城主様と同じ貴族なのだろうか。
「あなたは……」
「私は、ラメル・キャ。魔人よ」
貴族でも女神でも魔人でも何でもいい。少女の願いは1つだけだった。
「お願いです……」
「お願いです!! わだじを!! わだしを殺して下さい!!!!!」
ラメルは、ぽかんとした表情で少女を見つめた。
「殺して?」
助けての聞き間違いかと思ったが、聞き返すと少女は食い気味にまた言葉を放つ。
「お願いです!! 殺して下さい!!」
うーんと上を見上げてラメルは何かを考えていた。
「キミ、不思議ね、魅了も効かないし、助けてじゃなくて殺してって」
伸ばした右手にオレンジ色の光を溜め、少女に向かってかざした。
少女は目を瞑って歯を食いしばる。やっと楽になれそうだが、やはり怖いものは怖い。
「やーめた。何で私が亜人の命令を聞かなきゃいけないの」
ラメルは少女に近付いて、飴細工を壊すかのように手で鎖をパキパキと割った。
「それに、魅了が効かない原因も知りたいし。いいわ、あなたこの城を案内してよ」
手足が自由になった茶髪の少女は、頭の上の狼のような耳を倒して言う。
「あ、案内って言っても……、私、ここから出た事が無くて」
「じゃあ、私と一緒に探検しましょ? キミ、名前は」
「ミシロ、です」
「ふーん。それじゃ行こうか」
ラメルは光の射す方へ歩いて行く。ミシロも後を付いて行く。
何年ぶりかの光をミシロは浴びた。それと同時に涙が出てしゃがんで泣いてしまう。
「何で泣いているの?」
不思議そうな顔をするラメルにミシロは答えた。
「やっと、やっと出られた、やっと……」
しかし、次の瞬間。ミシロは全身に氷水を浴びたような気持ちになる。
「ラメル様」
その声は間違いない。城主様の声だ。
ミシロの体はガタガタと震えた。過呼吸が起きて立っていられない。
「何? こいつが恐いの?」
ラメルはミシロに問う。それに対して首を大きく降って肯定した。
「じゃあ、殺しちゃえば?」
ラメルは飾られていた剣の前までスタスタと歩くと、手に取ってミシロへ投げてよこした。
「キミ、こいつが嫌いなんでしょ?」
ミシロはガタガタ震えて言葉はおろか、首を縦に振ることも出来ない。
「暇だから聞いてあげる。何があったの?」
「あっ、あ、あの、あっ」
言葉が出て来ないミシロにラメルはため息をついた後に言う。
「アンタ邪魔だからどっか行ってて」
城主だった男は、新たなる城主の命令により部屋を去っていった。
ふかふかのベッドに座ってラメルは隣をポンポンと叩く。
「こっちおいでよ」
ミシロはゆっくりゆっくりと歩いて近づくと、手を引かれてラメルを押し倒して覆いかぶさる形で倒れ込んだ。
「何があったの?」
優しい顔をするでもなく、真顔でラメルはミシロを見つめていた。その表情は涙が頬に落ちてきても変わらない。
「じょ、城主様に、あの部屋に閉じ込められてっ!!!」
「ふーん」
後は生々しい傷跡が語ってくれた。ラメルはミシロを抱きしめると、ぐるんと回り、押し倒し、覆いかぶさって言う。
「何でキミがそんな目に会ったか教えてあげようか?」
ミシロの返事はないが、続けて語る。
「弱いからだよ、キミが弱いから。弱いのがいけないの」
ラメルは淡々と冷酷に言った。
「弱いやつなんて殺されて当然なんだから」
ラメルが部屋の入口をちらりと見るとまた城主が入って来た。
「弱いやつは生きるか死ぬか必死でも、強いやつは遊び半分」
「私、弱いやつ嫌いなの」
ラメルはベッドから飛び降りて床に転がる剣を取り、引き抜いた。
目の前の魔人が何をするのかミシロには予測不能だった。もしかしたら斬られるかもしれない。
でも、それで辛いことが終わるなら……、それに、不思議とラメルにだったら殺されても良いかもしれないと思っていた。
「ゲームをしましょう。強者に許された遊びをあなたに教えてあげる」
ラメルは剣をくるくると回して、刃の部分を握り、柄の部分をミシロに差し出す。
それと同時に、城主が部屋の中へと入って来た。ミシロはまた震えだす。
「1分」
そう突然言われてミシロは前を見る。魔人は冷たい顔をしていた。
「1分以内にアイツを殺せばキミの勝ち。見逃してあげる。出来なかったらキミの負け、この場で殺す」
ミシロはカチカチと歯を鳴らして必死に意識を保っていた。
「握って」
柄がぐいっと差し出される。
「握れ」
命令され、やっとミシロは両手を出して、グッとそれを握った。
「それじゃ、よーいスタート」
ミシロはベッドから立つことも出来ないでいる。はぁはぁと荒い息だ。
「ちょっとサービスしてあげる」
ラメルが城主の背後に立って言うと、遠くを見つめていた城主がハッと意識を取り戻す。
「な、なんだ!! ……っ体が!?」
体は動かないままだが、声を聞いてミシロはギュッと目を瞑った。
「何故お前がここに!?」
地下から出歩いているミシロを見て、自分の体よりも驚きが勝ってしまった。
「お前の仕業か!? いや、お前ごときがこんな事出来るはずもないか……。ともかく穢らわしい体で私の寝室を穢すな!!」
ミシロが握る剣もお構いなしに罵声を浴びせる。その時、ミシロが立ち上がった。
「おい、剣を置け、何をするつもりだ、やめろ!!」
剣を振りかざそうとして、ミシロは固まる。
「……出来ません。出来ません……」
「そう、じゃあ死ね」
ラメルが右手に魔力を込め、声で城主がその存在に気付いた。
「何だ、誰か居るのか!? どうなっているんだ!?」
「弱いキミはこうやって奪われ奪われ、惨めに死ぬんだよ」
ラメルの「奪われ」という言葉でミシロは思い出す。
そうだ、この男は私から全てを奪った。家族も、尊厳も、未来も!!
傷だらけの少女の目には覚悟が宿った。自分のことだけなら許せる。
だけど、こいつは……