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第45話 くろのしろの物語 黒の城は凍結状態にあった

俺たちは黒の国の大病院敷地から、街道に入って、黒の城を目指す。

大病院の院長が、これだけの事態にもかかわらず、

黒の城から緊急事態の報告がないということから、

黒の城が、大病院よりも大変なことになっている可能性を考えたらしい。

俺も大体同じ事を考えている。

そして、国を落とすのならば、町よりも城を落とす。

多分、魔王の手足となっている者ならば、

距離を無視して城から落とすことも可能であろうし、

邪なものを放つことも可能だろう。

黄の国や白の国でそのような手口を見てきた。

おそらく黒の国でも同じ手を使っていると思っていいだろう。

俺とリラと従魔たちは、雪の中を歩く。

黒の城からの足跡はない。

城から歩いてきたものがないのか、

雪が降り積もっている所為かはわからない。

ただ、寒波は増してきているように感じる。

大病院で譲り受けた防寒具がとても役に立つ。

俺たちは小高い山の上にある黒の城を目指して歩く。


山道を歩くことしばらく。

雪をかぶった木々の隙間から城が見えてきた。

俺の感覚だと、ガラスのような城だ。

もしかしたら、黒の国で使われる建築資材的なものが、

いわゆる石とか木でなくて、

ガラスのように見えるものがあるのかもしれない。

大病院の敷地ではあまりそれらしいものは見られなかったけれど、

城を作るとなると、透明なガラスのような、それを使うのかもしれない。

しかし、ガラスのような黒の城は、

今や雪をかぶっていて、寒々とした様相を呈している。

ガラスというよりも氷の城だ。

俺たちは歩いて近づいていく。

寒波が増しているような気がする。

外に人気はない。

凍えんばかりの寒波の中、黒の城は静まり返っている。


俺は門番のような人影を見つけた。

声をかけようと近づいていくと、

門番の周りに何かがあることに気が付いた。

近づいて触れると、それは氷だ。

黒の城の門番は、氷におおわれてしまっている。

この寒波で氷漬けになってしまったのだろうか。

俺たちが来るのが遅かったのだろうか。

俺が気落ちしている隣で、リラが門番の氷に触れている。

「これはおそらく魔力の膜になります」

俺は魔力や魔法についてはさっぱりなので、

リラにかいつまんで話してもらう。

それによると、どうやら俺が少し見たことがある、

結界という魔法の使い方に似たもので、

魔力の膜で彼らを覆っているらしい。

基本、魔力が高いのは国をまとめる王族が多く、

おそらく黒の城の王族の誰かが、

黒の城の皆を守るために、魔力の膜で覆っているのだろうとのことだ。

触れて冷たい氷に感じるのは、

外の寒波をそこでせき止めているかららしい。

黒の城にどれだけの者がいるかはわからないけれど、

あまり長い時間は持たないだろうとは、リラの見解だ。

「一刻も早く、黒の城の皆を助けなければなりません」

魔法や魔力がいろんなことができることは大体わかった。

その上で、力を使うので、長く持たないことも分かった。

ならば俺ができることはこの城の皆を寒波から助けること。

あたためて、生命力を回復させること。

為すべきことがわかれば話は早い。

「神語で、この魔力の膜を解いてもらうことは出来そうか?」

「神語はかなり遠くまで届きます。おそらく、魔力の主まで届くかと」

「膜が解かれ次第、神速の耳かきで行く」

「わかりました」

「神語をふたつ放ってくれ。魔力の膜の主と、黒の城の皆の分と」

「わかりました。行けます」

「俺は耳かきの二刀流で黒の城の皆を回復させる」

「神速の耳かきで二刀流が可能なのですか?」

「この旅で俺もだいぶ成長した。そのくらいならば可能だ」

「では、行きましょう。勇者様」

「頼んだぞ。リラ」

リラは深呼吸をした。


『マリョクノ マクヲ トイテ クダサイ コノシロヲ タスケニ キマシタ』


リラは最初の神語を放つ。

神語は黒の城のガラスのような建造物に響き、

しびれるような共鳴を残す。

多分黒の城の中に神語が響いているはずだ。

そして、魔力の膜を張っている誰かのもとにも届いているはずだ。

神語は耳の呪いが耳にあっても届く言葉だ。

黒の城に耳の呪いがあったとしても、

魔力の膜を張っている誰かのもとに届くはずだ。

神語が響いた後、圧迫感が抜けるような気配がした。

「魔力の膜が解けている気配を感じます」

「よし、神語は届いたみたいだな」

「続けて耳をつなぐ神語、行きます」

「頼んだ」

「はいっ」

リラは再び深呼吸した。


『クロノシロノ ミナサン アナタタチヲ アタタメ ミミノ ノロイヲトキマス』


リラの精一杯の連続神語だ。

俺の耳に黒の城の皆の耳が感覚共有される。

どの耳も冷たく凍えている。

俺は赤の国の火の石の耳かきと、青の国の大樹の芽の耳かきを構える。

神速の耳かきを使いながらの二刀流耳かき。

いけるか。いや、やらなければならない。


「神速の耳かき!」


俺は黒の城へと神速の耳かきで走り出した。

感覚共有されている耳は、やはりオオトガリの者が多い。

オオトガリの大きなとがった耳を、

二刀流の耳かきでかいていく。

城の者の凍えた耳をあたため、生命力を回復させていく。

俺は耳かきのことしかわからない。

耳かきを作り、耳をかくことしかわからない。

もの知らずな俺だが、精一杯の癒しを込める。

リラの神語は言葉で耳をつなぐ。

俺は耳かきで、耳の持ち主を癒し、耳をつなぐ。

リラも俺も、皆を癒したい、元気になって欲しい、

つらい耳の呪いから解放されてほしい、

その気持ちは同じだ。

そんな気持ちを、もしかしたら愛とか呼ぶのかもしれない。

もしかしたら俺たちは、この異世界を愛で包みたいのかもしれない。

耳かきがつなぐ愛なのかもしれない。

その耳に届くものが心地よくあってほしい。

笑顔になるものが耳に届いてほしい。

それが俺たちなりの愛なのかもしれない。

俺は精一杯の癒しと愛をこめて、

神速の二刀流耳かきで黒の城の皆の耳をかく。

もしかしたら、耳かきとは愛がないとできないのかもしれない。

一番無防備になっている状態で、

相手を信頼して大切な耳を預ける。

これが愛でなくて何であろうか。

俺は神速の耳かきで耳をかき続ける。

耳の持ち主が心地よくあるように。

心も身体も癒されるように。


黒の城を神速で走り抜けていく。

あまり細かい構造などは見ている余裕はないが、

透明なものでできている感じはわかった。

外から見たところの、ガラスのような感じは城の内側もそうらしい。

駆け抜けていく中で、一人、異質な感じのものがいた。

オオトガリの女性だ。

彼女だけ、俺と目が合った。

神速の耳かきを発動させている俺と。

多分特別な力のようなものがある女性なのだろう。

リラが言っていた、魔力のある王族のようなものかもしれない。

俺は彼女の耳もかいて、また、城の中を神速の耳かきで走り抜ける。

感覚共有した彼女の耳から、

俺の耳に感謝の言葉が届いた。

そのあと彼女の耳の感覚が濁った。

凍結したような耳の感覚だ。

黒の城の他の耳の感覚はあたためられて元気になっているのに、

彼女だけ感覚が濁って凍った。

俺は立ち止まることもできずに神速の耳かきを発動し続け、

やがて、物の数秒してから、黒の城の入口の、

リラの隣に戻ってきた。

二刀流の神速の耳かきが可能だったことは収穫だが、

彼女の耳の感覚が濁ったことが気になった。

俺は息を整え、

「リラ、邪なものに寒気のがいたような気がするんだが」

「寒邪というものがいます。この寒気はおそらくそれかと」

「この城の特別な存在が、それにやられているようだ」

「先程の魔力の膜の」

「多分そうだ。神速の耳かきの俺をちゃんと見ていた」

「勇者様の神速を見ることが」

「多分、この城の特別な存在だ。王かもしれない」

「もしや、皆に膜を張って魔力がつきかけたところを」

「そこを狙われたかもしれない」

「急がないと!」

「神語の連発で疲れてるかもしれないが、急ぎの事態だ」

「私は平気です。それよりこの城を救わないと」

「ああ、行くぞ」

「はいっ」


俺とリラと従魔たちは、黒の城の中へと入っていった。

まだ寒波は強い。

一刻も早く解決しなければ。

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