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第46話 かんじゃの物語 寒邪は無理やり暴走させられていた

俺とリラと従魔は黒の城に入っていった。

本来ならば門番などに声をかけたり、

中に入る際に許可をとったりするものかと思うが、

黒の城の者は神速の耳かきの直後でまだ回復しきっていない。

しっかり回復するまで待っていたり、

また、城に入るための手続きが終わるまで待っている余裕はない。

勝手に城に入ったことは、

神速の耳かきの一件も含めて、あとで謝ることにしよう。

勝手に大事な場所に入ることは礼儀を欠いていると、さすがの俺も思う。

とにかくあとで頭を下げて、それから色々と考えよう。

今は、黒の城の重要人物が大変なこと。

それは黒の城の皆に魔力の膜を作れるほどの魔力の持ち主。

多分、黒の国においてもかなりの重要人物。

中心に据えられるような、王族のようなものかもしれない。

俺の感覚だと、王というものは、国民の皆の心の支えにもなっている。

その支えを失うということは、

黒の国に絶望が蔓延するかもしれない。

絶望は心をずたずたにして、ちょっとやそっとでは回復しない。

耳かきなどでは癒せないほどの傷を作る。

俺の錬成した耳かきでも、心の傷まではなかなか癒せないと思う。

だからこそ、まずは黒の城にいるあの人物を救う。

ごちゃごちゃ考えながら走ったけれど、

結局はそこに行きつく。

耳かきバカは、考えるより耳かきをしていた方がいい。

耳かきが世界を救うくらい考えた方がいい。

俺は、耳かきの勇者だ。


先程、神速の耳かきで走り回って把握した黒の城の中を、

俺とリラはかけていく。

先程の人物がいる場所に近づいていくと、

明らかに気温が下がっている。

黒の城の皆が回復してきているけれど、

頭を振ったりして、なんとなく意識が戻り切っていないようだ。

魔力の膜で守られていた影響もあるかもしれない。

俺たちは城の皆を横目に、気温の下がっている場所へと向かう。

俺の神速の耳かきで目が合うほどの女性。

多分かなりの能力があって、それを魔力などと言うのかもしれない。

俺たちは彼女のいる部屋に向かった。

行く先には立派な扉があって、その扉から寒波が押し寄せてきていた。

「ここだな」

「寒邪であろう気配がすると、みんなが」

みんな、とは、この度で俺たちが仲間にした従魔たちだろう。

もともとは彼らも邪なものだった。

俺は言葉がわからないが、リラは彼らの言葉がわかる。

そして、従魔はこの先に寒邪がいると言っている。

相当な寒波が来ている。

寒邪は相当な力があるのかもしれない。

俺は力を込めて立派な扉を開いた。

扉は重い音を立てて開き、寒波が怒涛のように押し寄せる。


扉の中は氷の部屋のようだった。

もともと黒の城がガラスのような建築資材を使っていた関係もあるが、

透明な部屋が、さらに寒々しいまでに凍てついていた。

その中心に、先程目が合った女性と、

黒い鎧をまとったもの。

あれは、魔王の手足となって動いているという、

闇の貴公子リュウ。

今回もこいつが邪なものを使っていたわけか。

あいかわらず全身を覆う黒い鎧兜で、

体格も表情も何ひとつわからない。

奴が何を意図しているかわからないけれど、

とにかく皆を苦しませるのは、許してはいけないと思う。

俺には武器がない。

あるのは耳かきだけだ。

リュウが何か放ってきたらそれに対抗できないかもしれない。

それでも俺は耳かきを構える。

「あがくか。耳かきの勇者」

リュウが言う。

「困っている皆を見捨てることができないんでな」

俺は答える。

「その小さな力で何ができるというのだ」

「俺の力は小さいかもしれない。それでも」

俺は言葉を区切って続ける。

「世界みんなの力が合わされば、何でもできる。そのために耳の呪いを解く」

「耳の呪いを解いたところで、結局皆が己のことしか考えん」

「そんなことはない。どの耳の持ち主にも奥底には愛がある」

「あい…」

「その力は世界全てを癒す力だ。俺はその手助けをするにすぎない」

俺がそう言うと、リュウは笑い出した。

「そんな力があるものか。すべては幻よ」

「愛は、ある」

「ならばなぜ」

と、リュウは言いかけて、黙った。

何を問おうとしたのかはわからない。

リュウは頭を振って、

「まぁいい、この寒邪の力で、じきに黒の国の王妃の命が尽きる」

「させるか!」

「せいぜいあがけ。そして、己の無力さを呪え」

リュウは中空に何やら文様を描き、

それに向かって飛ぶと、

文様とともに消えてしまった。

転移か何かする魔法なのかもしれない。

寒波がさらに強くなった。

置き土産に寒邪の力を暴走させていったのかもしれない。

女性は凍っているようだ。

俺は何とか女性の耳をかこうとする。

その横を、リラが走っていった。

寒波の渦の中心にめがけて。

俺は叫ぼうとする。

寒波の中心から、リラの声が聞こえた。

「もう大丈夫ですよ」

神語ではないけれど、すべてに染み渡るような優しい言葉。

寒波がおさまった。

部屋の温度が徐々に上がっていく。

俺は凍った女性の耳を、火の石の耳かきと大樹の芽の耳かきでかきなおし、

女性を回復させた。

彼女は気力などを使い果たして、ぐったりとしている。

やがて、黒の城の従者らしい者たちが回復して、部屋にやってきた。

王妃様と口々に言っている。


俺はリラの方を見た。

「寒邪は無理やり邪な力を増幅されて苦しんでいました」

それをリラが止めたらしい。

神の耳の巫女はすごいものだなと思う。

「これが、寒邪だったものです。名前は、ユキさんでどうでしょう」

リラの足元に隠れるようにして、

寒邪だったユキさんがいる。

まるで雪だるまのような見た目だ。

みんなを苦しめていたけれど、

ユキさんも苦しんでいたんだと俺は感じた。

「よろしくな。ユキさん」

俺はユキさんを撫でる。

ユキさんは照れたように隠れてしまった。


「あなたが、耳かきの勇者」

ぐったりしている黒の城の王妃が俺たちに声をかけてきた。

隣に従者がいて、肩を貸している。

「黒の城を、黒の国を助けてくれて、ありがとう」

王妃が弱々しく微笑んだ。

相当消耗しているようだ。

皆を魔力の膜で覆ったり、寒邪の力にさらされたり、

負ったダメージは相当なものだったに違いない。

「それが、邪なものだったもの…」

王妃がユキさんを見る。

「ユキさんだけでなく、従魔はみんな邪なものだったものです」

俺が答える。

「それを邪でないものにしてくれたのね」

「だいたいはこちらのリラの力です」

「神語を使われる神の耳の巫女と聞いています」

「リラがいなければ、俺も耳かきの勇者としてここまでこれませんでした」

「素晴らしい力ね」

王妃はそう言ったあとで少し考えた。

「その素晴らしい力を、邪なものに変えられたら…」

俺はびっくりした。

何を言い出すというのだろうか。

「これまで邪な力を使って、魔王の手足が暗躍してきました」

「はい。どれもリラが邪でないものにしてきました」

「リラさん自体を邪なものにすると、魔王が思っていたら」

「そんなことが」

「今まで邪なものを使ってきたのは、その意図があるのではないかと思います」

俺はそこまで考えていなかった。

従魔の皆が不安げな表情を浮かべている。

俺は笑った。

「リラが邪な方に引っ張られたら、リラがそうしたように、俺が引き戻します」

王妃は微笑んだ。

従魔はみんなでうれしそうな鳴き声を立てた。

リラは少し泣いていた。

大丈夫だ。

どんなことがあっても、俺が何とかする。

その気持ちを込めて、俺はリラの頭をポンポンと叩いた。


王妃はしかるべき場所で休むらしい。

俺たちは黒の城の者に改めて耳かきの勇者であることを告げて、

城に勝手に入った非礼を詫びた。

おとがめはなかったけれど、

皆が回復していないとのことで、

俺たちは黒の城の近くの広場を借りて、

いつものように時空の箱から小屋を出して休むことにした。

寒波がずいぶん落ち着いて、肌にあたたかさが感じられてくる。

一休みしたら、だいぶ事態がよくなるに違いない。

何があっても、きっとよくなる。

俺はそう思う。

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