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第47話 なべの物語 寒い時には元気が出る鍋料理を食べる

俺とリラと従魔たちは、黒の城の近くの広場に出した、

時空の箱経由で繋がっている俺の小屋で休む。

時空の箱で繋がっているのが、

どこまでつながっているのかは、よくわからない。

通販で頼んだものが置き配で小屋の前に置かれることもあるし、

役所などに払わなくてはならないものが、神様の手で支払われたり、

面倒な手続きも神様にやってもらったり、

この小屋は俺のもともとの世界の一部ではあるのだけど、

この世界に時空の箱を介してつながっていて、

出入りもできるし、この世界の朝晩の時間にも合わせているようだ。

向こうの世界でもあるし、こちらの世界でもある。

まぁ、俺としては慣れ親しんだ小屋で休めるのは、

気をつかわなくていいのでありがたい。

小屋にも、黒の国の冷気が少し入ってくる。

寒邪だったものがユキさんとなって、

暴走していた寒波が落ち着いてきていて、

黒の国の気候は徐々に過ごしやすくなってきている。

それでも暴走した寒波の残りがまだ居座っているらしい。

国を巻き込むほどのものだった。

全部が落ち着くまでには一晩かかるかもしれない。

黒の城の皆が回復するのもそのくらいかかるだろうし、

大病院の方の皆が回復するのも、

また、黒の国にいろいろな知らせが届くのも、

そのくらいかかるかもしれない。

まずは寒さで疲れた身体を休ませよう。

俺もそうだが、黒の国の皆が休む時間なのだろうなと思う。


俺は小屋の中に入ると、

暖房のスイッチを入れた。

石油ストーブの導入も考えたのだが、

小屋には電気が来ているし、

向こうの世界にいた頃は、俺の一人暮らしだったので、

火事が怖いと思ってエアコンを導入した。

ストーブを消し忘れて寝ている間に燃えられたらたまったものではない。

小屋には電気が来ないと困る。

冷蔵庫もそうだし、こういったエアコンもそうだし、

こだわり耳かきを作って通販をするにあたっては、

通販サイトにアクセスできなくてはならない。

漫画のようなポツンと一軒家ですべてをまかなうのは、

俺の世界の俺の時代あたりでは、

かなり難しいと思う。

いくらこだわり耳かきを作ろうとも、

耳かきの行商に出て売るわけにもいかないし、

耳かきの卸売りというのもなかなか難しい。

だから、こだわり耳かきの通販サイトを作って売る必要がある。

耳かきバカの俺なりに、耳かきを売るためにいろいろ考えている。

ただ、あまりにも耳かきバカなので、

もっと効率のいい方法があるのを、わからないでいると思う。

とりあえず、電気がないことにはどうしようもない。

昔々の仙人みたいにはなれない、

まぁ、俗っぽいと言えばそうなのだろうな。


俺は風呂の湯を沸かす。

かなり寒い中でがんばったから、

あたたかい風呂はいいものだろう。

風呂を沸かしている間、俺は小屋の近くの畑と、

今まで巡った国でもらった食材で、

鍋料理の準備をする。

白の国や黒の国でも鍋料理を食べたが、

一仕事終えてからの鍋料理はきっと格別だ。

野菜を切って、肉も形にする。

「リラ、先に風呂に入っていてくれ」

「でも、勇者様の方がお疲れでは」

「鍋料理の仕込みだけしておく。互いに風呂が終わった頃に食べ頃だ」

「そういうことでしたら、お風呂をいただきます」

「寒かったからな、よくあたたまってこい」

「はいっ」

リラは着替えを抱えて風呂に向かう。

従魔の皆は風呂はいいのだろうか。

あたたかいのに強い奴や、湿気に強い奴など個性があるだろうし、

一概に風呂がいいものではないかもしれない。

それでも黒の国の寒波は堪えたらしく、

従魔の皆は暖房のあたたかさがやってくるところで落ち着いている。

俺は落ち着いている皆を見て、

また、鍋料理の仕込みに戻る。


鍋料理の仕込みを終えて、

あとは弱火で煮こむだけに仕上げた頃、

リラが風呂から上がってパジャマに着替えてやってきた。

パジャマは俺が通販で買ったものだ。

好みなどを聞かないで買ったものだが、

リラは文句も言わずに着てくれている。

「あとは煮込むだけだ。俺も風呂に入ってくる」

「はい。お風呂はいい湯加減でした」

「そうか。鍋料理も期待していてくれ」

「はい」

リラは微笑む。

俺はうなずき返して風呂に向かった。


風呂はとてもあたたかい。

黒の国の寒波が一度に消えていって、

疲れが癒されるあたたかさだ。

とにかく気持ちいい。

ため息が大きく長く。

顔を洗えば顔が心地よく、身体を洗えば身体も心地よく、

黒の国で芯まで冷えた身体があたたまって、

雪や寒波で表面から冷えていたところもあたたまり、

かぶっていた汚れも流されていく。

風呂はいいものだなとしみじみ思う。

この小屋にはやっぱり風呂があってよかったと思う。


雪などをかぶって汚れや水気を含んだ衣類を、

洗濯機に入れて洗濯乾燥を設定する。

リラの衣類も入れる。

一晩経つ頃には、仕上がって着ることができるようになるだろう。

俺は簡単な部屋着に着替え、

鍋料理を待つリラたちの元に戻る。

鍋はぐつぐつといい音を立てていて、

匂いからしていいものができたと知らせている。

そろそろいいだろうと思い、俺は鍋の蓋をとる。

俺の世界の食材と、こちらの異世界の食材の合わさった、

いいとこどりの最高の鍋だ。

リラに美味しそうなところを器に盛りつけてやり、

従魔の皆にも、ケンカしないように皿に盛り付ける。

俺は結構腹を空かせているので、

どんぶりを引っ張り出してきてそこに盛りつける。


いただきますと言って、食べ始める。

かなりいろいろなものをぶち込んだが、

そのどれもがケンカせずに、

お互いを高め合って限りなく美味い鍋料理に仕上がっている。

しみじみと、美味い。

「美味しいですね」

リラが笑顔で言う。

「どの食材もケンカしていません」

「そうだな。ここまでみんな仲良くなるとは思ってなかった」

俺は鍋料理をバクバク食べる。

とにかく腹から味覚から、身体のすべてが幸せだ。

「もしかしたら、この世界もこんな風にひとつになれるのかもしれませんね」

「世界、か」

「すべてがケンカせずに、ひとつのお鍋みたいに美味しくなるような」

「そうできたら、いいな」

「勇者様でしたらできます」

「俺は適当に鍋料理を作っただけだぞ」

「いえ、この世界もこんな風に平和なものにしてくれます」

俺は、鍋料理の味を味わいなおす。

平和なものとリラは言った。

確かに、何ひとつケンカのない平和な味だ。

すべてがひとつになって、

互いの味を尊重して、美味しく仕上がっている。

この異世界は、耳の呪いで争いがある。

耳がまともな言葉を聞き取れなくなって、

それが元で争いになることもある。

世界に疑心暗鬼がはびこっていて、

また、魔王の手足となるものが、

邪なものをはびこらせていて、

それもまた、異世界の皆を苦しめている。

本当は、この異世界は、

この鍋料理のように、すべてが調和した平和な場所なのかもしれない。

寒い時に食べる鍋料理を作るように、

心も身体も癒すような、

そんな耳かきの勇者になれるだろうか。

俺ならできるような気がする。

リラがそう言ったからかもしれない。

リラは神の耳の巫女。

その言葉には力がある。

神語というものだけでなく、

言葉に心がこもっていて、偽りがなく素直だ。

リラが俺の助けになるように、

俺もリラの助けになりたいし、

この世界を俺たちで何とかしたいと思う。

それこそ、平和な世界にしたいと思う。

俺たちで世界を癒したいと思う。

俺たちは良き相棒だと思う。

いつまでもこうして美味いものを食べて笑いたいものだと思った。


黒の国と小屋に夜が来る。

俺たちはあたたかい小屋で眠ることにした。

明日は事態がきっとよくなっている。

大変だったことが好転している。

夜の寒さはだいぶ穏やかになったように感じられた。

静かな夜に、俺たちはよく眠った。

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