夜が明けた。
俺は寝間着から着替え、朝の鍛錬に出る。
黒の城の前の広場に小屋を出しているが、
黒の城の近くは山の中で、険しい坂が多いようだ。
走り込むにこれほど適したところはない。
俺は軽くストレッチをして、黒の城の近くあたりを走り込む。
気候は昨日よりだいぶ穏やかになった。
刺さるような寒さは薄れ、命の気配がする。
風にもあたたかさが混じるようになっている。
かなり積もった雪も落ち着いてくるだろう。
これから雪かきなどがあったら大変かもしれない。
人手が必要ならば手伝えるだろうか。
黒の城の皆も、大病院の皆も、
大体回復に向かっているはずだが、
大変なようだったら手を貸そうと俺は思う。
黒の城近くの山の中を走り、
筋トレも行っておく。
耳かき職人は身体が資本だ。
最高の耳かきは、
どんなものからも耳かきを作れる技術と、健全な身体からだ。
耳かき職人の身体は元気でなくてはいけないし、
耳かきで誰かを癒すのであれば、
どんよりと心が落ち込んでいてはいけない。
耳かき職人の心身は健全でなければいけない。
疲れないわけではないが、
やはり、毎日鍛えておかないと、
いざという時に耳かきが力を発揮しない。
疲れたら休み、腹が減ったらしっかり食べて、
毎日しっかり鍛えておく。
耳かきの勇者と呼ばれているならば、
なおさら手は抜けない。
俺はいつにも増して鍛錬を行う。
鍛錬を一通り終えて、
俺は黒の城近くに戻ってくる。
門番が出てきていた。
顔に血の気がちゃんと戻ってきている。
健康な顔だ。
俺は挨拶をする。
門番も笑顔で挨拶を返してくれた。
「城の皆も元気になっています」
門番は言った。
「耳かきの勇者様のご準備ができ次第、黒の王がお会いしたいと」
「黒の王も朝にはすることがあるだろう。そちらに合わせよう」
そちらに合わせようと言ったとき、門番が少し安心した顔をした。
「実は今、黒の国各地から連絡が入っていて、黒の王は忙しくしております」
「悪い知らせなのか?」
「いえ、黒の国の各地で寒波が緩んできていて、その報告が入っています」
「耳の呪いについてはどうなんだろうか」
「黒の国は、早くから耳の呪いについては対策しておりました」
門番が言うのには、
黒の国は耳の呪いがはびこりだしたころから、
耳の呪いを解く術について、医療の分野から対策していたらしい。
その甲斐があり、黒の国は耳の呪いについては、
かなり抑えられているらしい。
ただ、他の国の耳の呪いが相当なものであったため、
黒の国の言葉が届かず、大変な思いをしてきたらしい。
また、完全に耳の呪いが抑え込まれたわけでもないので、
言葉の疎通に齟齬が出たりして、
医療現場も大変であったらしい。
そこに、寒邪の暴走があり、黒の国は大変なことになっていた。
俺たちが来るのがあと少し遅れていたら、
黒の国は壊滅していたかもしれないとのことだ。
助けることができてよかったとも思うが、
黒の国も大変だったのだなと改めて思う。
そう言えば、医療の分野で耳の呪いの対策をしてきたとのことだが、
具体的にどのような対策をしてきたのだろうか。
耳かき職人としては気になるところだ。
そのあたりのことも、黒の王と話をする際に聞いておくことにしよう。
俺は門番に、回復したばかりだから無理はしないようにと、
黒の城の皆に伝えておいてほしいと言って、小屋に戻った。
小屋に戻ってきて、
鍛錬で汗まみれになった衣類を洗濯籠に入れて、
いつもの衣類に着替えた後、朝飯の準備をする。
とりあえず食材には困っていない。
もし、時空の箱の中の小屋のあたりの時間がいじれるのであれば、
置き配でパンや麺類なども考えるけれど、
ひとまずは異世界の食材があるので問題はない。
鑑定で見て、俺の世界とほぼ同じ食材であるようだし、
また、鑑定すれば大体俺の世界の何に似ているかもわかる。
食べることは生きること。
料理は生きることにつながる。
健全な耳かき職人は食べることもしっかりしないといけない。
俺が料理を作っていると、リラと従魔たちが起きてきた。
「衣類は洗濯して仕上がっているはずだ。着替えたら飯にしよう」
「はいっ」
リラは元気よく答えると、身支度を整えに行った。
「寝間着は洗濯籠に入れておいてくれ。あとで洗濯しておく」
「洗濯の仕方がわかれば私がやります」
「いや、俺の世界のものだから、とりあえず俺がやっておく」
「教えてくださればいいのに」
「難しいことじゃないから俺がやるってことだ」
リラは不満げに少し唸った後、身支度を整えて出てきた。
俺は洗濯籠の衣類を洗濯機に入れて、
洗濯乾燥をセットしておく。
とりあえず次に時空の箱から小屋を出すときには仕上がっているだろう。
俺とリラは朝飯を食べて、従魔たちにも朝飯を食べさせる。
食卓もにぎやかになった。
鳴き声はあいかわらずわからないが、
なんとなく楽しくやっていることは伝わってくる。
一通り朝のことを終えて、
時空の箱に小屋を仕舞ったあと、
門番に黒の王の予定を尋ねる。
忙しいならば耳かきでも作って待っていようかと思った。
門番は城の中に入っていって、
役職を持っているであろう誰かを連れてきた。
聞けば大臣のうちの一人であるらしい。
黒の王は一通り黒の国の各地の報告を聞いて、
黒の城の役職持ちの皆とともにこれからのことを会議しているらしい。
耳かきの勇者の俺の時間があるのならば、
その会議に加わって欲しいとのことだ。
俺は会議に加わる旨を伝えて、
大臣の一人の案内で黒の城の中に行く。
黒の城の中はあたたかく活気に満ちている。
寒々とした印象を与えていたガラスのような城の素材も、
朝日を反射してキラキラと輝いている。
寒波が去ったというのもあるけれど、
明るく輝く城になっていると感じられる。
これが黒の城の本来の姿なのかもしれない。
俺たちはキラキラとした黒の城の中を奥に行き、
ひとつの部屋に通された。
そこには、俺の感覚で言うところの頭のよさそうな者や、
学者のような者や、体格のいい者や、偉そうな者などが集っていた。
だいたい耳を見れば、オオトガリの者だ。
多分ここが会議室のようなところで、
黒の城のオオトガリの役職持ちが、
今回のことについて会議をしているところなのだろう。
会議室の奥にオオトガリの男性がいる。
多分黒の王だなと思う。
俺は会議室の皆に一礼をする。
会議室の奥にいた黒の王が、立ち上がって礼をした。
会議室の皆も礼をした。
「黒の国を救ってくれたことに感謝をする」
黒の王はおそらく心からの感謝を述べた。
「俺だけでは手遅れになっていた」
「あれだけの耳かきの勇者の力をもってしてもか」
「魔力の膜を張ってくれた王妃様の力がなければ、おそらく手遅れだったかと」
「王妃か、あれは素晴らしい能力を持っているのだがな」
黒の王は困ったような顔をした。
「私を超えるほどの魔力を持っているのだ。王の器になるほどの魔力だ」
「王になれない何かがあるのか?」
「いや、なりたがらないだけなのだ」
黒の王は苦笑いした。
「王妃は裏方に回りたがる。黒の城、黒の国を裏で支える存在でありたいそうだ」
「表に出たくないということか」
「政治や統治などの面倒ごとは任せると言っているのだが」
黒の王は笑いながらため息をついて、
「そのくせ、面倒な裏方の仕事は全部やってしまう王妃なのだよ」
「有能なんだな」
「その有能さを表に出したがらない王妃なのだ」
「難しい性格なんだな」
「ややこしい性格だが、皆を思う気持ちは確かだ」
俺もそれはわかる。
寒波から皆を守る魔力の膜を張って、
消耗した黒の城の王妃。
神速の耳かきの俺を目でとらえられた、
彼女の能力はすごいことになっているのだろう。
ただ、それを表に出したくないし、
おそらく黒の王に表に立って活躍してもらいたいと思っている。
ややこしいと言われればそうなのかもしれないが、
いざという時に頼りになるのは、
そんな裏の有能なものなのだろうと俺は思う。
「さて、黒の国の現状などをまとめよう。耳かきの勇者にも聞いてもらおう」
黒の王が宣言して、会議が再開された。