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第55話 いんのくにの物語 陰の国は暗いけれどみんな明るかった

俺たちは陰の国に入った。

黒の国から谷間の道を通ってきて、

その道に関所があって、

さらに陰の国に入ると、

谷間はさらに断崖絶壁になってそびえていて、

明かりはほぼ届かないようだ。

そもそも、この異世界の太陽というものは、

俺の世界の太陽とは違うのかもしれないとなんとなく思う。

空を移動する明るいものではあるけれど、

俺の世界のように、

宇宙にある星のひとつというのではないのかもしれない。

なんだったかな、恒星とか惑星とか衛星とかそんなもの。

何がどうなのかよく覚えていないけれど、

この世界の太陽は、

そんな星のようなものではないのかもしれないと思う。

いろいろと、俺の世界と似たようなものがあったりする世界だけど、

そもそも宇宙というものがあるのかもわからないし、

俺の世界とは大きく違うものがあってもおかしくはない。

似ているけれど違う世界。

この世界の太陽がどんなものかはわからないけれど、

とにかく俺の感覚に似た太陽があって、

その太陽は陰の国にあまり光を届けることができない。

地形的な要因だろうなと思う。

谷の隙間から日の光が差し込む程度のようだ。

だからこそ、日の光の美しさが、

わかるのかもしれないとなんとなく思う。


関所を抜けて陰の国の道を歩くと、

明かりが見え始めてきた。

陰の国の道は狭い。

周りは切り立った崖になっていて、

その崖に横穴がたくさんできている。

その狭い道や、横にある穴に、

カンテラのようなものがいくつも吊るされている。

まるで夜のお祭りのような感じだ。

確か、白の国の金属の鉱山で、

カンテラに光鉱石というものを使っていると聞いたな。

その時に、陰の国では様々の石が取れるとも聞いた。

特殊な力を持った石もあるらしい。

それらの石がたくさん取れる陰の国であるので、

明かりに光鉱石を使ってこんな風にたくさん吊るすのは、

よくある風景なのかもしれない。

そうなると、陰の国ではこの崖の中を掘り進めて、

いろいろ採掘するということだろうか。

シリコンには驚いたが、

いろいろな鉱石素材を掘り出して、

加工する技術も発達しているのかもしれない。

あるいは、採掘するにあたっての道具の技術も進んでいるのかもしれない。

いろいろ考えたけれど、

結局、陰の国でどんな耳かきができるかが楽しみだということだ。

どんな国であるかを知ることは、

どんな耳かきができるかということでもある。

耳かきバカの俺は、結局そこに落ち着く。


夜の祭りのような陰の国の道を歩く。

光鉱石のカンテラはあちこちに下がっていて、

店がいくつも出ている。

美味そうな料理を出している店もあるし、

土産物屋もある。

陰の国で採掘された鉱石の原石の取引店などもある。

取引店は身元が証明できないといけないとのことで、

とりあえずは引き下がった。

ここで耳かきの勇者であるということで、

特別扱いはなんだか気が引ける。

身元が証明されてから、陰の国の鉱石を使わせてもらうことにしよう。


陰の国を行くと、

楽器の演奏をしているものがいて、

それに合わせてダンスをしているものがいる。

ダンスはかなりダイナミックだ。

俺はダンスのことはわからないけれど、

リズムに合わせて大地を踏みしめるようなものだ。

白の国の劇場とは違うなと思う。

陰の国のダンスは、リズムの方が表に出ている気がする。

俺の感覚だと、古い祭りのような感じだ。

上手く言えないが、原始的なリズムであるように思う。

まるで、大地の悪いものを踏みしめて鎮めているように感じられる。

そういえば相撲の四股というのがそうではなかっただろうか。

異世界ではあっても、

大地を踏みならすという感覚や、

地にいる悪いものを鎮めるという手段は、

似たものになるのかもしれない。

陰の国のダンスはあまり楽器は使わない。

太鼓のようなもので複雑なリズムを取りつつ、

大地を力強く踏んでいくリズムをとる。

原始的ではあるけれど、技術は素晴らしいものがある。


一通りダンスが終わって、

俺は拍手を送った。

ダンスを踊っていたアンダーズの者たちは、

俺に人懐っこく近寄ってきた。

人を疑うということが薄いのは、

耳の呪いの影響が薄いということかもしれない。

耳が違うね、どこから来たのと、

俺は質問攻めにあった。

太鼓を叩いていた者も、

店を出していた者も、

通りすがりのアンダーズも、

みんな俺に興味を持ってやってきた。

俺は、耳かきの勇者をしていて、

陰の国の耳の呪いを解きに来たことと、

気脈が乱れているらしいので、それをできれば正したいことを告げた。

集まっていた皆の顔が途端に笑顔になった。

黒の国のみんなを助けてくれたんだね、とか。

噂に聞いていた耳かきの勇者なんだね、とか。

とにかく歓迎モードになった。

俺は近くに出ている飲食店のテーブルに引っ張られて、

俺とリラと従魔とともに席につかされると、

陰の国のごちそうがどんどん運ばれてきた。

こんなに食べ物を出されていいのかと尋ねたところ、

陰の国には陰の国にしかない素材を輸出して、

いろいろなものをたくさん輸入している。

その中には食べ物もたくさんあって、

陰の国は食べるのに困っていないらしい。

また、陰の国はいろいろな鉱石を掘るのに、

とにかく体力が必要な国らしい。

食べる男、筋肉のある男は、いわゆるモテる男らしい。

俺もいろいろな耳かきを使うためとして、

身体をかなり鍛えているのだが、

それもまた、陰の国ではモテる基準にあるらしい。

モテるモテないはともかくとして、

俺は陰の国の皆に、耳かきについて説明をする。

時空の箱から一般的な耳かきを出して、

こうして耳をかくものだと説明する。

アンダーズの耳は垂れているので、

少しばかりコツがいる。

手近にいたアンダーズの誰かの耳をかいてみせると、

心地よさそうに目を閉じて耳かきの良さを感じていた。

俺が、陰の国の素材で耳かきを作りたい旨と、

陰の国の素材を使う権利を得たい旨を伝えると、

それならば陰の城に向かうといいと思うという助言をもらった。

ただ、と、誰かが言う。

陰の王は、今、悪夢に悩まされているという。

このところしばらく、まともに眠れていなくて、

まともな判断ができないかもしれないという。

それがどうにかなれば、

耳かきの勇者ということで、

鉱石を使わせてもらえるかもしれないとのことだ。

悪夢に対する耳かきがあった気がする。

それが使えるかもしれないと俺は考える。

そうして考えている間に、

テーブルにはたくさんの料理が運ばれてくる。

もっと食べて欲しいとみんなで言うし、

耳かきについてもっと教えて欲しいという声もかかる。

俺たちは熱烈な大歓迎を受けた。

俺たちの周りで、また、ダンスが始まる。

アンダーズの皆はリズム感が素晴らしくいい。

ダンスに合わせてのリズムが整っている。

こんな文化なのだなと思いながら、

俺は出された料理を食べつつ、

耳かきについていろいろなことを教える。

陰の国の谷間にある町は、大騒ぎになった。

ダンスのリズムなどが、谷間の断崖絶壁に共鳴して、

不思議な響きをもたらしている。

なんだか、これだけ響いていると、

悪いものも近づかないような気がした。

このリズムは陰の国で受け継がれてきたものだろうか。

だから陰の国の皆は、

こんなに人懐っこく、明るいのだろうか。

笑顔がたくさんあふれる陰の国で、

俺は歓迎を受ける。

ひとまず、陰の王が悪夢に悩まされていると聞いた。

まずはそれを助けてあげたいと思う。

眠れないのは、やはり苦しい。

そのうえで、陰の国の現状を聞きたいものだ。

陰の国の皆の笑顔を曇らせたくはないと俺は思う。

そのための耳かきの勇者だ。

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