俺たちは陰の国に入った。
黒の国から谷間の道を通ってきて、
その道に関所があって、
さらに陰の国に入ると、
谷間はさらに断崖絶壁になってそびえていて、
明かりはほぼ届かないようだ。
そもそも、この異世界の太陽というものは、
俺の世界の太陽とは違うのかもしれないとなんとなく思う。
空を移動する明るいものではあるけれど、
俺の世界のように、
宇宙にある星のひとつというのではないのかもしれない。
なんだったかな、恒星とか惑星とか衛星とかそんなもの。
何がどうなのかよく覚えていないけれど、
この世界の太陽は、
そんな星のようなものではないのかもしれないと思う。
いろいろと、俺の世界と似たようなものがあったりする世界だけど、
そもそも宇宙というものがあるのかもわからないし、
俺の世界とは大きく違うものがあってもおかしくはない。
似ているけれど違う世界。
この世界の太陽がどんなものかはわからないけれど、
とにかく俺の感覚に似た太陽があって、
その太陽は陰の国にあまり光を届けることができない。
地形的な要因だろうなと思う。
谷の隙間から日の光が差し込む程度のようだ。
だからこそ、日の光の美しさが、
わかるのかもしれないとなんとなく思う。
関所を抜けて陰の国の道を歩くと、
明かりが見え始めてきた。
陰の国の道は狭い。
周りは切り立った崖になっていて、
その崖に横穴がたくさんできている。
その狭い道や、横にある穴に、
カンテラのようなものがいくつも吊るされている。
まるで夜のお祭りのような感じだ。
確か、白の国の金属の鉱山で、
カンテラに光鉱石というものを使っていると聞いたな。
その時に、陰の国では様々の石が取れるとも聞いた。
特殊な力を持った石もあるらしい。
それらの石がたくさん取れる陰の国であるので、
明かりに光鉱石を使ってこんな風にたくさん吊るすのは、
よくある風景なのかもしれない。
そうなると、陰の国ではこの崖の中を掘り進めて、
いろいろ採掘するということだろうか。
シリコンには驚いたが、
いろいろな鉱石素材を掘り出して、
加工する技術も発達しているのかもしれない。
あるいは、採掘するにあたっての道具の技術も進んでいるのかもしれない。
いろいろ考えたけれど、
結局、陰の国でどんな耳かきができるかが楽しみだということだ。
どんな国であるかを知ることは、
どんな耳かきができるかということでもある。
耳かきバカの俺は、結局そこに落ち着く。
夜の祭りのような陰の国の道を歩く。
光鉱石のカンテラはあちこちに下がっていて、
店がいくつも出ている。
美味そうな料理を出している店もあるし、
土産物屋もある。
陰の国で採掘された鉱石の原石の取引店などもある。
取引店は身元が証明できないといけないとのことで、
とりあえずは引き下がった。
ここで耳かきの勇者であるということで、
特別扱いはなんだか気が引ける。
身元が証明されてから、陰の国の鉱石を使わせてもらうことにしよう。
陰の国を行くと、
楽器の演奏をしているものがいて、
それに合わせてダンスをしているものがいる。
ダンスはかなりダイナミックだ。
俺はダンスのことはわからないけれど、
リズムに合わせて大地を踏みしめるようなものだ。
白の国の劇場とは違うなと思う。
陰の国のダンスは、リズムの方が表に出ている気がする。
俺の感覚だと、古い祭りのような感じだ。
上手く言えないが、原始的なリズムであるように思う。
まるで、大地の悪いものを踏みしめて鎮めているように感じられる。
そういえば相撲の四股というのがそうではなかっただろうか。
異世界ではあっても、
大地を踏みならすという感覚や、
地にいる悪いものを鎮めるという手段は、
似たものになるのかもしれない。
陰の国のダンスはあまり楽器は使わない。
太鼓のようなもので複雑なリズムを取りつつ、
大地を力強く踏んでいくリズムをとる。
原始的ではあるけれど、技術は素晴らしいものがある。
一通りダンスが終わって、
俺は拍手を送った。
ダンスを踊っていたアンダーズの者たちは、
俺に人懐っこく近寄ってきた。
人を疑うということが薄いのは、
耳の呪いの影響が薄いということかもしれない。
耳が違うね、どこから来たのと、
俺は質問攻めにあった。
太鼓を叩いていた者も、
店を出していた者も、
通りすがりのアンダーズも、
みんな俺に興味を持ってやってきた。
俺は、耳かきの勇者をしていて、
陰の国の耳の呪いを解きに来たことと、
気脈が乱れているらしいので、それをできれば正したいことを告げた。
集まっていた皆の顔が途端に笑顔になった。
黒の国のみんなを助けてくれたんだね、とか。
噂に聞いていた耳かきの勇者なんだね、とか。
とにかく歓迎モードになった。
俺は近くに出ている飲食店のテーブルに引っ張られて、
俺とリラと従魔とともに席につかされると、
陰の国のごちそうがどんどん運ばれてきた。
こんなに食べ物を出されていいのかと尋ねたところ、
陰の国には陰の国にしかない素材を輸出して、
いろいろなものをたくさん輸入している。
その中には食べ物もたくさんあって、
陰の国は食べるのに困っていないらしい。
また、陰の国はいろいろな鉱石を掘るのに、
とにかく体力が必要な国らしい。
食べる男、筋肉のある男は、いわゆるモテる男らしい。
俺もいろいろな耳かきを使うためとして、
身体をかなり鍛えているのだが、
それもまた、陰の国ではモテる基準にあるらしい。
モテるモテないはともかくとして、
俺は陰の国の皆に、耳かきについて説明をする。
時空の箱から一般的な耳かきを出して、
こうして耳をかくものだと説明する。
アンダーズの耳は垂れているので、
少しばかりコツがいる。
手近にいたアンダーズの誰かの耳をかいてみせると、
心地よさそうに目を閉じて耳かきの良さを感じていた。
俺が、陰の国の素材で耳かきを作りたい旨と、
陰の国の素材を使う権利を得たい旨を伝えると、
それならば陰の城に向かうといいと思うという助言をもらった。
ただ、と、誰かが言う。
陰の王は、今、悪夢に悩まされているという。
このところしばらく、まともに眠れていなくて、
まともな判断ができないかもしれないという。
それがどうにかなれば、
耳かきの勇者ということで、
鉱石を使わせてもらえるかもしれないとのことだ。
悪夢に対する耳かきがあった気がする。
それが使えるかもしれないと俺は考える。
そうして考えている間に、
テーブルにはたくさんの料理が運ばれてくる。
もっと食べて欲しいとみんなで言うし、
耳かきについてもっと教えて欲しいという声もかかる。
俺たちは熱烈な大歓迎を受けた。
俺たちの周りで、また、ダンスが始まる。
アンダーズの皆はリズム感が素晴らしくいい。
ダンスに合わせてのリズムが整っている。
こんな文化なのだなと思いながら、
俺は出された料理を食べつつ、
耳かきについていろいろなことを教える。
陰の国の谷間にある町は、大騒ぎになった。
ダンスのリズムなどが、谷間の断崖絶壁に共鳴して、
不思議な響きをもたらしている。
なんだか、これだけ響いていると、
悪いものも近づかないような気がした。
このリズムは陰の国で受け継がれてきたものだろうか。
だから陰の国の皆は、
こんなに人懐っこく、明るいのだろうか。
笑顔がたくさんあふれる陰の国で、
俺は歓迎を受ける。
ひとまず、陰の王が悪夢に悩まされていると聞いた。
まずはそれを助けてあげたいと思う。
眠れないのは、やはり苦しい。
そのうえで、陰の国の現状を聞きたいものだ。
陰の国の皆の笑顔を曇らせたくはないと俺は思う。
そのための耳かきの勇者だ。