黒の王妃から、陰の国と陽の国の気脈が乱れているという報告があり、
また、地の果ての国でも気脈とは違う力の流れがあるという。
魔王ではないかと、部屋がにわかに騒がしくなって、
部屋に集っていた各部門の偉い者が走って出て行った。
俺が耳かきを用いて、いろいろな国の皆の耳をかいたり、
邪なものの力を無害なものに変えてきたりしたことで、
いくつかの国の気脈がおさまったらしいとは聞いた。
しかし、まだまだ気脈がおかしくなる国はあるのだろうし、
俺が訪れていない国では耳の呪いがあるのだろう。
そして、魔王らしいものの存在。
確か、魔王を封印をしたときは、
この世界の皆の力を合わせて封印したと聞いた。
二度と力を合わせることがないよう、
魔王が耳の呪いをかけたとも。
俺が耳の呪いを解いて回っているけれど、
魔王にとってはそれが邪魔であろうとは思う。
封印されているとはいえ、
耳の呪いをさらに強くする可能性もあるし、
また、俺に対して何か罠をかけてくる可能性もある。
その他に、邪なものを繰り出してくる可能性。
俺だけならばともかく、リラが狙われる可能性。
多分これからの耳かきの旅は、
何かしらの危害が及ぶ可能性があるかもしれない。
今までのようにいかないかもしれない。
部屋は静かになった。
黒の王と、黒の王妃、俺とリラと従魔たちがいる。
俺は黒の王に、陰の国と陽の国ではどちらが近いかを尋ねた。
黒の王は、黒の国からならば、陰の国が近いと話してくれた。
黒の国から山の中の谷になっている場所を越えて、
細い谷底の道を行った先に陰の国があるらしい。
黒の国から陰の国へと通じる道は、その谷底の道しかなく、
また、陰の国は白の国とも道があるけれど、
その道はとても険しいものであるらしい。
比較的行きかいがしやすい黒の国と陰の国は交流があり、
陰の国の特産物や黒の国の医療技術が交わされているらしい。
その中には、俺が驚いたシリコンなどもあるらしい。
なるほど、黒の国から次に行くとすれば陰の国か。
気脈も乱れているというし、
早めに行った方がいいだろう。
俺は黒の王に、陰の国に向かう旨を告げる。
黒の王はうなずいて、
陰の国も助けてやって欲しいと言った。
俺はうなずき返した。
会議をしていた部屋を出て、
俺たちは黒の城を出た。
門番が、陰の国への道をざっと説明してくれた。
氷晶を採掘していた場所の近くの道を通るらしい。
採掘現場よりも、下の方に向かう道があるそうだ。
山の間、谷を行く道があって、
その道が陰の国に向かう道であるらしい。
関所があるけれど、
黒の国と陰の国の間では、滅多なことでは関所で足止めはないらしい。
また、足の速さをあげている伝令の者が、
黒の王からの命令ですでに関所に向かっているという。
耳かきの勇者一行ということであれば、
すぐにも通してもらえるだろうとのことだ。
足の速さをあげているのは、
黒の国の医療技術による、
能力をあげる技術のたまものなのかもしれない。
いろいろなところに応用ができるのだなと思う。
俺たちは門番に礼を言うと、
谷の道を目指した。
黒の城を出て、山道をしばらく歩き、
採掘現場の近くの道を行くと、
確かに分かれ道があり、下に向かうような道がある。
やはり谷の下を行くような道のようだ。
俺たちはそちらの道をまた歩く。
山の道は木々があり、
寒波も去ったので山らしい過ごしやすさであったけれど、
谷の道は岩肌がごつごつしたところの下を通っていて、
植物はほとんどなく、
また、日当たりもほとんどない。
少し日が傾いたら明かりがないと歩きにくいほどだ。
今は谷に差し込む日の光で十分歩ける。
陰の国がどんな国かはわからないけれど、
谷の道を行くことから、
山の上の方の国ではないのかもしれないと思う。
このあたりは俺の憶測でしかない。
谷の道を歩くことしばらく。
こぢんまりとした建物が見えてきた。
谷の道をふさぐようにある建物が、
どうやら関所であるらしい。
歩いて近づいていくと、
関所に誰かがいるのが見えた。
複数いる。
みんな、俺たちに向けて歓迎を表すように手を振っている。
俺たちが関所までたどり着くと、
黒の国側の関所の兵士と、
陰の国側の関所の兵士がまとめて俺たちを出迎えてくれた。
陰の国側の関所の兵士たちは、
垂れた耳をしている。
ウサギの耳が垂れているようにも見えるし、
長い犬の耳が垂れているようにも見える。
これが陰の国の種族の外見的特徴なのかもしれない。
ロップイヤーなどと言うウサギがこんな感じではなかっただろうか。
俺は、陰の国側の兵士に、
その耳では耳の呪いがこもらないかと尋ねた。
兵士が言うのには、
耳が垂れていて軽く耳をふさいでいるので、
強い耳の呪いはないのだという。
また、耳の呪いが出始めた頃から、
黒の国の協力もあって、
陰の国は黒の国くらい耳の呪いが抑えられていたらしい。
黒の国の技術の支えとして、
陰の国から特殊素材を持って行ったりして、
互いの国で耳の呪いに対して対策をしてきたという。
陰の国のこの垂れた耳の種族は、
アンダーズと言うらしい。
また、陽の国は長い耳が高くピンととがっていて、
ハイヤーズというらしい。
オオトガリよりも長く上に伸びているらしい。
俺の感覚で言うところの、
ウサギの耳が上へと伸びているような感じなのかもしれない。
そのあたりは、いずれ陽の国に行ったときにわかるだろう。
関所では、耳かきの勇者という連絡がすでに来ていて、
兵士たちから、耳かきとはどんなものなのか、
アンダーズでも問題はないのだろうかという質問が飛んだ。
俺は一般的な竹の耳かきを時空の箱から出すと、
アンダーズの兵士をひとり呼んで、
試しに耳かきをしてみる。
垂れた耳をあげると、そこにはちゃんと耳穴があり、
あまり特殊な耳穴の形でもないようなので、
俺は今までの経験から耳かきをする。
兵士は心地よさそうに耳をかかれている。
俺は説明を交えながら、
耳かきというものを教えていく。
関所では、黒の国の兵士と、陰の国の兵士たちで、
耳かき勉強会になった。
一通り関所の兵士たちの耳をかくと、
耳の呪いが強くは出ないとはいえ、
やはり耳がすっきりしたらしく、
皆一様に笑顔になった。
俺はそれに満足した後、
陰の国について尋ねた。
どんな国であるのかを知りたいと思った。
陰の国は、たくさんの洞窟のある国であるという。
日の光の届きにくい国であるらしい。
陰の国の名が示すように、暗い国ではあるようだが、
陰の国の民は、陰の国で取れる素材を加工することに長けていて、
それらの素材の中に、俺がこの世界で目にかかれないと思っていた、
シリコンのようなものもあるらしい。
陰の国の民は、繊細な技術と、
洞窟を整える屈強な力と、
底抜けの明るい性格が特徴らしい。
陰とは言うけれど、
技術に裏打ちされた強さと明るさがあるのだなと俺は思う。
また、聞いている限り、
陰の国の技術は、
俺の世界で言うところの、
工業技術と、化学の技術があるのかもしれないと思う。
俺の思い描くほどの工場ができる程かどうかはわからないけれど、
陰の国にはそれなりの施設があるのだろうなと思う。
関所で陰の国の話を一通り聞いた後、
俺たちは形ばかりの手続きをして、
関所を抜けて陰の国に入った。
黒の国で気脈が乱れていると聞いたこともある。
まだ黒の国に近い関所などは無事かもしれないけれど、
陰の国の中がどうなっているかはわからない。
俺たちは陰の国の道を歩き出した。
何が待ち受けているだろうか。