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【断章/梟華追憶―強襲】

 今のこの世界は、まあ土地によって多少の差はあれど、大体どこに行っても遺跡がある。


 知っての通り、旧世界の遺産というやつは金になるから、どこの誰だって血眼になって探す。俺たち闇渡りはもちろん、煌都の連中だってそうだ。


 都外巡察隊は、建前上は警備のために設立されたということになっているが、それは目的の一つに過ぎない。


 むしろ、都市の外に散在する遺産を回収した方が、奴らにとって直接的な利益になる。


「そう、まさにあんな具合に、な」


 煌都ニヌアの管区内にある、旧時代の工業区画。サウルにいざなわれた俺たちがたどり着いた場所だ。昔は倉庫や鍛造所があちこちに立ち並んでいたんだろうが、もうほとんど土台しか残っていない。


 だが、地上はともかく、地下にはまだ発見されていない倉庫がいくらか残っていた。巡察隊の連中は、まさにその地下倉庫から掘り出したものを一か所に積み上げていた。


 遠目に見ただけでも、それがどれだけ価値があるものか分かったよ。単純な調度品一つとっても、今の俺たちの技術じゃ到底再現出来ないようなものばかりだった。


 それに、当然のように物資も山積みになっていた。連中だって飲み食いせずに生活するわけにはいかないからな。その時の俺たちにとっては、持て余すような古代遺産より、そっちの方がよほど必要なものだった。


「護衛は……見た限り、二十人程度。こっちの三分の二だ。だが、地下に潜っている連中も含めたら、数の上での有利は無くなるな」


 俺の部族は、サウルを含めても三十三人だった。正直、最精鋭の都外巡察隊を相手取るにはいささか心もとない数字だ。


 俺とダリアは何とか戦えるが、それ以外の連中は正直大して強くない。サウルに至っては実力が未知数だ。腕利きなのは間違いないが、巡察隊と戦える程かどうかは、やってみないと分からないからな。


 だが、俺とダリアの心配をよそに、サウルはどこまでも自信満々といった様子だった。そして、俺の部族の下っ端どもも、いつの間にか俺よりサウルの言うことを聞くようになっていた。


 器の違いもある、とは思う。だが、あの当時から既に、サウルには他者を引き付ける強烈な覇気があった。後年のそれに比べれば、まだまだ片鱗といったところだが、それでも数十人を引き付けるには十分だ。


 それに、あの頃のあいつと名無しヶ丘の時のあいつとでは、少しばかり事情が異なっていてな。戦い方そのものも、ずいぶん違っていたよ。


「さて、どうするよ大将。地下の連中が異変に気付いて這い出てくるまでに、上の連中を皆殺しにする必要がある。それも一気呵成に、な」


 後にも先にも、あいつに「大将」なんて呼ばれたのは、あの時だけだったな。


 俺だって、危険な賭けだと思った。敵はこちらより練度が上だ。いくら奇襲をかけるといっても、相手だってそれを警戒している。一人二人は不意打ちで仕留められたとしても、その後はごり押しするしか無い。


「……アブネル、やはり危険だ。今ならまだ」


「うるせぇぞ半端者。お前も闇渡りの端くれなら、これくらいの賭けは楽しめよ」


「おれたちの命を掛け金に使われるのは困るって言ってるんだ。お前ら、そうだろ……!?」


 だが、ダリアの言葉に頷く奴は、一人もいなかった。何人かは気まずそうに顔を逸らしたが、かえってあいつの顔を睨みつける者さえいたよ。


「アブネル……!」


 正直、俺だって迷っていた。あいつに言われるまでもなく、危険な賭けであることは知れていた。何人生き残れるか分からない戦いだ。


 それに生き残ったとしても、もし延命不可能な重傷を負っていたら、俺たちが止めを刺してやらなきゃいけない。


 夜の世界では、そんなことは日常茶飯事だ。自分で歩けない人間を連れていけるほどの余裕は俺たちには無い。だから穢婆だって、歩けなくなったらその場に捨てていかれる。


 ましてや俺の部族は若造ばかりだ。達観出来るような年ごろじゃない。


 だが……それは今、この歳になったからこそ思うことだろうな。あの時、俺がそこまで深く考えていたかは怪しいもんだ。


 何より、現状維持を続けたところで、良いことは一つも無い。俺たちはほとんど詰みかけていたんだ。


「……やるぞ、お前ら」


 反応は十人十色だった。もちろんダリアは怒っていたよ。だが、やるとなれば覚悟を決めたのがあいつだ。


「サウル。貴様はおれと先陣を切ってもらうぞ」


「良いぜ。脚ぃ引っ張るなよ」


 俺たちは各々の武器を互いに打ち付けて、それから駆け出した。


 いかに廃棄工業区が遮蔽だらけとはいえ、さすがに巡察隊も馬鹿じゃない。奴らは拠点の周囲の視界をしっかり確保していた。見張り番も気を抜いていなかった。


 だから、サウルは真っ先にそいつを狙った。全速力で走りながら短弓を使う奴なんて、それまで見たことも無かった。流石に当時はまだ狙いが甘かったが、それでも最初の五発中三発は敵に当たっていたし、内二本は致命傷だった。


 敵の反応は早かった。味方が二人やられた時点で、生き残っていた歩哨が角笛を吹いた。俺たちは即座にそいつに飛び掛かって滅多切りにしたが、それでも残り十七人。


 そこから先は乱戦だ。異常に気付いた敵が地下から上がってくるまでに全滅させなきゃいけない。


 だが、流石に巡察隊は手強かったよ。基本的には二対一で掛かるよう指示していたのに、簡単にあしらわれた挙句、二人揃って斬り捨てられた連中もいる。


 だから実質的に戦えていたのは、俺とダリアとサウルの三人だけだった。戦えていたとは言っても、俺だって勝てたのは二人か三人くらいだ。残りはほとんどあの二人が片づけていた。


 ダリアの戦い方ってのは独特でな。基本的に、女闇渡りであっても身体を鍛えて膂力で戦うんだが、あいつは線が細かった。そういう体質だったんだろうな。戦士としてやっていくには、それだけで不利ってもんだ。


 だから、あいつは常に敵より遠い間合いで戦っていた。特に鞭の使い方は達人並みだったよ。武器や脚を封じるのはもちろん、目に直接叩き込んで視界を奪うなんて離れ業までやってのけた。


 仮に鞭を掴まれても、今度はそれを手放して投げナイフに切り替える。伐剣での斬り合いも上手かったが、それをするのは本当に最後の最後か、止めを刺す時くらいだ。


 問題は、あいつの丁寧な戦い方だと制限時間に間に合わないってことだ。確かに一対一で戦う分には向いているんだが、乱戦だとそれがかえって弱点になる。俺とダリアだけしかいなかったら、間違いなく負けてただろう。


 だが、乱戦はサウルの独壇場だ。


 曰く、乱戦のコツとは「多勢に無勢の時は、まず敵の密集している所に潜り込むんだ。ぶつかるって意味じゃねぇぞ。戦わずに入り込む。入り込んだ後で暴れる」「どさくさに紛れて敵の頭を潰す」この二つだそうだ。


 最も、敵の防御網をすり抜けるなんて芸当、あいつ以外に出来る奴なんざ見たこと無いがな。


 ……こんなことも言っていたな。命賭けの戦いのような極度の緊張状態にある時、人間は普段の数割程度の理性しか働かせられないと。


 その割合というのは個々人によって異なっていて、訓練によってある程度鍛えることも出来るそうだ。


 繰り返すが、巡察隊ってのは手練れの集まりだ。場数も踏んでいるし度胸もある。だが、闇渡りに比べれば……それも練達の戦士に比べれば、どうしても見劣りする。緊張時の理性ってやつは、実体験が無いと積み重ねられないからだ。


 そしてその資質は、いくら装備を整えたり、身体を鍛えたところで代用出来ない。


 思うにサウルが人より優れていたのは、何よりもその資質なんだろう。闘争の中でも平然と理性を働かせられる胆力。だから、一手ごとに手を変えて攻めることも出来るし、僅かな情報から敵の指揮官を特定することも出来る。


 そしてそれは、戦いを積み重ねるたびに……生き延びるごとに磨き上げられていく。他人の死骸を踏み台にして、な。



 あいつの『悪意』ってやつは、たぶんそういう能力だったんじゃないかと思う。



 サウルが敵指揮官を討ってからは、すぐに決着がついた。襲撃をかけてから三分も経っていなかっただろう。打ち取れたのは十三人で、残り四人は持ち場を捨てて退却した。


 俺たちはすぐに燃えそうなものを地下倉庫への入口に投げ込んで、倒れていた篝火を放り込んだ。後はいぶされた兎が飛び出してくるのを待つだけだ、と思い込んでいた。


 だが、人の昇ってくる気配はおろか、悲鳴さえ聞こえてこない。さすがにおかしいと思ったその時、俺たちの頭上から無数の矢が降り注いだ。

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