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【第二二九節/火産霊進撃 上】

 パルミラは燃えていた。たった一体の夜魔を止められなかったが故に。


 人の手には到底余ると思われた大攻勢を、意志と知性と団結によって跳ね返してきたパルミラの戦士たちも、進撃する火産霊イフリートの前には全くの無力だった。市街各所の防衛拠点は光線攻撃によって殲滅され、無防備となった城門はあたかも主人の帰還を迎え入れる下僕のように易々と魔神の侵入を許したのである。


 磔にされた巨人は悠々とパルミラ市街を蹂躙した。


 頭部に浮かぶいくつもの目からそれぞれ光線を掃射し、都市区画ごと人や物を焼き払っていく。無論、味方であるはずの夜魔でさえ例外ではなかった。ネフィリムであろうが蛸頭アフタブートであろうが、胴なり脚なり関係無しに刈り倒される。そもそも、後光から放たれる熱波故に、小型の夜魔の侵入が途切れているほどであった。


 都軍が何とか戦力の集結を成功させられたのも、この敵味方問わない大暴れがあったからこそだろう。火産霊も移動速度自体はそこまで速くない。鈍足と言って良い。


 しかしそれは何の慰めにもならない。元々、パルミラには管区全域の兵力の大半、一万四千が集められていたが、今やその半分以下へと減らされている。そして犠牲者の数が指数関数的に上昇したのは、あの炎の魔人が現れてからなのである。


 まだ、一時間経ったか否か、というところだろう。


 誰しも、その目の中に絶望の色を浮かべずにはいられなかった


 それでも彼らは戦い続けた。たとえ不可避の絶望が押し寄せてくるとしても、その最後の瞬間まで、人間の誇りと尊厳を掛けて戦い抜くつもりだった。それこそが彼らの姿勢表明だった。


 だが、司令部が機能不全に陥った今となっては、それら勇気の抵抗も虚しいばかりだった。継火手たちが散発的に法術を放つが、火産霊の後光より放たれる熱波はなけなしの天火でさえ捻じ曲げてしまう。そして直後には、反撃の砲撃が飛んできて、彼女らを肉片すら残さず消し飛ばした。



自棄ヤケを起こすな!!」



 マスィルは、絶望に正しく立ち向かっている数少ない戦士の一人だった。


 総司令部からの命令に従って大燈台ジグラートに下がりつつ、最後尾で殿の務めを果たす。同時に、勝算の無い攻撃を仕掛けようとする同胞を叱咤して後退させた。


 今もまた、目を血走らせて法術を放とうとしていた継火手を揺さぶって、その攻撃を中断させたところだった。


 止められた相手は一瞬恨めしげにマスィルを見やったものの、唇を切るほどに噛み締めて何とか踏みとどまった。無言のままこくりと頷き、背を向けて走り出す。その背中をマスィルは叩き、他に逃げ遅れた者はいないかと辺りを見渡した。



 何も無い。ただ轟々と燃え盛る炎ばかりである。



 そして、踊り狂う炎の向こう、陽炎によって歪められた魔神の姿を見る。



 マスィルとて忍耐の限界に達しつつあった。一体何度、法術を放ちたいという欲望に駆られただろう。


 だが、自分一人の力では足止めにもならない。他の継火手たちと同じように吹き飛ばされるだけだ。


(戦機を……見つけるのよ、マスィル。ヴィルニクがそうしていたように……!)


 彼が生きていたならば、こんな時何と言っただろう。どこに勝機を見出しただろう。ヴィルニクは戦場の要点を見つけるのが上手かった。長じれば優秀な将ともなれただろう。


(そうだ、私なんかを庇わなかったら……ヴィルニクの方が、もっと役に立って)


 マスィルは己の顔を殴りつけた。


 それだけは考えてはならない。いくら絶望や焦燥に駆られているとしても、彼の死を無碍に扱うような思考をしてはならない。そんなことをしたところでヴィルニクは喜ばないだろうし、自らに課した使命も果たせない。




「……そうだ。私は戦う。まだ、まだ私は戦うよ。そうだろ、ヴィルニク?」




 マスィルは踵を返して駆け出した。


 戦う。少しでも長く生き延びて、一発でも多くの法術を敵に叩き込む。たとえ死すことになろうとも、その間際まで継火手として、煌都の守護者として振舞って見せる。



あいつ・・・みたいに)



 その時マスィルの脳裡に浮かんだのは、ヴィルニク一人ではなかった。


 もう一人。自分の前に立ち塞がり、蒼い炎の翼を広げて敵対者を守った継火手。


「…………あ」


 咄嗟に浮かんだ考えは、あまりに荒唐無稽だった。



 果たして、自分にそれ・・が出来るだろうか?



 しかし、あの怪物を止められる攻撃手段は片手で数えるほどしかないだろう。


 カナンには出来た。


 自分には出来ないかもしれない。



(……でも、やろう。やってみよう)



 マスィルの心は決まった。困難も無謀も、承知の上である。仮に撃てたとて、その結果何を失うとしても、それが最後の一撃になるとしても構わない。


 もし撃つことが出来たならば、きっと天上からもそれと分かるほどの輝きとなるはずだ。


 きっと彼にも、『火花の継火手』が撃ったと分かるだろう。

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