「生物の進化を促し、あらたな種族を生み出す方法、それは至ってシンプルだ。刺激を与えてやればいいのさ」
常に自信満々に言い切るクローズの言葉は本当に実現してしまいそうな迫力を感じる。これは何千年も生きてきた彼だからこそ出せるものなのだろうか? それとも神様がクローズに与えたカリスマ性なのだろうか?
こんなに強大な存在が俺達の敵かと考えると尻込みしてしまいそうだ。心を強く保って映像の中から少しでもクローズの弱みを見つけなければ。
刺激を与える事こそが進化の条件と語ったクローズは再び棚に手を掛け、今度は人の頭ほどのサイズがあるガラス瓶を3つ取り出して机の上に置いた。
ガラス瓶の中には液体か気体かも分からない謎の物質がいびつな形の球状になって入っており、それぞれ赤色、緑色、黒色の物質が瓶の中で蠢いている。眺めているだけで目と頭がおかしくなりそうな不気味な物質を前にクローズが口を開く。
「この瓶には私が長年の研究で生み出した3つの力が入っていてね。気体にも液体にも見えるから私は『
「言葉だけを聞くとデタラメに感じるが、実際に不気味な3色の霧とやらを目の前にしたら説得力があるな。正直、この物質は強いとか不思議とかの次元じゃない……底が見えない存在に思えてくる。この物質がさっき言っていた進化を促す『刺激』になるのか?」
「それは私が霧を譲渡したモンストル大陸の人間の動き次第……ってところかな?」
「なに? クローズはこんな危険そうな力を人間に渡したのか?」
「赤色の『変化の霧』だけは一部の人間に渡したよ。この霧がもっとも進化という概念に近い力だからね。多くの人間を使役する権力を持っていて、なおかつ実験してくれそうな人物に渡したよ。その人物は君の友達であるシリウスの父親、皇帝ヨハネスだ」
ここにきてまさかシリウスの父親に繋がっていくとは思わなかった。クローズと同一存在であるワンはエンドという組織を作り、未来ではシリウスの兄であるアーサーに魔力砲などの兵器の存在を教えたはずだが、もしかしたら『変化の力』も授かっていたのだろうか?
クローズのアジトに来てから色々な事実を知れたわけだが、それと同時に疑問もどんどん増えてくる……。そんな俺の気持ちを代弁するかのようにディザールがクローズへ質問を重ねる。
「クローズが言う『刺激』というのは力を与えて戦争を促すことなのか? それとも単純に大きな国で自分とは違う視点の研究をしてもらいたかったのか? そもそもお前はモンストル大陸全体の国勢をどこまで把握しているんだ? シリウスや俺達のことをどこまで知っているんだ?」
「質問ばっかりだなぁ。まぁいいや、最初から順番に答えていこう。まず、私の言う刺激は概ねディザールの言う通りだ。資源・金・人手・知能・野望など、何か強いものを持っている人や組織に力を与えると勝手に成長して、勝手に争ってくれるものだからね。戦争目的でも好奇心でも何でもいいから新しい何かを見せてくれそうな者に力を与えているよ。研究というものは1人でやっていると視点が偏るし、殻が破れないものだからね」
「多くの視点から研究を発展させたいという気持ちは分かる。だが、それだといつか強大な力を手にした奴らがクローズを殺してしまうかもしれないぞ?」
「私を超えてくれる程の者が現れてくれたら、それはそれで私の好奇心を埋めてくれることになる。だから構わないよ、要らぬ心配だとは思うけどね」
ザキールの傲慢さとはまた違う自信をクローズは持っているようだ。自分こそが最高の知恵を持つ者だと思いつつも、他の者から力を借りることも重要だと分かっている。
今まで戦ってきた支配的な敵とは違ったクローズならではの恐ろしさを感じる……気がつけば俺は鳥肌が立っていた。ディザールも俺と同じことを考えていたのか、クローズを見て露骨に舌打ちする。
「チッ、その言葉が心の底から出ているのが分かるから腹立たしい。まぁいい、他の質問にも答えてもらう。次はモンストル大陸の国勢や五英雄についてどこまで知っているのか教えてくれ」
「五英雄のうちペッコ村の3人については守り人になってから存在を知ったよ。守り人は当然腕の立つ人間しかいないから何か利用価値があると踏んだ私は常日頃から情報を集めていたんだ。その中でもディザールが一際淀んだ魔力を持っていて面白そうな人物だったからスカウトさせてもらったんだ。そして帝国組の2人だとリーファに関してはほとんど何も知らないね。でも、シリウスは有名人だから色々な事を知っているよ」
「……僕をスカウトした理由については一旦置いておいてやる。それよりシリウスについて何を知っているんだ? もったいぶらずに教えろ」
「相変わらずせっかちだなディザールは。そうだな、シリウスがどれほどエリートだったか遍歴を語ってもいいけど、1番知りたいのは多分シリウスが大陸南に来た理由だろうからそれを教えてあげよう。シリウスが危険を冒してまで大陸南に来た理由は自身の父である皇帝ヨハネスの研究を止める為だ。ヨハネスは私の与えた『変化の力』で凄まじい軍事力を手に入れようとしているからね」