「帝国やシリウス、赤の変化の霧については大体わかった。次は生物同士を合成させる緑の霧、そして生物から力を吸収する黒の霧について聞かせてくれ」
ディザールが残り2色の霧について尋ねると、クローズは珍しく眉尻を下げながら答える。
「合成の霧に関しては扱いが難しくてね。私もまだ失敗する事が多い。失敗すると被検体が細胞を暴走させて死んでしまう事もあるから肉体強度や適合率を慎重に吟味したうえで扱わなければいけない。そんな難しい力を使う事ができる相手を久々に見つけられたんだ。それが君、ディザールだよ」
「なんとなくそんな気がしていたが……さっき僕の体に刺した針がそれだったんだな。だが、僕のイメージだとさっきの針は赤の変化の力に近い感じがするのだが?」
「強くなるという点においては変化の霧と同じように感じるかもしれないね。だが、あの時ディザールに刺した合成の霧には魔人族の細胞を配合して魔人化させたから変化の霧ではないんだよ。他にも色々な生き物に魔人族の細胞を注入してみたが全て失敗して死なせてしまったんだ。だから魔人化に限定すれば君が初めての成功例だよ」
「お、お前はそんな危険なものを僕に刺したのか……上手くいってなかったら呪い殺していたところだ」
「さっきも言ったけど合成の霧に関しては肉体強度や適合率が重要だから念入りに君の事を調べておいた。だから絶対成功する自信はあったよ、フフフ」
クローズは小悪魔の様な表情で笑っている。恐らく本心から言っているのだろうけど、命が掛かっていることだから俺がディザールの立場なら腹立たしく思っていただろう。ディザールも肩をすくめてジットリとした目でクローズを睨んでいる。
研究所に変な空気が流れたがクローズはお構いなしに残った黒の霧について説明を始める。
「それじゃあ最後に『黒の霧』について説明しておこうか。この霧は接触させた生物からじわじわと魔力や生命力を吸収し、自身の体内に取り込む力があってね。今、僕が1番気に入っている力なのさ」
「吸収する特性なんてスキルですら見た事がないな。凄いとは思うが、正直僕は使い物にならない気がするのだが……」
「ほう、どうしてそう思うんだい?」
「実戦では自分も相手も常に動き回っているからさ。相手の体に黒の霧を接触させるだけじゃなく、更に時間をかけて吸収しなきゃいけないのだろ? そんな時間なんてないと思うが……」
「僕も言葉だけを聞いたらそう考えるだろうね。だけど、僕は黒の霧のベースとなる力を発見した学者を見て感心させられたんだ。ペアレという街にいるサウザンドという学者は黒の霧の力を2つのペンダントに閉じ込めていてね。ペンダントAの魔力をペンダントBに吸い込ませる実験を成功させたんだ。これなら理論上は数人分の力を1人に注ぎ込んで強力な1体を作り上げることが出来るはずだ。僕はこの実験を盗み見て、目から鱗が落ちたよ」
クローズの語る黒の霧を聞いて確信が持てた。これは魔力砲やサクリファイスソードの前身に当たる研究だ。
過去のワンが魔力砲などの兵器を用いてサウザンドのいるペアレの街を襲ったとゼロは言っていた。サウザンドが兵器を奪い取って何とか撃退したと聞いていたから俺はワンが根本部分から兵器を完成させたものだと勘違いしていた。実際はサウザンドの築いた土台があったという訳だ。
そしてクローズは更に黒の霧について話を進める。
「この通り『黒の霧』の力は素晴らしいものだ。しかし、悔しいことに今の私にはまだ使いこなせる技術ではない。だから自身で研究を進めつつ、サウザンドにも研究を進めてもらいたいところだが、ここで1つ厄介な問題が浮上した。それはサウザンドの人間性だ」
「人間性? どういうことだ?」
「この男は絵に描いたような善人なんだ。それ故に黒の霧を戦争の道具としてではなく医学や生物学に使おうとしているんだ。例えば衰弱して今にも亡くなりそうな人がいれば数人がペンダント経由で魔力や生命力を供給する事ができる。他にも環境に適応できない動物や植物がいれば黒の霧で補助して守ることができる」
「争いを起こしたがっているクローズからすれば面白くないだろうな。でも、黒の霧という存在自体は知れたのだからいいじゃないか。後はクローズが独自に戦闘利用する方法を考えればいいだけだろう?」
「長い年月をかければ可能かもしれないが正直自信がない……。それだけ黒の霧は高度な知恵を求められるものでね。高度が故に完全理解できているのはサウザンドただ1人なんだ。そのうえサウザンドはかなりの慎重派だから信頼できる人間にしか黒の霧の技術について話さないらしい」
「だったらもうお手上げじゃないか。
困っているクローズを見てディザールが嬉しそうにしている。言葉や態度からもディザールがクローズを嫌いなのが伝わってくる。
実際ディザールの言う通り『黒の霧』を兵器利用するのは難しそうに思える。ゼロも言っていたがサウザンドは根っからの聖人なうえに頭が切れるようだ。
将来的には魔力砲などの兵器が開発されてしまう悲劇が起きてしまう訳だが、クローズはどのようにして黒の霧を使いこなせるようになったのだろうか? 俺なりに頭を捻っていると、クローズは答え合わせをするように恐ろしい計画を語り始めた。
「ディザールの言う通り打つ手がなかった私は途方に暮れていた。だが、最近良い手を思いついてね。それはサウザンドに近しい人物へ転生する作戦だ。具体的にはサウザンドと同じような学者で、なおかつサウザンドから研究のことを色々と話してもらえるような人物に成り代わるという手だね」
「クローズは今の魔人の肉体を捨てるつもりなのか? これほど強く優秀な種族は他にないんじゃないのか?」
「正直捨てるのは辛いよ。だけど、今の個体は魔人族の中でも高齢の方だ。そう遠くない内に乗り換えなきゃいけない。それに、魔人族の体を捨ててもなおサウザンドには接触する価値がある。奴の脳内には数千年生きてきた私ですら編み出せなかった技術が詰まっているんだ。奴の親族に転生して何が何でも接触しないとね」
「とんでもない執念だな……クローズの黒の霧に賭ける思いはよく分かった。だが、サウザンドに近しい者へ転生したとしても違和感なく転生先の人間を演じる事が出来るのか? サウザンドは慎重な奴なんだろ? サウザンドに勘づかれたらお終いだぞ? 話を聞く限り拷問で口を割りそうなタイプにも思えないし」
ディザールから指摘を受けたクローズは現代の俺達がハッとさせられるような計画を語り出した。