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第285話 歪んだ存在




「私はサウザンドから警戒されず、確実に情報を引き出す方法を1つだけ思いついたのだよ。それは至ってシンプルなこと――――サウザンドの子供に転生すればいいのさ」


 クローズは恍惚とした表情でとんでもないことを言いだした。それは人間1人の一生を幼少期から乗っ取ることであり、長い年月を必要とする壮大なペテン計画でもある。シリウスから先に聞かされていなければもっと驚いていただろう。


 ディザールが「正気か?」と問いかけるがクローズは一切の迷いもなく計画の完璧さを主張する。


「幼い我が子に転生すれば、私がどのような言動をとろうともサウザンドの目には『我が子の性格』として映る。そもそもオリジナルの心は私の転生によって消滅するのだから当然だがね。私はサウザンドの子供として父の研究に関心を持つ態度を続けていればいいだけだ。そうすれば黒の霧に関する情報を包み隠さず伝えてくれるはずさ。とはいえサウザンドが子供を作ってくれなければ成立しないがね」


「お前の1番恐ろしいところは強さでもなければ知恵でもない、異常なまでの執着心だな。お前が生まれ持った『知的好奇心』はそこまで狂った行動を取らせるんだな」


「どんな生き物にも自身を狂わせるようなトリガーは存在するはずさ。それが個々によって違うだけなのだよ。人間だって嫉妬・名誉欲・憎悪・色欲など、色々なことで常軌を逸した行動をとってきた者がいるだろう? 私はそれがたまたま知的好奇心だっただけのことさ」


 クローズがとってきた行動は絶対に間違っているが不思議と説得力を内包している。彼の独特な言い回しとオーラがディザールに魔人化を決意させたのではないだろうか。


 クローズの計画に表情を引きつらせているディザールは周りを見渡した後、これからのクローズの行動について尋ねる。


「共感こそできないものの理解はできた。サウザンド次第だが早ければ数年後にはクローズが今の体を捨てているかもしれないな。だが、本当に大丈夫なのか? お前が子供の肉体を手に入れたら暫くの間、死の山の研究所には来られないだろ? 何年も放置するつもりか?」


「一応ここ以外の場所にも色々な実験記録だけは残してあるよ。だけど、流石に過去の転生体や実験道具はここにしかないし、人目を避ける意味でも死の山のアジトにしか置いておけないから放置することになるね、私には研究仲間がいないからな仕方がない。だが、君さえよければ私はアジトを一時的に預けてもいいかと思っている。どうだい? ディザール」


 クローズからの提案にディザールは唸りながら悩んでいる。サウザンドの子供に転生したクローズが大人の体になって死の山を危険なく歩けるようになるまで待つとなると、最低でも15年程度はアジトを預からなければいけなくなるだろう。


 長命のクローズならともかく、まだ20年も生きてないディザールからすればかなりの長期間に感じるはずだ。そんなディザールを察してか、クローズは深く考えすぎないように助言する。


「別にしっかりと研究所を守れと言っている訳じゃないよ。ここには人も魔獣も入ってこないから放置していても物が盗まれる事はないだろうしね。ただ、賢者と呼ばれるほどに知恵のあるディザールには研究所を有効活用してほしいと思っているだけなんだ。魔人になったとはいえ永遠の命ではないからね。十数年ぽっちとはいえ大切に扱ってほしいのさ」


「僕は人間と魔人、2つの姿と圧倒的な力が欲しかっただけだからクローズの研究に力を貸すとは限らないぞ? 僕に研究所を預けても何もしないかもしれないし、もしかしたら破壊してしまうかもしれないぞ?」


「いいや、君は絶対にそんなことはしない。既に君は3色の霧の力に惹かれているし、もっと自身の力を高めたいと思っているはずだ、目を見れば分かる。それに私が君に魔人の力を授けたのは好奇心を満たす為や大陸をかき乱してもらいたいという理由だけではない。仲間……友達が欲しかったんだ」


「は? 何を言ってるんだ、お前は!」


 ディザールが珍しく声を裏返しながら驚いている。傍から見ている俺達も相当驚かされた。しかし、クローズは冗談めいた表情は一切しておらず、落ち着いたトーンで真意を語る。


「私は数千年生きてきて、多くの者と出会ってきた。中には普通に友達になったり、家族関係になる者もいた。だが、大半の者は私の内心を吐露すれば気味悪がって離れた。離れずにいてくれた者も寿命や病気で亡くなっていった。だからもう誰かと深く関わるのは止めておこうと考え始めてから数百年経った頃、私は『合成の霧』の力を発明することで救いの道を見つけられたんだ」


「避けられない孤独が辛かった気持ちは理解できるが、本当に合成の霧が孤独を解決する策になったのか?」


「いいや、まだ理論は完成していないから解決策になったとは言えない。だが、もし私の理想通りにいけば特定の個体に別の種族の肉体情報を注入し続けることで永遠に若さを保ちながら生き続けることが出来るはずだ。そうなれば転生リインカーネーションを持つ私とは違う形で永遠の命が完成する。それもサラスヴァ計画における『もう1つの成功』だ」


「僕はその実験第1号となったわけか、迷惑な話だな。どうしてクローズは僕を選んだ?」


「土台となる肉体が強くなければいけないのも理由ではあるが、1番は君の魔力と目だ。君は誰よりも優しいけど誰よりも人間を憎んでいる。そのせいか、いつも悲しい目をしているし淀んだ魔力を纏っている。そんな風に歪んでいる奴の方が私は仲良くやっていけると思ったんだ。私自身が相当歪んだ存在だからね」


 この時のクローズの目は狂気を孕んでいながらも優しい目をしていた。ディザールも納得は出来ないながらも理解は出来たようで、何も言い返しはしなかった。


 現代のアスタロトとワンは仲が良さそうには見えないし、むしろ悪そうに見えるぐらいなのだが……。だが、友情の有無はともかく、この瞬間、2人の間に奇妙な縁が出来ていたのではないかと思う。


 それから2人は研究所に関する話を続け、この日は眠りにつく事となった。





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