「ダリアで活動しているリーファちゃんにお願いがあるの! これから私が盗んでくる情報を全て提供する代わりにガラルドちゃんをダリアで預かってほしいの!」
シルフィがまるで一生に1度のお願いと言わんばかりに交換条件を持ち掛けた。この言葉の意味するところは赤子の俺と離れるつもりだという事だ。
突然の言葉に驚いたリーファはシルフィに真意を尋ねる。
「大事にしているガラルドちゃんを私達に預けるってことは、もしかしてシルフィちゃん……命を懸けるぐらい危険な賭けに出ようとしているの?」
「そう……だね。ディザールからならともかくクローズさんが持っている情報・知識を盗み出す事は難しいと思う。仮に盗んでアジトから出られたとしても追いかけられて殺される可能性だってあると思う……。だから、私がリーファちゃんと接触して情報を渡す時にガラルドちゃんも渡しておきたいの」
「そんな……シルフィちゃんを危険な目に合わせるなんて……」
リーファは恐らく1度断ろうとしたのだろうが、言葉を途中で詰まらせた。きっとシルフィの目があまりにも本気だったからだろう。
シルフィがただ1人だけ危険な目に合うのならリーファも100%と止めていただろう。だが、今回はシルフィの命と子供の未来を天秤にかける話だ。完璧な返答なんて存在しない。
何も言えず困っているリーファとは対照的にシルフィは迷いなく説明を続ける。
「もし、ダリアの皆がガラルドちゃんを預かってくれるなら、お願いしたいことがもう1つあるの。ガラルドちゃんが連れ去れたことを知ったらディザールたちはグラドに再会させたくないと思うはず……だからどれだけ時間がかかろうとも必死になって探し回ると思うの。そして見つかったら殺される可能性だってある。だから、仮死状態にしたガラルドちゃんを数十年後に復活させて欲しいの。そうすれば、年齢と見た目が一致しなくなって見つかりにくいはずだから」
「ちょ、ちょっと待って! 仮死状態ってどういうこと? シルフィちゃん達は肉体の成長を停止させる技術を持っているの?」
「うん、正確に言えばクローズさんが大昔に開発したから技術だけどね。私は仮死状態を作り出す為のツールを盗んでくるつもりだよ。さっきも話した通りクローズさんは自身の魂を宿してきた過去の肉体を謎の液体が入ったガラス容器に保存してあるの。それを使えばガラルドちゃんの年齢を止めておけるはずだから時間差で容器から出してあげて」
クローズがエルフ・竜人・ドワーフなどの過去の肉体を入れていた容器と液体を逆に利用するとは……シルフィの頭の柔らかさには感服するばかりだ。
これでグラハムと同い年である俺が現在20歳である理由が分かった。だが、この情報を得た事で新たな疑問が湧いてくる……それは、ダリアに育てられる予定の俺が何故ディアトイルで捨てられていたかという点だ。
確か俺を拾った村長の話によるとディアトイルの端に揺り籠が落ちていて、その中にガラルドという名前の書かれた紙が入っていたらしい。俺はダリアの人間に捨てられたのだろうか?
何か良からぬ未来が待っているのではないかと不安だ。俺が色々考えている間にリーファが決心を固めたようで、迷いの消えた目で答えを返す。
「分かったよ、ガラルドちゃんは私達が預かる。だけど、こっちからも条件を出させて。シルフィちゃんと次に会う時はガラルドちゃんを連れてくると同時に私達と共に逃げて欲しいの。シルフィちゃんの事はダリアが必ず逃がすから安心して。やっぱり私はシルフィちゃんもグラドの子供も両方守りたい。だから必ず無事にアジトを抜け出して、もう1度一緒に暮らそう!」
「ありがとう、リーファちゃん……。分かったよ、私もガラルドちゃんとダリアの皆さんと一緒に逃げるよ。だって私がガラルドちゃんの母親代わりだもんね。グラドにガラルドちゃんを引き渡すまで私の仕事は終わらないもの」
「うんうん、その意気だよシルフィちゃん! 私はまだまだシルフィちゃんと話したい事がいっぱいあるし、お婆さんになってもずっと一緒にいたいもん。精一杯2人を保護するよ。それじゃあ次は50日後にカンタービレで会うのはどうかな? その時はシリウスも連れてこられると思うし、ダリアしか知らない秘密の地下洞窟を辿っていけばクローズの監視を避けて逃げる事も出来ると思うよ」
「流石、大陸中で暗躍する組織だね、地下のルートも用意しているなんて。分かった、その時も今日みたいにアジトから飛んできて買い物のフリをするよ。アジトから盗んでくる情報は文字や絵の情報を記憶の水晶に入れておくね。それと盗んできた物体に関してはリュックやローブの内側に隠せる範囲で持ち出してくるね」
「ありがとう、よろしくね。だけど、無理だけはしないでね。最悪手ぶらになってもいいし、中止や延期になっても構わないから。とにかく自分とガラルドちゃんの身の安全を優先してね」
「うん、それじゃあまた50日後に会おうね。今日は久しぶりに会えて嬉しかったよ、リーファちゃん」
シルフィは目に薄っすら涙を溜めるとリーファを抱きしめた。また近いうちに会う約束をしたとはいえ確実に会える保証はない。今生の別れのようにしんみりとしてしまうのも無理はないだろう。
リーファも同じ気持ちを抱えていたようで優しく抱きしめ返す。
シルフィは空き家兼ダリアのアジトから出ていき、そのままクローズと合流するべく街の入口へと歩いていった。