「ちょっと待って! ガラルドちゃんの首に三角の斑点が見えるよ! これは……心臓を蝕むプロディ病に罹ってる!」
リーファが赤ん坊の俺が入った容器へ顔を近づけて病名を呟く。俺が小さい頃に病気を患っていた事実に驚きだ。それと同時にプロディ病という病に若干聞き覚えがあるように思える。
思い出せそうで思い出せない感覚にモヤモヤしているとリーファが答え合わせをするようにプロディ病のことを語りはじめる。
「プロディ病はプロネス病の亜種とも言うべき厄介な病気なの。どんな風に厄介なのか説明するね。プロディ病は安静にして治療を続ければ治るプロネス病とは違って完治させる方法が存在しないの……」
顔を真っ青にしたシルフィはリーファの両肩を掴んで揺らす。
「うそでしょ!? プロネス病って先天性の病気で体を動かすと発熱しちゃう病気でしょ? それよりも厄介な病気って事はもしかしてガラルドちゃんは……」
最悪の想像をしているシルフィ。トドメを刺すようにリーファが残酷な事実を告げる。
「心臓が激しく動き続け、高熱はどんどんと上昇していって最後には死んでしまうの……」
「そ、そんなことって……うぅ……」
シルフィが両膝を床に着き、倒れるように泣き崩れてしまった。
俺が母エトルの血を継いでいる以上、病気になってしまうのも納得せざるを得ない。思えばディアトイルでの幼少期も俺は体が弱かった方だと村長に聞いたことがある。
双子でも全然似てない2人が生まれるケースもあると聞いたことがある。どうやら俺はグラドどころかグラハムにすら似ておらず、かなりエトル寄りに生まれたみたいだ。
赤子の亡くなる未来を想像して絶望するシルフィだったが、いきなりカッと目を開いて勢いよく立ち上がるとリーファに質問を投げかける。
「ま、まだ望みはあるよね? だってガラルドちゃんは『ナフシ液』にさえ浸かっていれば仮死状態のままなんだから心臓が動くこともないもの。このまま仮死状態を維持し続けて、何年も医学の発達を待ち続けて治す方法を見つけられた後にナフシ液から出してあげれば――――」
――――悪いが、ガラルドにも君達にも未来はない――――
必死なシルフィの想いをかき消すかの如く、突如窓の方から男の声が聞こえてきた。この声を俺は嫌になるほど聞いてきた、視線を向けるとそこには案の定クローズが立っていた。
気配を消して空き家に入っていたクローズは窓の全てを地属性魔術の岩で塞ぎ、外の景色が見えないように細工してみせた。恐らくリーファのアイ・テレポートで逃走されるのを防ぐためだろう。
涙を急いで拭ったシルフィはクローズを睨みつける。
「いつから聞いていたのクローズさん? ディザールの代わりに私を運んだのは今日の計画に気付いていたからなの?」
「初めて2人でカンタービレへ行った日から何となく怪しいとは思っていたけど、リーファ達と繋がっているのは知らなかったよ。だから以前からカンタービレを含む、各町の怪しそうな場所や人間がいないか調べておいたんだ。空き家こそ早い段階から見つけられたものの、結局顔を隠し続けていたリーファ達を見つける事が出来なかった。だが、シルフィさんのおかげで今日ようやく見つける事ができたよ」
「じゃあ、もしかしてカンタービレへ着いた途端に急いで東へ飛んでいったのも……」
「ああ、カンタービレ内でも怪しい箇所は絞れていたからね、先回りした訳さ。街の入口から長々と尾行するとシルフィさんに気付かれる可能性が高いからね。まぁ、運よく早い段階で君達を見つけられてよかったよ。おかげで最初から君達の話を聞くことができたからね」
「最初から……って事は私が情報を流す部分を敢えて見逃していたという事ですね。わざわざ見逃してくれたのは情報を知られた後でも私達を確実に殺しきれる自信があるからってこと?」
シルフィは肩をこわばらせ、杖をギュッと握りしめながら尋ねる。しかし、クローズは即答する事はなく頭を悩ませて暫く唸り続けていた。
いつものクローズなら飄々とした態度で肯定しそうなものだが言葉を選んでいる様に感じる。明確な答えが出ないままクローズはシルフィの問いに答える。
「個人の力なら魔人である私が間違いなく1番強いだろうね。それでも君達は五英雄と呼ばれる強者だ。誰かに足止めをされたら仕留めきれずに逃げられる可能性もあるだろうね」
「クローズさんにしては弱気ですね。でも、不安なら尚更早い段階で攻撃するべきだったと思うけど?」
「そうだね、100%シルフィさんの言っていることが正しいよ。だけど、君達が再会を喜び、会話を弾ませている様子を見ていると何故か私は邪魔をしたくない気持ちになっていたんだ。だから友達同士の話から逃亡の話に変わるまで口を出さずに待っていたんだ。アレ? 私は何を言っているんだ? アスタロトの友達だから情が移ったのか?」
クローズを傍から見ていると、まるで心が2つあって葛藤しているかのようだ。その不安定さが敵ながら心配になってきた。もしかしたらクローズに人間らしい気持ちが生まれつつあって、自分の心の変化に気付けていないのだろうか?
クローズの不安定さに気付いたシルフィは優しい声色で語り掛ける。
「それってディザールが大切にしている私達を大事にしなければって気持ちが湧いてきたんじゃないですか? もし、クローズさんがディザールの気持ちを最優先にしてくれるなら私達を殺さないで欲しい。そして、これからは研究を捨てて誰も傷つけず、静かに暮らして欲しいの。お願いできませんか?」
「……悪いが、サラスヴァ計画を捨てる事だけはできない。それが例えディザールの親友を消す事になってもだ。ましてやダリアは私にとって脅威になる可能性もある。最悪でもシリウスとリーファだけは絶対に殺す。そして、シルフィさんは掴まえて今後2度とアジトから出さないようにする。リーファとシリウスを殺す事に関しては後でアスタロトに死ぬほど謝る事にするよ」
さっきまで焦点の合ってない目で自分の心と葛藤していたクローズがシルフィへの返答をきっかけに口調がしっかりとしてきて、すっかり元通りになってしまった。
かなり絶望的な状況だが少なくともシリウスは切り抜けて現代まで生きている。だが、どうやっても殺される未来しか見えない。
脂汗をかいて見つめることしかできない俺とは対照的にリーファは一切慌てる様子もなくクローズにお願いする。
「クローズさんの想いは分かりました。なら、最後に私達へ少しだけ会話をする時間をくれませんか? さっき気を遣ってくれた貴方なら、この程度のお願いぐらい聞いてくれますよね?」