「クローズさんの想いは分かりました。なら、最後に私達へ少しだけ会話をする時間をくれませんか? さっき気を遣ってくれた貴方なら、この程度のお願いぐらい聞いてくれますよね?」
これから攻撃を仕掛けてきそうなクローズに対し、リーファが冷静に要求した。
もしかしたらシリウス達だけに分かる合図を送り逃亡を図るつもりなのだろうか? と考えたが、予想に反してリーファは杖を床に捨てて、全身に纏う魔力を消し、逃亡する意思がない事を示している。
戦う意思が無いことをアピールされて安心したのか、クローズは部屋の角まで離れて椅子に座り、どうぞと言わんばかりに手のひらを上に向けた。
リーファは礼を告げるとシリウスとシルフィを近くに寄せて、クローズに聞こえないように小声で自分の考えを伝える。
「クローズさんは謙遜こそしているけど私達3人を逃がさず殺し切れるぐらいの実力を持っていると思う。皆には悪いけど、この窮地を抜け出す方法はさっぱり思いつかない。加えて私には最後に『やらなきゃいけない事』があるからシリウスやダリアのメンバーを逃がす手伝いも出来ないの……ごめんなさい」
「僕達の事は気にするな。元よりいつ死んでもおかしくないと覚悟して戦ってきた身だ。それよりも聞きたいことがある。リーファの言う『やらなきゃいけない事』っていうのは何だ? 逃亡の為に僕達と共に戦う事は出来ないのか?」
シリウスの問いに対して眉尻を下げた笑顔を浮かべたリーファ。大きく深呼吸した後、決意に満ちた目で語る。
「私、スキル『イントラ』を使ってガラルドちゃんと自分の心臓を交換するよ」
「えっ?」
リーファから出た突然の自己犠牲宣言にシルフィは声を詰まらせる。自分の愛する息子の代わりに親友が死のうとしている状況だ、シルフィが何も言えなくなってしまうのも無理はない。困惑するシルフィへ優しく微笑んだリーファは話を続ける。
「イントラはあくまで『状態の交換』だから大きさの違う心臓そのものを交換する訳じゃない……だから絶対にガラルドちゃんは助かるよ。逆に大人の体格を持つ私がプロディ病になったら子供以上に発熱が激しくなって即座に死んじゃうけどね……。あはは、自分で言ってて震えてきちゃったよ……」
「待って、リーファちゃん! 何とか3人で抵抗しながら逃げる方法を考えようよ! クローズさんは私の事は殺さないと言っているから、まず私が前に出て時間を稼ぐよ。その内に2人は壁に穴を開けてアイ・テレポートで外に出てくれれば――――」
「それだと私がシリウスとガラルドちゃんの両方をアイ・テレポートして逃げ切らなきゃいけないから厳しいよ。3人分の瞬間移動だと私が発動後にほとんど動けなくなっちゃうから。かと言ってガラルドちゃんを置いて行く素振りを見せたらクローズさんが『逃げればガラルドを殺すぞ』って脅してくる可能性も高いし」
何かを優先すれば何かが犠牲になってしまい完璧な策が浮かぶことはなかった。その後もシリウスが『僕を置いてガラルドとリーファの2人で逃げろ』と提案したものの、リーファが首を横に振り『ダリアの頭脳であり象徴でもあるシリウスは1番死んじゃだめな存在だよ』と反対していた。
クローズが離れた位置から見つめる中、今度はシルフィが大きく深呼吸をし、杖を持ち、覚悟に満ちた目でリーファにお願いする。
「リーファちゃんに『お願いと謝罪』の両方をしないといけなくなっちゃった。リーファちゃん……私の大事なガラルドちゃんの為にイントラを使ってください。私にとって1番の親友はリーファちゃんだけど、それでもこの子は死なせたくない……愛しているの」
「うん、勇気を持って自分から言ってくれてありがとう。大事な親友たちの子供だもん、私の命で救えるなら安いものだよ」
「リーファちゃんの優しさに甘えてごめんなさい……いや、ありがとう……本当にありがとう」
シルフィの覚悟に満ちた目は母親の強さが発するものだった。目に涙を溜めているのに一切揺るぎを感じない真っすぐな眼差しは続いてシリウスの方へと向けられた。
「シリウスには治ったガラルドちゃんと一緒に逃げて欲しいの。私にはシリウスを逃がす為のとっておきの策があるから。いいよね、シリウス?」
「その策は自分を犠牲にするものではないだろうな? 僕達5人がバラバラになるのはもうこりごりだ。必ず生きてガラルドに会いに来ると約束しろ!」
「……ごめんなさい、約束は出来ない。それでも私の最後のわがままを聞いてほしいの。そして、私が遺す記憶の水晶を手紙代わりに受け取って」
そう呟くとシルフィは自身の手から記憶の水晶を2つ出現させた。1つは今、俺達がいる部屋で映像を再生させているもので人の頭ほどのサイズがある大きな水晶だ。一方、もう1つの水晶はこぶし程度のサイズしかない小さなものだ。
記憶の水晶は浮遊しながらゆっくりとシリウスの両手に乗り、それと同時に
「ま、待てシルフィ! 僕はまだ納得できていな――――」
シリウスが喋り切るよりも先に
俺のサンド・ストームを彷彿とさせる強烈な砂の壁はシリウスの叫びをかき消してしまった。
シルフィは砂越しにリーファの目を見て頷き、死が迫る状況とは思えないほど晴れやかな笑顔で呟く。
「すぐに私も追いかけるからね、リーファちゃん」
砂の音でシルフィの声は聞こえないはずだ、それでもリーファは笑顔で頷きを返す。リーファはシルフィの発した言葉を口元から読み取ったのか、それとも親友同士だから音が無くとも理解できたのか……俺に答えは分からない。
隔離された2人を見て困惑し、椅子から立ち上がって硬直しているクローズ。対照的にリーファは素早く赤ん坊の入った容器に額を当ててスキル『イントラ』を発動する。
「私の心臓で元気になって、幸せな人生を歩んでね、ガラルドちゃん…………イントラ!」
リーファが叫ぶと同時に赤ん坊の俺とリーファの胸元が光り出す。赤ん坊の首にあった痣は綺麗さっぱり無くなったが、リーファは胸を抑えて苦しみ始める。
するとリーファはまるで心臓が一瞬で止まったかのように体の震えが消え、そのまま床に倒れてピクリとも動かなくなってしまった。大人が罹るプロディ病がどれほど危険なものなのかを仲間の前世に教えてもらう事になるとは……。
シリウスが直ぐに脈を確認するが当然生きているはずもない。今、この瞬間、五英雄リーファは亡くなってしまったのだ。現代に女神として生まれ変わったリリスがいることを知っているとはいえ、それでも彼女が亡くなる場面を見るのは堪らなく辛い。
シリウスは震える両手でリーファの手首を掴み、自身の手の甲に涙の粒を落とす。
「クソ! 僕は親友を1人も守れなかった……。だったら、せめてこれだけでも妹さんに……」
シリウスはリーファがローブに着けてあった木彫り細工を外して自分のポケットにしまった。続けてシルフィのリュックごと赤ん坊の俺を運んでアジトの外へと出て行った。