アスタロト達との接触、そして長い過去視を終えて湖の洞窟からディアトイルに帰ってきた俺達は村長の家へと向かっていた。観光途中の他国の代表達がいるかもしれないからだ。
俺達が村長の家の前に着くと、ちょうど各国の代表達が観光の休憩中だったようで外に椅子を並べてお茶とお菓子を楽しんでいる。
今ならちょうど全員が揃っている事だし、湖の洞窟で得た情報を伝えられそうだ。シンバードに友好的であり、ディアトイルへの差別意識も薄い彼らならきっと力になってくれるはずだ。
俺とサーシャとシンは話し手を交代しながら30分ほどかけてアスタロトやダリアの事など、全ての情報を伝えきった。各国の代表は口々に驚きの言葉を発している。
――――まさか、帝国がそこまで危険な存在だったとは……――――
――――我々よりもずっと上の世代からモンストル大陸はクローズ1人に踊らされてきたというわけか――――
――――これは、早急に信頼できる者たちだけで対策をとらないといけないわね――――
衝撃の事実を知った代表達の反応は国によって様々だったが、幸運なことに全ての国がシンバードへ協力的な態度を示してくれた。
帝国陣営とアスタロト陣営の両方を止めなければいけない以上、今日この場で細かい事を決めきれるはずもない。俺達は改めて話し合う機会を設ける約束を交わした。
いくらここにいる代表達がシンバードに友好的で、シンの人望が厚いといえど、帝国につく国が1つもないまま、ここまで上手く同盟関係を結べるとは思わなかった。観光に付き合ってくれなかった国の中には帝国寄りの国がそれなりにいるとは思うが、それを差し引いても上出来過ぎるほど上出来だろう。
その後、ルドルフが中心となって観光を再開し、ディアトイルのアピールを無事終える事が出来た。
各国の代表の中には『ディアトイルと協力して民芸品を作りたい』と言いだす者や『近隣国と観光提携を組み、独自の加工技術を体験するツアーを企画したい』と言う者まで現れて、村長が嬉しい悲鳴をあげている。
ディアトイルが他の国と肩を並べて歩けるようになるまで、まだまだ時間がかかるかもしれない。それでも何十世代も変わらなかったディアトイルへの風当たりが弱くなり、普通の村になる為の1歩を踏み出せたと思う。
今、ようやく時計の針は動き出したのだ。俺が村を出てまで見たかった景色は今日の彼らなのだろう。今まで何度も死にそうな思いをしてきたけれど、ここまで頑張ってきて本当によかった。
観光と話し合いを終えた代表達はルドルフ達に礼を伝えて自分達の宿泊場所へと帰っていった。彼らを見送った後、小さくガッツポーズをしたルドルフは突然、何かを閃いた表情を浮かべると急いで村人達を村長の家の前に呼び寄せた。
ディアトイルは小さな村だから全員集まっても500人に満たない。それでも一か所に集まる事は中々ないから壮観な景色だ。ルドルフはお手製の台の上に立ち、全員の注目を集めると夜に似つかわしくない大声で語り掛ける。
「なぁ皆、聞いてくれ! 俺達ディアトイル民は今日から少しずつ変わっていくことが出来そうだ! それは一体どういう事なのか今から説明するぞ。実は各国の代表を観光案内しながら――――」
ルドルフは村人たちに観光の事、他国と仲良くなったこと、他国の代表と今後の協力について話し合ったこと、全てを嬉しそうに伝えてくれた。
話の途中では度々シンバード勢の功績を讃えてくれた。特に幼馴染である俺の事をベタ褒めしてくれて嬉しかったけど、正直少し恥ずかしい。
ディアトイルが少しずつ変わり始めていることに実感を持ち始めた村人たちは困惑半分、喜び半分といった具合の反応をしている。
そして、ルドルフは極めつけに俺の腕を掴んで台の上まで引っ張り、肩を叩きながら村人たちに訴えはじめる。
「皆、逞しくなったガラルドを見てくれよ! こいつは『村を出るな!』『ディアトイルへの差別を消せる訳がない』『ディアトイル出身者に名を成した者は1人もいない』と村人から散々言われていたのに全部はねのけて大陸の英雄になりやがった。シンバード領で偉くなり、帝国と対等に意見を言い合い、死の海を越えて、大陸南の国々とまで繋がりを持ちやがった。本当にすげぇ奴だよな? 俺達もガラルドに続いていきたいと思わないか?」
ルドルフの熱い語りを受けて、村人の若い層は目を輝かせているようだ。だが、年配の層は今まで俺に反対の意思を示していたぶん居心地が悪そうだ。
だけど、年配の層が俺や若者たちが深く傷つかないように口を酸っぱくして反対してくれていたのだと今なら分かる。多くの旅が俺に大人たちの愛情を教えてくれたのだ。ルドルフもそれが分かっているようで、大人たちへのフォローを入れはじめる。
「俺はガラルドに反対した人達を責めている訳じゃないんだ。それが気遣いだって分かっているしな。ただ、ガラルドの行動力が凄すぎただけなんだ。ガラルドは小さい頃は村の子供達の中でも1番弱かったし、勉強だって得意じゃなかった。だけど、変わりたいという強い意志があれば変われるんだ。才能に恵まれなかったり生まれが良くなくても天井知らずに強くなれる事を教えてくれた。だからガラルドを手本に俺達ディアトイル民も変わっていかないか? 今日からは下ではなく上を向いて進んでいこう!」
まるで演説の様なルドルフの言葉を受けて、いつの間にか村人全員が拍手を贈っていた。俺の事を散々褒めてくれて恐縮だが、俺だってヘカトンケイルにいた頃はハンターを続けていくのを諦めかけた事がある。強すぎる敵に死を受け入れそうになったことだってある。
絵本に出てくるような勇者と比べると心も体もずっと弱い俺だが、そんな俺でも故郷の人間を鼓舞することは出来るみたいだ。涙目になって拍手している村長を見ていると強い実感が湧いてくる。
村人の拍手が収まってきたタイミングで咳払いをした俺は胸いっぱいに呼吸を溜めて、自分の想いを伝える。
「未来に希望が持てない日々とはおさらばだ! 俺達はこれまでの人生が辛かった分、これからは人並み以上に幸せにならなきゃいけない! 今日からがリベンジの始まりだ! 全員一丸となってディアトイルを最高の場所にしてやろうぜ!」
――――ワアアアアァァァァァ!!――――
イグノーラよりずっと人口の少ないディアトイルだが、戦争を終えた時のイグノーラに負けない熱量の大歓声があがる。
きっと、ディアトイルの未来には想像できない困難が待っていると思う。それでも兄弟ルドルフが中心となって躍進していくことだろう。次に帰郷する時が今から楽しみだ。