大陸会議を終え、過去視を体験し、新たなディアトイルの誕生を見届けてから早3日――――俺たちガーランド団はシンバードに帰ってきていた。ストレング達に会って色々と報告したいと思った俺は、まず最初に仲間達とギルド『ストレング』へ向かう。
ギルド内にはストレングを含む多くの仲間達が雑談をしている。彼らは俺達がギルドに入るとすぐにわらわらと駆け寄ってきてくれた。10日ほど前にギルド『ストレング』の面々と話をしていたはずなのだが、ディアトイルでの数日間が濃厚過ぎてなんだか久しぶりに会った気分だ。
ちょうどシンバードに来ていたアイアンやパープルズの面々と会話をする時間もあり、旅の話で盛り上がっていると突然1人の兵士がギルドの扉を開けて俺に報告を始める。
「失礼します。宮殿の王の間にガラルド殿の来客が2名来ております。1人はシリウス様、もう1人は……本名を名乗らずローブマンというふざけた偽名を名乗っています。文字通りローブを羽織って顔を隠しているので断言は出来ませんが、声と背丈から察するにコロシアム準優勝の彼かと」
「なっ……ローブマンだって? 分かった、すぐに向かう」
久々にローブマンあらためフィルと会えるのは嬉しさ半分、恐さ半分と言ったところだろうか。
ディザールの子供3人の内、俺とザキールは対立する関係になってしまっているうえに、フィルが人類の味方と断言できる材料はまだないからだ。
※
息切れする程に急いで宮殿の王の間へ駆けつけると、そこにはシンとシリウスと談笑するフィルの姿があった。フィルは俺の顔を見るとフードを捲って満面の笑みを浮かべながら声をかける。
「久しぶりだね、ガラルド君。どうやら君達ガーランド団は僕のアドバイス通りにイグノーラへ行って、全てを知ったようだね」
「ああ、五英雄の事、死の山の現状、クローズたちのこと、色々分かったぜ。まぁ、得た情報のほとんどがシリウスさん達に教えてもらったものだけどな」
「ふふふ、そうみたいだね。でも、実際に死の山を見たり、死の海を越えたり、イグノーラに触れないと事の重大さが分からなかったと思うんだ。だから君達を大陸南へ行かせたのは正解だったと思うよ。君達の逞しくなった姿を見て確信が持てる」
「褒めてもらって光栄だが、同時に複雑な気分だよ。お前は俺と同じディザールの細胞を埋め込まれている兄弟の様な存在だが、俺よりずっと強そうで何もかも分かっているみたいだし、現状では完全に味方かどうかも分からないからな。今日はどういう用件でここへ来たんだ? フィルは俺達シンバード領の味方なのか?」
俺がフィルの事を少しだけ疑っているのには幾つか理由がある。コロシアムで話をした時に奴は終始『ガラルド君の味方だよ』と言ってくれていた。しかし『人類の味方なのか?』と問いかけた時には『ガラルド君の味方とだけ言っておくよ』と濁された事がある。
一応、モードレッドからフィルの話を聞いた時には『危険な魔獣を倒して帝国を助けてくれた』と言っていたから悪い奴ではないと思いたい。その時、何故フィルが帝国にいたのかも気になるところだ。
それにフィルは俺と違ってシルフィが亡くなった後からアジトで育てられた子供のはずだからディザールやクローズの思想に染まっているのでは? とも疑ってしまう。
俺の問いかけを受けたフィルは薄っすらと笑みを浮かべるとシリウスの横へ行き、シリウスの服の右袖を捲ると同時に自身の服の左袖を捲った。2人の肩にはそれぞれ硬貨より少し小さめの菱型の模様が刻まれていた。
あれはダリアであることを示す刻印だ。フィルは刻印を見せ終えると今度はリリスの方を見ながら問いに対する答えを返す。
「この刻印を見てもらえば分かる通り、僕はダリアの一員だよ。と言っても他のメンバーのようにアジトに根を張って活動するタイプじゃなかったけどね。僕がコロシアムに来ていたのは目ぼしい人材がいないか探しに来ていたからなんだよね。だけど、まさかディアトイルから一生出ないと踏んでいたガラルド君に会えるとは思わなかった。それにリーファの生まれ変わりとしか思えない女神がシンバードにいることにも驚いた。リリス君の太腿の痣を見た時は流石に我が眼を疑ったよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! ダリアの一員だという事は理解できましたけど、どうして私の太腿の痣を知っていたんですか? 誰にも見せていなかったのに……もしかして、着替えを覗き見していたんじゃ……」
覗き見はともかくリリスの疑問はもっともだ。俺がリリスに初めて太腿の痣の事を教えてもらったのはジークフリートでジエードが亡くなった日の夜の事だから鮮明に覚えている。
犬のように唸りながら警戒するリリス。フィルは肩をすくめながら理由を語る。
「着替えを覗き見だって? 僕を君の様な変態さんと一緒にしないでほしいね。僕が君の痣を見つけたのは偶然だ。君は確かコロシアム本番前はずっと体力トレーニングをしていただろう? その時、暑がる君が日陰でだらしなくショーツをバタバタと開いていたのが目に入ったんだ。その時に太腿の痣が見えただけさ」
「なっ! 女神の私がそんな品の無い動きで涼むわけがないじゃないですか! め、め、名誉棄損ですよ!」
「はぁ……教えてくれシリウス。リリスの前世もこんなお馬鹿キャラだったのかい? だとしたら同パーティーの君は苦労しただろうね」
「……うむ、大体こんな感じだったな。女神になって変わったのは髪色だけらしい。まぁ、髪色すら記憶と共に人間の頃に戻ったが」
「ちょ、ちょっと! 2人で話を進めないでください!」
最近、リリスの恥ずかしがる姿を見る事が多くなってきた。こんな性格で2つの人生を生きてきたのだから恥ずかしい過去が多くなってしまうのも仕方がないのかもしれない。
この後、フィルが「ジャッジメントで証明してもいいけど?」と追い打ちをかけるとリリスが「すいませんでした……」と謝り、一旦事態が収拾することとなった。続けてシリウスがフォローを入れる。
「まぁまぁ、そんな話はどうでもいいじゃないか2人とも。リー……リリスの痣の話をしたのは見つけられた理由を話したかったというのもあるが、痣が残っていた事実が嬉しかったから話したかった側面もあるんだ。分かってくれ、リリス」
言葉の意味が分からなかった俺は「どういうことだ?」とシリウスに尋ねる。彼は順を追って説明してくれた。
「リリスは前世の記憶を失っても『ダリア、神官、五英雄』として歩み得た善の心を忘れていなかったと言いたいのさ。ガラルド君が誘われた時も追放者のような弱い立場の者を守りたいと躍起になっていたのだろう? きっと前世の悔いが本能的に強く残っていたのだろう。それに女神になると記憶が綺麗に無くなって体の傷なども全て消えるはずなのに残っていた点からも頷ける。木彫り細工という物体そのものに魂が宿っていた例外ケースも前世の執念が為せるものだと思うんだ。だから残った痣は想いの強さであり、魂の継承なのだよ」
説明されるとリリスの気持ちの強さが改めて実感できる。強い意志を持つリリスがいたからこそ、俺は今も生きていられるし、シンバード領の仲間達に囲まれた最高の居場所を作る事が出来ている。
シリウスに褒められて頬を赤く染めたリリスは体を俺の方へ向けて、昔の言葉を掘り返す。
「ガラルドさんは覚えていますか? ガラルドさんやシンさんから『追放者を集める理由』を聞かれた際『答えたくない』と言ったことを」
「ああ、披露会の時も言っていたし、シンバードの宿屋でも言っていたな。俺は誰にでも秘密の1つや2つはあると考えて深く追求しなかったが」
「あの時に私が『答えたくない』と言ったのは目的が漠然としていたからなんです。女神として人類の為に働く目的はありましたが、それとは別に痣を見る度に胸がざわついたり、理不尽な目に合って困っている人に居場所を提供したいと思う強い気持ちが湧き、その気持ちの出所が分からなかったんです。それが性根や気質と思い込めば楽だったとは思います。それでも胸のざわつきと前世の本能的な記憶が拒んだのだと思います」
「そうか、リリスは俺と出会う前、いや、女神として生まれた時からずっと自分の心と向き合って戦っていたんだな」
追放者を集める女神なんてきっと世界にリリスしかいない稀有な存在だと思っていたが、ようやく納得できた気がする。リリスは『リーファとしての善の心』と『ダリアとしての行動基準』が混ざった状態で生まれ変わったのだろう。
リリスとリーファが改めて繋がった気がしてスッキリとした気分になったところでフィルが更に自身の事を話し始める。
「僕がガラルド君達と接触した理由を話し終えたことだし、次は僕が生まれてから今日までどんな生き方をしてきたのかを話そうかな」