「僕がガラルド君達と接触した理由を話し終えたことだし、次は僕が生まれてから今日までどんな生き方をしてきたのかを話そうかな」
ローブマンあらためフィルがどのように生きてきたのか、正直かなり興味がある。一応、生まれた順番で言えば俺の方が早いからフィルは弟になる訳だが、肉体の年齢は何歳ぐらいなのだろうか?
ナフシ液に長い間浸かっていた俺の肉体年齢は大体20歳ぐらいだが、フィルも同じぐらいに見える。そんなフィルはお世辞にも楽しそうには見えない表情で過去を語り始める。
「僕は母シルフィがガラルド君を連れ去ってから2年後に誕生してね。ザキールは僕より1年早く生まれたから細胞を取り込んだ息子たちの中では三男になるわけだ。僕はザキールと違って肉体が完全に人間で戦闘能力も高かったからグラドの息子トルバートの代わりとして大事に育てられていたんだ。そういう意味では僕らは同一存在と言っていいかもしれないね、ガラルド君」
「見た目も声も戦闘スタイルも全然違うんだから同一なんかじゃねぇよ。見捨てられた俺よりフィルの方がずっと優秀さ。それより、フィルはどんな幼少期を過ごしたんだ?」
「基本的には父アスタロトからひたすら座学と戦闘訓練を受ける毎日だったよ。本当はクローズとも関りたかったけど、母シルフィの件があってアスタロトとクローズはほとんど会話を交わさないほど仲が悪くなっていたんだ。いや、正確にはクローズからは話しかけてはいたけれど、アスタロトが避けていたと言うべきかな」
クローズが間接的にシルフィを殺してしまったと言ってもいい状況なだけに距離ができるのも仕方がないだろう。現代の2人も仲が悪そうだったから溝の深さは相当なもののようだ。
フィルは更に話を続ける。
「そんなアスタロトからの教育を受け続けて10年――――僕の体にある異変が起きてね。それは両目が緋色になるという事件だった。僕の体が遅れて母シルフィの細胞に適応し始めたというわけだ。僕は母シルフィと親子の繋がりを感じられて嬉しかったよ。それと同時に母の生き方や兄ガラルドの行方が一層気になり始めて自分の生き方にも疑問を持ちはじめた……僕はこのままアスタロトの駒になっていいのだろうか? とね」
「俺もフィルの立場なら同じことを考えそうだな。それで脱走してダリアに入ったのか?」
「いや、脱走なんてアスタロトを恐れているみたいで嫌だから本人にアジトから出ると言って正面から出て行ったよ。『僕はもっと広い世界を見たいし、貴方の復讐なんて興味はない。好きな植物を愛でながらのんびり暮らすんだ』って言ってね」
「おいおい、そんな言い方をして出て行けるわけがないだろう、下手すれば殺されるだろ?」
「結論から言うと正面から出て行く事は出来たよ。アスタロトからは何度も怒鳴られたし、出て行こうとする度に殴られた。それでも僕はしつこく何度も正面から出て行ったんだ。すると、アスタロトは遂に根負けしたみたいで殴るのを止めたよ。殺してしまうより、しばらく放置した方がマシだと思ったのかな? それとも緋色の眼がトルバートを名乗らせるうえで障害になるから僕は使い物にならないと思ったのかな? まぁ、アスタロトは何だかんだで僕に甘いところがあったからね、理由は色々考えられるよ」
「長年育てた情みたいなものがあったのかもしれないな。それも優秀さが有ってこその情かもしれないが。じゃあフィルは10歳頃にアジトを出て、アスタロトは3番目のトルバート作成も失敗した訳だな」
「そういうことになるね。結果的に僕は力と知恵を得たうえで人類側の存在になった訳だ。アスタロトは去り際に『ガラルドは力が足りず、ザキールには品格と知性が足りず、フィルには心が足りなかったようだな』と呟いていたのが、印象に残っているよ」
「何が『心が足りない』だよ。自分の想い通りに動く駒にならなかっただけの話じゃねぇか。それじゃあ結局、アスタロトのトルバート作成計画は完全に失敗した訳だな。既にトルバートを拉致してから10年の時が経っている段階で新たな命を作っても年齢がトルバートに追いつかない。グラドに息子だと信じ込ませられる見た目にならないもんな」
「その通りだよ。だからアスタロトはこの時点で僕を心変わりさせる以外の方法はないと考えたはずだ。だからしばらく泳がせて僕を再び説得しに来るはずだと予想した。僕はアスタロトを警戒する毎日を過ごしていたんだ。そんなある日のこと、僕は旅先でシリウスと出会ったんだ」
フィルはシリウスを見つめながら喋ると同時に鞄から謎の紙の束を取り出した。紙の束を手にしたフィルは早速それを俺に手渡す。
紙の束を上から順に見ていくと、どうやら何十年分ものカレンダーになっているようだ。日にちによって赤色と青色でチェックマークが入っている。少し考えてみたが俺にはチェックマークの意味が全く分からない、フィルに聞いてみよう。
「フィル、このカレンダーとチェックマークは何なんだ?」
「それに答えるより先にアジトを出た僕が何をしていたのかを話しておくよ。元々ダリアを警戒していたアスタロトの影響で僕はダリアの存在を知っていてね。目立つ緋色の眼を餌にして早速、ダリアと接触を試みたんだ。そこでシリウスと仲良くなって協力関係を結び、激しい特訓で自分を鍛えて、各地で暗躍する立場になったんだ。そのチェックマークは赤色が僕の活動していた日を表していて、青が止まっていた日を表しているんだよ」
「止まっていた日? 休んでいる日じゃなくてか? 妙な言い方をするんだな。それに文句を言いたい訳じゃないんだが、やけに休んでいる日が多くないか? 少々怠けすぎだと思――――いや、もしかしてこれは!」
「お! 鋭いねガラルド君。そう、止まっていた日というのはナフシ液で肉体の時間経過を止めていた日ということさ。僕は若い肉体を維持していたんだ。少しでもアスタロト陣営へ抵抗する時間を長くする為に肉体の停止と起動を繰り返してね。人より長命のアスタロトとの最終決戦はいつになるのか分からないからね」
「し、正気かよ、フィルの覚悟はどれだけ凄いんだ……。じゃあ実際に肉体が活動していた時間はどのくらいなんだ?」
「う~ん、大体24年ぐらいかな。ダリアの活動は対アスタロトだけじゃなく、危険な魔獣が現れた時に討伐する仕事もあるから、有事の際はナフシ液に浸かった僕を他の仲間が現地まで馬車で運んで到着したら僕が討伐する流れが多かったね」
「そういう意味では働き詰め・特訓漬けの人生だったんだなフィルは。もしかして俺とコロシアムで戦った日も肉体の状態はベストじゃなかったんじゃないか?」
「言い訳臭くなるけど正直全然ベストじゃなかったね。やっぱり肉体停止を解除してから10日ぐらいは経たないとまともに戦えないかな」
ベストなフィルを倒す事が出来なかったのは残念だが、強くなった今の俺ならベスト状態のフィルを相手にしても戦えるのではないだろうか? これは男にありがちな思考かもしれないが、やっぱりどっちが強いか白黒はっきりとつけたいと思ってしまうのだ。
いつか、改めて手合わせ願いたいと考えていると今度はシリウスが前に出てシンバードを訪れた理由を語り始める。
「フィルも一通り話したいことを話せたはずだから次は私の番だな。私が今日シンバードに来た理由は至ってシンプル。戦争に勝つ為の具体的な方法を伝えに来たのだ」