最近の俺には一つ、悩みがあった。
「私、今日はちょっと忙しくて一緒に帰れないかも」
「そっか...じゃあ先に帰ってるね」
俺は鍵を職員室に返しに行く美咲さんに手を振り、廊下を歩く。
そう、最近美咲さんが冷たいのだ。
もしかして何かやらかしたのかと思い、これまでの俺の行動を思い返してみるが、別に対してやらしかてはないと思う。
だから俺の美咲さんへの行動が原因...ではないと思う。
つまりそれ以外が原因というわけだ。
こうなってくると、俺には一つしか思いつかなかった。
「もしかして...他の人のこと好きになった...?」
俺は思わず小さく呟いてしまう。
これは美咲さんが俺のこと好きかも好きかもと思いつつ、全然行動に起こせなかった俺への罰なのだろうか。
もし他の人を好きになったと考える場合、誰なのだろうか。
やっぱりこの前に一緒に帰っていた、あの男子なのだろうか。
考えるだけで憂鬱になってしまう。
いやいやいや、弱気になってはならない。
まだこれらが確定したわけじゃないのだ。
これから、行動を起こせばいいのだ。
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考えたらすぐに行動だ。
俺は積極的に話しかけることにした。
「ねぇねぇこれ知ってる?」
俺はスマホで最近はやっている映画のポスターを見せる。
「うん知ってるよ。なんか最近凄く人気らしいね」
「そうなんだよ。だから...」
「こんにちはー!あれ?まだ二人だけ?寂しいねぇ。何々?何見てるの?」
勢いよくドアを開けた日奈がこちらに駆け寄ってくる。そして俺たちの間に割り込んでくる。ちらっと横を見てみたらもうすぐそこに日奈の顔があった。
思わず、耳が赤くなってしまう。
「おー!最近めっちゃ人気の奴じゃん!え?何々?二人とも観てきたの?」
「いやー、俺は観たことないなぁ」
「私も...ないなぁ」
「え!ほんと?私もないんだよ。良かったら一緒に観に行かない?」
「いいんじゃない?健吾君一緒に行ってきたら?」
「えー美咲ちゃん何か寂しいよぉ。美咲ちゃんも一緒に行こ?ね?」
「えっと私は....」
「一緒に行こ?美咲」
「うーーん。じゃあ行こうかな」
「ホントに?やったぁ。もし美咲ちゃんが来てくれなかったら私健吾と二人で行くはめになっちゃう所だったよ」
「なんか嫌みたいな言い方だな」
「いや?別に嫌とか言ってないけど?ちょっと考えすぎなんじゃないですかぁ?」
日奈が身体をくねくねさせ、俺の頭をもしゃもしゃと触りながら煽ってくる。
最近日奈の煽り性能が高くなっていると思うのは、気のせいだろうか。
「お似合いだね」
そう言った美咲の言葉は、二人の耳には届かなかった。
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「いやぁ私楽しみすぎて12時間ぐらいしか寝れなかったよ」
「だいぶロングスリーパーなんだな」
「いや突っ込んでよ」
バンバンと背中を叩かる。結構痛い。
「ていうか美咲ちゃんと私、ほとんど一緒じゃん!」
俺は二人の姿を眺める。
確かに二人とも白のワンピースで一緒である。違いと言えばちょっと柄が違うのと日奈がノースリーブで美咲さんがノースリーブじゃない。それだけだ。普通に姉妹に見える。
「ふふっ、そうだね」
「しかも美咲ちゃん化粧上手いねぇ。私なんてへじゃないや」
「いやいやぁ。そんなことないよぉ。日奈ちゃん今ノーメイクでしょ?ノーメイクでそんなに肌キレイなのも羨ましいや」
「え?ほんと?嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「そんなにキレイだとやっぱ...モテるよね」
「お?美咲ちゃんも恋愛話したくなってきた?いやぁ私みたいにモテる女になるのは大変だよ?」
日奈が様々なポーズを取り始める。そして時に投げキッスをくれる。
モテる女ってそういうことなのか。
「やっぱそうだよね...うん」
「えっ?何々?急にどうしたの?なんで美咲ちゃん急に暗くなっちゃったの?大丈夫?」
「ああ別大丈夫だよ!私いつも元気だよ!今も超元気!」
美咲さんは人差し指で自分の頬を突きながら笑顔を作って見せる。
なんだろう。最近の美咲さんはどこか変だ。なんというかどこか暗い。
だが俺には美咲さんの嘘は分からない。本当に元気なのかもしれないし、それはまだ俺にはわからない。
人の言葉の奥底を読み解くのって、大変なんだな。
俺はそう、実感した。
「元気?じゃあ良かった!やっぱ美咲ちゃんも私の美貌に驚いちゃったんだね」
日奈はいつも元気そうである...いや、違うか。俺が日奈と最初に話したときはあんな感じじゃなかったしな。ていうかクラスの人と話しているときも日奈はあんな感じではない。
人の本当の性格なんて、誰も分からないんだろうな。
それは例え、嘘を見抜けたとしても。
===
「お前の事が...お前の事が..好きなんだ!」
大きなスクリーンの中では、イケメンが白い手紙を持って可愛い女子に桜の木の下で告白している。
ちらっと右隣で一緒に映画を観ている日奈を見る。
スクリーンの光に照らされている日奈の顔の口角が、あり得ない程上がっている。
スクリーンの中のイケメンの唇がどんどん女子の唇に近づいていく。
ふと、こういうキスシーンを美咲さんはどんな顔で観ているのだろうと思い、左に座っている美咲さんの方を見てみる。
その時、こちらを向いていた美咲さんと目が合ってしまう。
スクリーンの光で美咲さんの横顔が照らされる。
数秒間、見つめ合い続ける。ふふっ、と美咲さんが笑う顔が見える。
ふと、急に気恥ずかしくなって俺はスクリーンに視線を戻した。
スクリーンの中では、熱愛なキスを演じていた。
日奈が俺の足をだんだんと踏み始める。
何事かと思い、右を観てみると手で口を覆いながら耳を赤くしていた。
多分テンションが上がっているのだろう。
だからと言って足踏むのは勘弁してほしい。
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「いやぁ面白かったね。私キュンキュンしちゃったよ」
「おいそれよりも俺の足踏んでただろ!いてぇよ」
「そんなに怒らないでよぉ。大丈夫!私軽いから!」
一体どこが大丈夫なのだろうか。
「私もあんな恋愛したいなぁ」
「俺もしたいなぁ」
「夢見ちゃだめだよ」
「おいそんなこと言うな」
「美咲ちゃんはどう?したくない?あんな恋愛」
「私もしたいけど...無理かなぁ。それに比べて二人はいけるんじゃない?似合ってるよ」
「似合ってる?どういうこと?...あーっ、やっぱ私ぐらいの美少女となるとどんな男もイチコロだからなぁ」
日奈がさっ、と髪をかきあげる。
「そ、そうだよね...やっぱ私なんかより日奈ちゃんの方が良かったよね...」
「ん?急にどうしたの美咲ちゃん」
「だから...私なんか居ても邪魔ですよね...はは...私思い上がっちゃってました」
「え、ちょっとほんとにどうしたの」
「私、帰ります」
そう言って美咲さんは小走りで走り去っていく。
「ま...待って」
俺の言葉は、美咲さんの耳に届かなかった。
俺は全てを理解した。