ここ最近で一つ、文芸部でおかしい事が起こっている。
別に心霊現象とか、そういう類じゃない。
ただ、ある部員の様子がここ最近おかしいのだ。
「日奈、チョコ食べるか?これお高いやつだぞ。六つしかないから大事に食べろよ」
「いらない」
体育座りした日奈に差し出したチョコが手で払われ、地面に落ちる。
あぁ俺のお高いチョコが。俺はさっと拾う。三秒ルールで多分セーフだ。
そう、最近日奈の様子がおかしいのだ。
普段の文芸部は日奈と誠一の二人のせいで...いやおかげというべきか。そのおかげで元気には溢れていた。
だが、そんな毎日元気そうな日奈がここ最近、暗いのだ。
それのせいか分からないが、誠一も最近張り合いが無くなってきたのか、元気がない。
別に俺は暗い日奈を見るのが初めてというわけじゃない。
だが、文芸部に入ってから日奈にそういう様子は無かったし、色々と聞いてみたが別に前のような事が起きたというわけでもないというのは俺の能力で確認も出来ている。
じゃあ一体何が原因なのだろうか。
どんだけ考えても答えは出てこない。
こうなってくると、日奈に聞くしかないのだが、日奈は本当のことを教えてくれない。
「なぁ、なんかあったのか?そうだな。例えば好きな人に彼女が居た!みたいな?」
「違う...あぁ私なんて...私なんて...うぅ...」
急に日奈は太ももに顔を埋め始めると、泣き始める。
かなり重症だ。
早く手を打ってあげたいが、原因が分からない限り手の打ちようがない。
「ほら、誠一の検索履歴でも見るか?」
「見...いらない...」
やった!ちょっと興味持ったぞ。
「おいぜってぇ見せねぇぞ!ていうかどうやって俺のスマホのパスワード突破したんだよ」
「なんか適当にやったら開いちゃった」
「適当にやって開いてたまるか」
だが、これで無理なら俺に打てる手はもうない。
「なぁ誠一、お前はなんかないのか?日奈が元気出そうなもの」
「う~~ん。そうだな」
誠一は顎に手を当て、しばらく考え、あっと何か閃いたかのか、日奈に駆け寄っていく。
「そう言えば合宿の時にやった何でもお願い聞くってやつ、あれまだ日奈の聞いてなかったよな。俺何でも聞くぞ?」
「じゃあ町でも走ってきて」
「なんか扱い雑じゃね?」
そうは言いながらも、誠一は部室から出ていった。
あ、ほんとに走りに行くんだ。
「それにしても困ったねぇ。日奈ちゃんが元気ないなんて珍しいしねぇ」
流石の由美先輩も困り顔である。
「健吾君、なんか心当たりないのぉ?」
心当たりと言われても、特にピンと来るものはない。
だが、こうなったら数撃ちゃ当たる戦法だ。
「なぁ日奈、もしかしてこの前の俺と美咲さんが抜け出した時のことか?」
「違う」
「じゃああれか?お気に入りの店が潰れたとか?」
「違う」
「じゃああれか?推しが結婚したとかか?」
「違う」
「じゃああれか?弟と喧嘩したとかか?」
俺がそう言った瞬間、ビクンッと日奈の身体が反応する。
ちらっと日奈の顔が起き上がり、俺の顔を見てからもう一度顔を埋める。
そして妙な間が開いた後に。
「ち、違う...」
と小さく日奈が言った。
これだ。確実にこれだ。
「俺も妹が居るから分かるんだが...あれだ。家族の喧嘩なんてどうせすぐ仲直りするし、大丈夫だ」
「ほ、ホント?本当に仲直り出来るかな?」
日奈が信じられない早さで椅子から立ち上がり、こちらに飛び込んでくる。
「うん、まぁ相当なことがない限り出来るんじゃないか?」
「相当なことが会ったら仲直り出来ないんだ...うぅ」
日奈がもう一度椅子の上に体育座りで座り、顔を埋めて泣いてしまった。
失敗した。と心の中で反省する。
「まぁ話なら聞いてやるし、なんなら俺に出来ることならなんでも協力するしさ。ほら、何があったんだ?」
「それが...分からないんだよぉ。私が何話しかけても答えてくれなくて...ついに喋ったらお姉ちゃん嫌い!とだけ言われて...うぅ。ゆう君が居なかったら私...うぅ」
とりあえず、弟の名前はゆうくんというらしい。
そして俺は一つ、気になったことを聞いてみる。
「もしかして、日奈ってブラコン?」
===
「はいはいブラコンで悪かったですね。私なんてゆう君居なかったら死んじゃいますよーだ」
「まぁ別にブラコンでも良いんじゃないか。他にもそういう人いっぱい居るって」
「そうかなぁ。やっぱみんな弟は可愛いよねぇ。天使みたいだよねぇ。でもみんな私のゆう君には敵わないかなぁ。私のゆう君は世界一だからなぁ」
これ...恐らく重症だ。だがまぁ、本人が幸せそうなのでいいだろう。
ちらっと見た日奈の顔の目には、ハートマークが浮かんでいるように見えた。
「それにしても...俺のこの恰好なんだ?くっそ暑いんだが」
今俺は、今テレビで流行っているらしいヒーローの格好をさせられていた。
ちなみに仮面やら衣装やら諸々公式から販売されていた。用意周到である。
だが、この衣装には一つ、最大の弱点があった。
それは...熱が滅茶苦茶籠ってくっそ暑いことだ。
一番暑い時期は過ぎたものの、まだ九月である。今だって恐らく三十度ほどあるだろう。
衣装の中は汗でびちゃびちゃである。
それとさっきから道を通る人の視線が痛い。
「最近ゆう君がめっちゃハマってて、それで健吾がその恰好で私が連れてきてあげたってことにしたら仲直りできるかなぁって」
「まぁそれで仲直り出来たら俺は良いけどさ」
それにしても暑い。大丈夫だろか。汗臭くないだろうか。
あのヒーロー汗臭いんだ。って思われたら悲惨である。
俺もだが、何より演じている俳優さんへの被害がデカい。
思いっきり風評被害である。
「着いたよ。今開けるからね。あっあとあんまり喋んないでね。声でバレちゃうから」
日奈はポケットから家の鍵を取り出し、ドアを開ける。
「ゆうくーん。大好きなお姉ちゃんが帰ってきたよー」
日奈が玄関で大声で言うが、返事は返ってこない。
「おかしいなぁ。靴はあるんだけどなぁ」
その時、ガタッと家のどこかで音が鳴った。
「ゆう君居るんだね!」
すんすんと日奈が鼻を動かして匂いを嗅ぎ始める。
「あっ、あそこの部屋!」
日奈は迷いなく廊下の突き当りの右にある部屋を開ける。
犬かあいつ。警察犬顔負けの嗅覚である。
部屋の中から日奈と、しぶしぶと言った様子で嫌な顔をした弟...ゆう君が日奈に手を引っ張られながら出てくる。
目がすげー嫌そうだ。
だが、俺を見た瞬間目が輝き始める。
「えっ...えっ...どうしたの!?何で居るの!?」
日奈の腕を掴みながらだんだんと跳ねている。
「お姉ちゃんがねぇ、連れてきてあげたんだよ~。ね?」
日奈の目にハートマークが浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
俺はとりあえずゆう君に手を振っておく。
ゆう君は元気たっぷりに手を振り返してくれる。
そして日奈の手を振りほどき、こちらに向かって走ってくる。
視界の端に寂しそうにゆう君を見つめる日奈の姿を捉えてしまい、思わず目を背けてしまう。
「ねぇねぇ!あれして欲しい!あれ!」
ゆう君が目を輝かせながらこちらに指を差してくる。
あれって一体どれだ。俺この作品のこと全く分かんねぇぞ。
助けるために日奈にアイコンタクトを送ると、日奈がゆう君の後ろで決めポーズを取り始める。えらく様になっている。
俺は日奈がやっているように見様見真似で決めポーズを取ってみる。
「おぉーー!!!!」
とゆう君が拍手しながら嬉しそうにジャンプし始める。その目は輝いていた。
なんだか良い気分だ。
俺は別に違う今考えたポーズを取ってみる。
決まったとと思い、ちらっとゆう君を見てみるが無表情だ。ゆう君の後ろに立っている日奈の視線も痛い。
よし、余計なことはしないほうがいいな!
「ねぇねぇ、今日はなんで来てくれたの?」
ゆう君が無邪気な笑顔でこちらを眺めてくる。
俺は今俺が出せる限りのイケボで答える。
「それはね、ゆう君がお姉ちゃんと喧嘩してるって聞いて、なんでかなって聞こうと思ったんだ」
ゆう君と俺の間に数秒の沈黙が流れる。
まずい、もしかして声が似てなさ過ぎたか。
「あーそんなことで来てくれたんだ!」
「そんなこと...」
と後ろで日奈の悲しそうな声が聞こえたような気がするが、聞き間違いだと信じたい。
後でアイスかなんか奢ってやるか。
「それはねぇ、お姉ちゃんが僕の次の誕生日プレゼント超期待してくれていいからね!僕が超気に入るやつだよ!って、もし気に入らなかったら私のこと嫌いになってくれてもいいぐらいって言ったの」
あいつ、なんでそんなこと言ったんだ。
「それでね、その誕生日プレゼント...全く好きじゃなかったんだ」
うん...ちょっと待てよ?
その誕生日プレゼントってもしかしてこの前俺が選んだ奴だよな?
まさか去年の誕生日プレゼントの話をしてるはずがないし。
あれ?もしかしてこの喧嘩の原因の一端...俺にある?
俺は重々しい口を開く。
「ゆう君...あのね...そのね...うん」
視界の端に映る日奈の目線が痛い。
原因を知ったせいでお前のせいだぞという目線を感じる。
「その誕生日プレゼント...選んだの俺なんだ」
その瞬間、ゆう君の目が輝き始める。
「つまり、つまり、あの誕生日プレゼント選んでくれたのってファットヒーローってこと!?」
なんだその太ってそうなヒーロー。
「ああ...そうだよ」
「やったーー!!!!あのプレゼント大事にするね!僕の一生の宝物だよ!」
ゆう君がピョンピョンと跳ねて喜び始める。
「良かった。じゃあお姉ちゃんとも仲良くできるね?」
「え...それはちょっと....だってお姉ちゃん最近どこでもべたべたくっついてくるんだもん。僕恥ずかしいから嫌い!」
前で日奈が崩れ落ちる音がした。
「でもファットヒーローはお姉ちゃんと仲良くした方がいいと思うな!だからね?仲直りしよ?」
「うーーん。ファットヒーローがそこまで言うなら、僕仲良くするね!」
果たして、これで良かったのだろうか。