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31話 誠一の推理小説

「いやぁごめんな。付き合ってもらって」


「いいよいいよぉ。私暇だし」


「まぁクレープ奢ってくれるらしいしな」


「私...フルーツ山盛りのやつ」


「あっ俺もそれにしよ」


「じゃあ私もぉ」


「おいそれ一番高いやつじゃねぇか」


「私の知ってる誠一君はこういう時にさっと男前に奢ってくれるカッコいい男子だったんだけどなぁ」


「い、いや?別に嫌がってないっすよ。おっしゃなんでも奢ってやるぜ」


由美先輩がこちらにウインクしてくる。

由美先輩...恐ろしい子。


「それで俺たちは何すれば良いんだ?」


「あぁ、俺が次書くミステリーの参考にしたくてな。でも一人じゃどうにも厳しそうだから手伝いに来てもらったってわけだ」


「私死体役するね!」


「死体役進んでやる人初めて見ましたよ...いやでも、今回の小説は死人無しなんで死体役は大丈夫です」


「おお!じゃあ殺人事件とかじゃないんだね」


「そうっすね」


誠一は手に持っているメモ帳を見ながら答える。


「ネタちゃんとメモ帳にまとめてるなんて、マメだねぇ」


「いや、これは今回のネタのためのメモ帳っていうか...アイディア帳です。もしどっかでネタに出来そうなことを見つけたり思いついたらすぐに書けるようにっていうに。小学生の頃からずっと持ち歩いてますよ」


「それ何冊目なのぉ?」


「もう数えてないですけど、十冊は軽く超えてると思います」


「ミステリーに生きてるねぇ」


「そりゃ、大好きっすから」


誠一が、にひっと笑う。それはそれはもう、良い笑顔だった。


===


「俺はこのままロープ引っ張てればいいのか?」


「うん。それで上手く行くはず」


誠一のトリックの実験は、順調に進んでいた。


「それにしても大がかりだな。本当にこれ書けるのか?」


「まぁ書けるように頑張るよ。時間が許す限りだけどな」


誠一の額には結構な汗が浮かんでいた。

そりゃそうだ。トリックの仕掛けを作るのはかなりの重労働なのだが、ほとんど誠一が用意している。


かなりきついはずなのに、誠一はずっと笑顔のままだ。


「それにしても、前に誠一君が書いたやつと違ってかなり大きなトリックだよねぇ」


「そうっすね。前の奴はどんだけシンプルであっと言わせられるかを第一に考えて書いたんで、今回のは結構違いますね。どっちとも頭パンクしそうになるぐらい考えたけど...ていうか俺のやつ読んだんですか!?」


「まぁ部長だからねぇ」


誠一が顔を覆った。


「どうしたのぉ?」


「いや、自分の小説が知っている人に読まれる気恥ずかしさが襲ってきたんすよ」


「それ分かるぉ」


由美先輩が笑いながら同意する。

ということはつまり、俺のやつも読んだのだろうか。大丈夫だろうか。文章が稚拙すぎて小学生が書いた方がましとか思われてないだろうか。

まぁ、由美先輩はそういう人じゃないか。多分。


「美咲ちゃん。そっちのロープ一気に引っ張ってくれ」


誠一に言われ、俺の壁越しに居る美咲さんが思いっきりロープを引っ張ると、壁に付けていた電気が消えた。


「よっし!成功だ」


「すげぇな。一体これどういう仕組みで消えるんだ?」


「まずこのライトの配線を...」


「待ってくれ誠一、寝不足の俺に小難しい話は理解出来ん。幼稚園児が理解できる範囲で言ってくれ」


「引っ張ったら、電気が消えるっていう仕組みだ」


「なるほど。結局さっぱり分からん」


だがまぁ、かなり複雑なのは間違いない。それを誠一一人で考え上げたというのだから流石だ。


「それにしてもこれ本当にできるかって実験する必要あるのか?書いちゃえば誰も分かんないでしょ」


「まぁそういう人も居るかもしれないが、俺はリアルに書くんならとことんリアルに書きたいんだ」


「はえー。そういうもんなんだな」


俺は誠一の気持ちに感心する。


「よしじゃあ片付けるか」


そう言いながら誠一は後片付けを始める。


今日は、誠一のミステリーへの気持ちを再認識できた一日だった。


「あっ誠一君。クレープ忘れないでねぇ」


椅子に腰かけていた由美先輩の言葉に、誠一は少し苦い顔をした。


===


「全員に...クレープ二枚も...行かれた...」


「誠一君。ごちそうさまでした~」


暗い顔をしている誠一とは正反対に、笑顔で由美先輩が誠一に感謝を述べる。


「受かると良いね。応募するミステリーの賞」


「あぁ受かってほしいぜ。次書くミステリーも、合宿の時に書いたミステリーも、ほんと」


誠一はぐっと拳を握りしめた。

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