「ねぇねぇ、私にもください」
小さい、およそ六歳ほどの女の子が両手を出してねだってくる。
「はい、これね」
「お兄ちゃんありがとー」
そう言ってお菓子を受け取った女の子は親の元に走っていった。
「ふふっ、小っちゃい子って可愛いね」
「そうだね」
黒のとんがり帽子を被り、黒の法衣のようなものを着た魔女のコスプレをしている美咲さんが笑顔で女の子を見送っている。
ちなみに俺はドラキュラのコスプレだ。
「ねぇねぇお姉ちゃんたち、僕にもちょーだい」
また六歳ほどの男の子が足元で俺たちの持っているカゴを眺めている。
「は~い。これね」
「ありがとーお姉ちゃん」
そう言って男の子が走り去っていく。
「やってよかったね」
「そうだね」
なぜ俺たちがこんなことをやっているのかと言うと、それは昨日に遡る。
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「みんなやっぱ子供の笑顔が欲しいよね?」
「急にどうしたんすか由美先輩」
「うちの文芸部、学校のハロウィンのボランティアに選ばれちゃいました!なので明日、子供の笑顔のためにお菓子配りに行きます!だめ?」
「俺は良いっすけど、他のみんなは?」
俺と美咲さんはコクコクと頷く。ちなみに日奈は仕事で休みだ。
「それとコスプレもしてもらうことになりましたぁ!早速着てみよっか」
由美先輩が持っている紙袋から次々と衣装を取り出していく。
「誠一君と健吾君はドラキュラでぇ、私と美咲ちゃんは魔女のコスプレだよぉ」
由美先輩はウキウキで美咲さんを衣装を持って連れて行ってしまった。
そして今に至るというわけだ。
===
「イタッ」
急に後頭部に痛みが走る。
振り返ると明衣が立っていた。
「急に何すんだよ」
「だって兄ちゃん気付かないんだもん」
俺は後頭部をさすりながら明衣を恨めし気に見つめるが、そんな俺の目線に気付いていないのか明衣は嬉しそうにふふっと笑う。
「何しに来たんだよ」
「え?だってお菓子くれるんでしょ?私にもちょーだいよお菓子」
「ばか、これは10歳まで限定だ」
「え~~」
明衣が残念そうにため息を吐く。
「健吾君...嘘は良くないよ。これ誰でもOKだし」
「え!?兄ちゃん嘘ついたの?ひどーい」
「これはな、うん。あれだ。やさしい嘘ってやつだ」
「そんなわけないでしょ」
「はぁしょうがないなぁ」
俺はかごの中をガサゴソと漁り、これだと思った奴を手に取り、明衣に渡す。
「兄ちゃん一番小さいの渡したでしょ!」
「文句言うでない。一人一個だぞ。貰えただけ感謝するんだな」
「けち~。彼女さんもそう思うでしょ?」
「「え!?」」
その明衣の言葉で、思わず俺と美咲さんは驚きの声が漏れてしまう。
「え、何々。なんで急に二人とも驚いたの?」
明衣が不思議そうに俺たちの顔を交互に見る。
「いや....あの...その付き合ってるって...なんで思ったの?」
耳を若干赤くした美咲さんが明衣に聞く。
「いやだって、兄ちゃん祭りの日にほっぺにキスマーク付けて帰ってきたんだもん」
かぁあと美咲さんの顔も耳も真っ赤になる。信じられないのか恥ずかしいのか顔を手で覆っている。
「もしかして...付いちゃってたの?」
「うん。ばっちり。誰がどう見てもキスマークだなぁって感じで」
真っ赤だった美咲さんの顔が、もっと赤くなる。大丈夫だろうか。
「そ...それは...お見苦しいものをお見せしてしまってごめんなさい」
消えそうぐらいのな小さな声で美咲さんが言う。
「まぁ愛の証ってやつじゃない?」
はっはっはっはと明衣が笑う。なんか俺も恥ずかしくなってきた。
「き、消えたい...」
美咲は誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。
「後...私たち...付き合ってないです...」
またしても、消えそうなぐらいの小さない声で美咲さんが訂正する。
「え!?あんなキスマークつけて、おんぶして帰ってきたのに付き合ってないの!?」
「そ...そんな大声で言わないで...」
美咲さんは屈んで顔を覆っている。もう声が泣きそうだ。
「ねぇねぇちなみに彼女さんからキスしたの?」
「は...はい」
手のひらの間から、美咲さんが助けてほしそうに俺に視線を向ける。
「そ、それぐらいに...」
「ねぇねぇ、彼女さんって兄ちゃんのことどう思ってるの?」
「ど...どうって...優しい人だなって...」
「今うちの兄ちゃん空いてるよ!ほら買った買ったって感じ」
「人のことをせール中みたいにいうな」
ちょん、と明衣の頭に小さくチョップをお見舞いする。
「痛いなぁ。何すんのさ兄ちゃん」
「お前が居ると小さい子が来れないだろ?ほら散った散った」
「えぇ~私小さい子から人気だよ?」
「お前いないいないばぁで赤ちゃん泣かしたことあるだろ。ほらあっち行け」
「ちぇ~」
そう言いながらしぶしぶといった様子で明衣は歩いていった。
「元気な妹さんだね」
まだ屈んだままの美咲さんが上目遣いでこちらを見ながら言う。
「まぁな。元気すぎて困るって感じだけど」
「ふふっ、でも健吾君妹さんと話してるとき楽しそうだよ」
「そうか?多分気のせいだぞ」
そんな話をしていると早速少し遠くから小さく女の子が走ってくる。
俺はカゴからお菓子を取る準備をする。
女の子が俺たちの前で止まった。
「ハッピーハロウィーン!」
「「ハッピーハロウィーン」」
女の子の元気な声につられるように、俺たちも元気な声で返す。
「ねぇねぇ、一つ聞いてもいーい?」
女の子は人差し指を唇に当てながら俺たちを上目づかいで見つめている。
「いいよ。どうしたのかな?」
俺は屈んで目線を合わせる。
「お兄ちゃんたちって...カップルってやつなの...?」
「ごほっごほっ」
屈んでいた美咲さんが突然咳き込み始める。
「お姉ちゃんだいじょーぶ?」
「だ、大丈夫だよ。ふふっ」
「そーう?じゃあつまりお兄ちゃんたちはカップルってやつなんだね!」
「ごほっごほっ」
もう一回美咲さんが咳き込み始める。
「カ...カップルじゃないよ...」
「えぇー!!!絶対カップルだと思ったのに。でも絶対好き同士じゃん!私には分かるよ」
「す...好き同士って...」
急激に美咲さんの顔が赤くなっていく。
「別に俺たち好き同士ってわけじゃ....」
「え~~。じゃあお兄ちゃんはお姉ちゃんの事嫌いなの?」
「いや嫌いじゃないけど...」
「じゃあ好きってことじゃん!ほら好きって言って」
女の子は俺の手を引っ張りながら美咲さんを指差す。
果たして俺はどういうべきなのだろうか。恥ずかしがらずに好きと言うべきなのだろうか。そもそも子供が言っていることだ。そこまで深く考えることじゃない。だけど、好きと言うのに妙な恥ずかしさを感じてしまう。
いや、ここで覚悟を決めるんだ。俺。
「す...好き」
「おぉ~~」
女の子は俺を見ながら拍手する。これで良かったのだろうか。
美咲さんが両手で顔を覆ってしまう。
「じゃあ次お姉ちゃんの番だね!」
「え!?」
覆っている手の中から美咲さんが驚きの声を上げる。
「もしかしてお姉ちゃんはお兄ちゃんの事嫌いなの...?お兄ちゃんは好きって言ってくれたのに」
「うっ...」
美咲さんはすーはーと、深呼吸する。そして俺の目を見つめた。
数秒間、俺たちは見つめ合った。
美咲さんの耳が赤くなり始める。
美咲さんの口が開いた。
「す...好きです」
美咲さんの頭の上で湯気が見えるような気がするのは、気のせいだろうか。
「くっかっああぁあっあっあっ」
美咲さんは呻きながら頭を抱えてしまった。
「じゃあ次ちゅーし...」
「こら!お兄ちゃんたち迷惑そうにしてるでしょ。ごめんなさいねぇ。私が目を離した隙に迷惑かけちゃったみたいで...ほら、お兄ちゃんたちにごめんなさいして」
「ごめんなさい」
「いやいや大丈夫ですよ」
女の子の母親らしき人が、女の子の手を引っ張りながら去っていく。
女の子がこちらに向かって手を振ってきたので、俺も手を振り返す。
ちらっと美咲さんを見てみると、まだ屈んだまま頭を抱えていた。
「実はもう一回言ってくれたりしない?」
「掘り返さないで~」
美咲さんが恥ずかしそうに太ももに顔を埋めた。
俺はさっきの美咲さんの言葉を頭の中で反芻する。
「す...好きです」
自然と頬がゆるんでしまう。
俺は女の子に、感謝すべきなのかもしれない。