ごくり...と皆が唾を飲む。
皆の視線は由美先輩のノートパソコンの画面に釘付けになっていた。
「みんな心の準備は良い?開いちゃうよぉ?」
クリックしようとした由美先輩に誠一は慌てて制止をかける。
俺たち文芸部員は、夏休み終わりに出したミステリー賞の結果発表を確認しようとしていた。
そんな甘い話はないと分かっているのだが、夏休みに頑張って書いたので、心のどこかで受かっていることを願う。
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ心の準備が」
「まぁまぁ誠一、落ちても次があるわよ」
「日奈なんでお前は俺が落ちる前提なんだよ」
「みんな受かってるといいねぇ」
「俺この賞出すの5回目なんですよ。そろそろ受かってほしい!頼む!」
誠一は画面に向かって手を組む。
「誠一君小学生のころからミステリー書いてたし、そろそろ受かっても良いんじゃな~い?」
由美先輩はカチッとマウスをクリックした。
画面が更新されていき、文字がどんどん現れていく。
俺たちは、それを息を呑んで見ていた。
タイトルと作者名が表示される。
受賞者は、合計で四人だ。
その四人の中の一つに、文芸部員の名前があった。
「えっええっえっええええええええええええぇぇぇぇぇ!?」
名前のあった人物は、信じられないと言った様子であたふたしている。
【人じゃない犯人】
そのタイトルの下には、作者名が書かれている。
【作者 パルマ日奈】
そう、日奈が受かったのだ。
「日奈ちゃん凄ーい。おめでと~」
ぱちぱちと、由美先輩が拍手する。
「マジで凄いな!」
「先越されちゃったなぁ。でも初めてで受賞ってまじですげぇよ」
「おめでと~」
各々が日奈に言葉をかける。
「ま、まぁ?私だし?私天才だし?当然よ!」
さっきの慌てようからは想像できないほど、日奈は胸を這って誇らしげに立っている。
「賞金は何に使うのぉ?」
タイトルの下には、賞金50万と書かれている。
50万...高校生には大きすぎる金額だ。
まぁ日奈は仕事でかなり貰ってそうだが。
「う~ん。まずゆう君....弟に筆箱買ってあげて、その後ゆう君が好きな寿司も奢ってあげて、う~んその後に...」
「今思ったけど日奈ってブラコンだよな」
「あったり前でしょ。ゆう君が世界で、いや宇宙で一番可愛いんだから!他の子だったら絶対にブラコンになってないわ」
いや、多分なってると思う。
「あとしょうがないから、みんなに何か奢るわ!」
===
「うっぷ、なんか出てきそう...」
「誠一食べ過ぎよ!あんた奢りって言われたら滅茶苦茶食べるタイプでしょ!?」
「よ、よくわかったな。ごちそうさん」
「分かったわ!あんた絶対モテないでしょ!」
「お、お前言ってはいけないことを...うっぷ」
誠一は食べ過ぎで電柱にもたれかかっている。
「美咲ちゃんを見習ってほしいわ」
「わ、私のはただ小食なだけだから...」
「ごちそうさま~。ありがとね日奈ちゃん。まさか後輩に奢ってもらう日が来るとは思わなかったよ~」
ここだけの話だが、実は由美先輩もなかなか大食いである。
「ありがとな日奈」
「いいよいいよ~。それに健吾もあんま食べてないし。だからひょろがりって呼ばれるのよ」
「俺そんな風に呼ばれてたの!?」
心外である。
===
俺と誠一と美咲さんはは近くのファミレスに来ていた。ちなみに由美先輩も誘ったのだが、残念ながら用事があるということで来れなかった。
「あれ?夕飯なのにあんま食べないのか?」
「ああ...昨日のがまだ腹に残ってる...」
「お前一体どれだけ食べたんだよ...」
「ええっ...」
ここまで来ると呆れを通り越して尊敬の念まで覚えてしまう。隣に座っている美咲さんも少し驚きの表情を見せている。
「で、なんなんだ。話って」
「いや別にそんな大事な話じゃないんだけどさ」
その誠一の言葉に少しの嘘を感じる。俺は少し身構える。
誠一の表情も、その言葉とは反対に暗い。
嘘に気づいていない美咲さんは美味しそうにメロンソーダをストローで吸っていた。
よっぽど好きなのか、届いてからまだ一分も届いていないのにもう残り半分だ。
誠一が口を開く。
「俺、ミステリー書くの辞めようと思うんだ。だからお前たちに手伝ってもらった奴も出せない。ごめん!」
誠一は両手を合わせて俺たちに頭を下げる。
俺は一瞬、理解が出来なかった。
俺は誠一がミステリーを読むのが大好きなのを知っている。書くのも大好きなのも知っている。
小さいころから大好きなことを、知っている。
一瞬嘘かと思ったが、誠一の言葉には嘘は感じられなかった。
「ど、どうかしたの?」
困惑した様子で美咲さんが尋ねる。
「いや、そんな別に何かあったとかそういうわけじゃないんだ。ただ、ミステリー書くのも読むのも飽きちゃって、このまま書いてもしょうがないかなぁって感じだしさ。だから、ごめん!せっかく手伝ってもらったのに」
「いやいや、それは気にしてもらわなくていいよ。私たちクレープ奢ってもらったしね。健吾君もそう思うでしょ?」
「あっ、ああ...」
俺は口では返事をしたが、頭の中は違うことで一杯だった。
さっきの誠一の言葉には、大きな嘘が含まれている。
誠一は、ミステリーに飽きちゃなんかいない。
「ご注文のハンバーグセットとグラタンです」
商品を店員さんが俺たちの前に並べていく。
「ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」
「あっはい」
「それではごゆっくり」
一つお辞儀をして店員さんが奥に歩いていく。
「じゃあ食べよっか。美咲ちゃんは本当に何も食べないの?」
「はい...私あんまりお腹空いてなくて...」
「そっかぁ」
そう言って、誠一はグラタンを食べ進めていく。
俺も一応ハンバーグに手をつける。
だが、頭では別のことを考えていた。
誠一はなぜ嘘を吐いたのだろうか。それで頭がいっぱいだ。
「なぁ誠一、なんで途中で書くのやめちゃったんだ?自信作って言ってたじゃないか。最後まで書けば賞取れるかもしれないのに」
「う~~ん。まぁこれからミステリー書かないのに賞と目指してもしょうがないかなぁって言うのと」
誠一はゴクンとグラタンを飲み込んでから言葉を続けた。
「なんか、ミステリー書くの嫌いになっちゃったんだよね」
俺はその誠一の嘘を、見過ごすことは出来なかった。