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33話 結果

ごくり...と皆が唾を飲む。

皆の視線は由美先輩のノートパソコンの画面に釘付けになっていた。


「みんな心の準備は良い?開いちゃうよぉ?」


クリックしようとした由美先輩に誠一は慌てて制止をかける。


俺たち文芸部員は、夏休み終わりに出したミステリー賞の結果発表を確認しようとしていた。


そんな甘い話はないと分かっているのだが、夏休みに頑張って書いたので、心のどこかで受かっていることを願う。


「ちょ、ちょっと待ってください。まだ心の準備が」


「まぁまぁ誠一、落ちても次があるわよ」


「日奈なんでお前は俺が落ちる前提なんだよ」


「みんな受かってるといいねぇ」


「俺この賞出すの5回目なんですよ。そろそろ受かってほしい!頼む!」


誠一は画面に向かって手を組む。


「誠一君小学生のころからミステリー書いてたし、そろそろ受かっても良いんじゃな~い?」


由美先輩はカチッとマウスをクリックした。

画面が更新されていき、文字がどんどん現れていく。


俺たちは、それを息を呑んで見ていた。


タイトルと作者名が表示される。

受賞者は、合計で四人だ。


その四人の中の一つに、文芸部員の名前があった。


「えっええっえっええええええええええええぇぇぇぇぇ!?」


名前のあった人物は、信じられないと言った様子であたふたしている。


【人じゃない犯人】


そのタイトルの下には、作者名が書かれている。


【作者 パルマ日奈】


そう、日奈が受かったのだ。


「日奈ちゃん凄ーい。おめでと~」


ぱちぱちと、由美先輩が拍手する。


「マジで凄いな!」


「先越されちゃったなぁ。でも初めてで受賞ってまじですげぇよ」


「おめでと~」


各々が日奈に言葉をかける。


「ま、まぁ?私だし?私天才だし?当然よ!」


さっきの慌てようからは想像できないほど、日奈は胸を這って誇らしげに立っている。


「賞金は何に使うのぉ?」


タイトルの下には、賞金50万と書かれている。

50万...高校生には大きすぎる金額だ。


まぁ日奈は仕事でかなり貰ってそうだが。


「う~ん。まずゆう君....弟に筆箱買ってあげて、その後ゆう君が好きな寿司も奢ってあげて、う~んその後に...」


「今思ったけど日奈ってブラコンだよな」


「あったり前でしょ。ゆう君が世界で、いや宇宙で一番可愛いんだから!他の子だったら絶対にブラコンになってないわ」


いや、多分なってると思う。


「あとしょうがないから、みんなに何か奢るわ!」


===


「うっぷ、なんか出てきそう...」


「誠一食べ過ぎよ!あんた奢りって言われたら滅茶苦茶食べるタイプでしょ!?」


「よ、よくわかったな。ごちそうさん」


「分かったわ!あんた絶対モテないでしょ!」


「お、お前言ってはいけないことを...うっぷ」


誠一は食べ過ぎで電柱にもたれかかっている。


「美咲ちゃんを見習ってほしいわ」


「わ、私のはただ小食なだけだから...」


「ごちそうさま~。ありがとね日奈ちゃん。まさか後輩に奢ってもらう日が来るとは思わなかったよ~」


ここだけの話だが、実は由美先輩もなかなか大食いである。


「ありがとな日奈」


「いいよいいよ~。それに健吾もあんま食べてないし。だからひょろがりって呼ばれるのよ」


「俺そんな風に呼ばれてたの!?」


心外である。


===


俺と誠一と美咲さんはは近くのファミレスに来ていた。ちなみに由美先輩も誘ったのだが、残念ながら用事があるということで来れなかった。


「あれ?夕飯なのにあんま食べないのか?」


「ああ...昨日のがまだ腹に残ってる...」


「お前一体どれだけ食べたんだよ...」


「ええっ...」


ここまで来ると呆れを通り越して尊敬の念まで覚えてしまう。隣に座っている美咲さんも少し驚きの表情を見せている。


「で、なんなんだ。話って」


「いや別にそんな大事な話じゃないんだけどさ」


その誠一の言葉に少しの嘘を感じる。俺は少し身構える。

誠一の表情も、その言葉とは反対に暗い。


嘘に気づいていない美咲さんは美味しそうにメロンソーダをストローで吸っていた。

よっぽど好きなのか、届いてからまだ一分も届いていないのにもう残り半分だ。


誠一が口を開く。


「俺、ミステリー書くの辞めようと思うんだ。だからお前たちに手伝ってもらった奴も出せない。ごめん!」


誠一は両手を合わせて俺たちに頭を下げる。


俺は一瞬、理解が出来なかった。

俺は誠一がミステリーを読むのが大好きなのを知っている。書くのも大好きなのも知っている。


小さいころから大好きなことを、知っている。

一瞬嘘かと思ったが、誠一の言葉には嘘は感じられなかった。


「ど、どうかしたの?」


困惑した様子で美咲さんが尋ねる。


「いや、そんな別に何かあったとかそういうわけじゃないんだ。ただ、ミステリー書くのも読むのも飽きちゃって、このまま書いてもしょうがないかなぁって感じだしさ。だから、ごめん!せっかく手伝ってもらったのに」


「いやいや、それは気にしてもらわなくていいよ。私たちクレープ奢ってもらったしね。健吾君もそう思うでしょ?」


「あっ、ああ...」


俺は口では返事をしたが、頭の中は違うことで一杯だった。


さっきの誠一の言葉には、大きな嘘が含まれている。

誠一は、ミステリーに飽きちゃなんかいない。


「ご注文のハンバーグセットとグラタンです」


商品を店員さんが俺たちの前に並べていく。


「ご注文はこれでよろしかったでしょうか?」


「あっはい」


「それではごゆっくり」


一つお辞儀をして店員さんが奥に歩いていく。


「じゃあ食べよっか。美咲ちゃんは本当に何も食べないの?」


「はい...私あんまりお腹空いてなくて...」


「そっかぁ」


そう言って、誠一はグラタンを食べ進めていく。


俺も一応ハンバーグに手をつける。

だが、頭では別のことを考えていた。


誠一はなぜ嘘を吐いたのだろうか。それで頭がいっぱいだ。


「なぁ誠一、なんで途中で書くのやめちゃったんだ?自信作って言ってたじゃないか。最後まで書けば賞取れるかもしれないのに」


「う~~ん。まぁこれからミステリー書かないのに賞と目指してもしょうがないかなぁって言うのと」


誠一はゴクンとグラタンを飲み込んでから言葉を続けた。


「なんか、ミステリー書くの嫌いになっちゃったんだよね」


俺はその誠一の嘘を、見過ごすことは出来なかった。

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