「おいなんで嘘つくんだよ」
「え?」
誠一と美咲さんが驚いた顔をする。
そりゃそうだ。美咲さんは嘘だと思ってないし、誠一も見破られるなんて思ってもないのだから。だが、関係なかった。
「だから、なんで嘘つくんだよ」
「な、何言ってんだよ健吾。俺は一言も嘘なんて」
「それが嘘じゃないか」
俺は一つ、息を吸う。
「なんで自分が好きなものを飽きたなんて言うんだよ。なんで自分が好きなものを嫌いになったなんて言えるんだよ」
俺は誠一の目を見る。
見つめられた誠一は、すぐに違うところに視線を変えた。
「なんでそれが嘘だって」
「分かるよ...だってお前、ミステリー大好きじゃん」
多分俺は、この能力が無くてもこの誠一の嘘を見破ることができただろう。確証はないが、そう信じられる。
「好きなものが嫌いになるなんて、結構ある事だろ」
「じゃあなんで...お前はメモ帳まだ持ってきてんだよ」
誠一のカバンの中には、誠一のミステリー小説執筆を手伝ったときに教えてくれた誠一がいつも持ち歩いているらしいアイディアを書き留めるためのメモ帳が入っていた。
「はは、昔から健吾って何でも見抜くよな」
はぁ...と誠一が小さくため息を吐く。
「なんかそういう能力でも持ってるのか」
ぎくっと、身体が跳ねてしまう。
数秒間、無言の時間が流れる。
「まぁそんなわけないよな」
ははっと誠一が笑う。俺もははっととりあえず笑っておいた。
「俺さ...多分才能ないんだよ。ミステリーの仕掛けもどんだけ考えても全く思いつかないなんて日常茶飯事だし。そしてこれだって思って滅茶苦茶練って書いたやつも賞通過しないし...それだけならまだしも、ミステリー読んだことなくて小説書いたことない日奈が通過してるの見て、やっぱ才能なのかなって思っちゃったんだよね」
「で、でも...ミステリー書くのが好きなら、書き続けちゃダメなのかな...例え通らなくても楽しかったらそれで」
「俺はみんながあっと驚くミステリーを書きたいんだ。たくさんの人があっと言うぐらいの。俺いつも書きながら想像するんだ。このトリック、この展開だったら驚いてくれるんじゃないかとか、驚いてる読者の顔を想像するんだ。でも、賞を通過しないんじゃ、読んでもらえないんじゃ、意味ない」
「でも、楽しいならそれで...」
「美咲ちゃんありがとうね。でも、それは俺にとって意味がないように感じてしまうんだ」
誠一が、俯く。
「なんで才能ないって決めつけて諦めるんだよ」
「え?」
俺の口から、言葉が自然と出ていた。
「なんで好きなのに書くのやめようとするんだよ」
「だから、それはさっき言って...」
「お前の書くのが好きっていうのも、才能の一つなんじゃないか?」
「え?」
「俺さ、こんなこと言うのもあれだけど。自分のミステリー書いてるときあんまり楽しくなかったんだ。全然トリックも思いつかないし、思いついていも客観的見ても自分で見てもあんまりだなぁって思うし、でも期限は迫ってくるから書き上げないといけないしで、全然楽しくなかったんだよ」
「な、何が言いたいんだ?」
「いくらトリックを思いつく奴がいても、書くのが好きじゃなかったら書かないしさ。
そもそも、俺は誠一にミステリーの才能がないなんて思ったことは無い」
「え?」
「俺が読んだ誠一のトリックは、あっと言うものだったし、読みやすい文体でスラスラ読めるし、表現も豊かだし、小説家を目指してる誠一からしたら当たり前のことなのかもしれないけどさ。何も書いたことない俺からしたら技術の結晶って感じがするよ。誠一の文。
トリックだって、俺は他の奴に負けてないと思ってる」
俺は、一度息を吸う。
「誠一はミステリーが好きと言う才能があって、そのために努力できるっていう才能もある。それに、俺から見たらトリックも作りこまれてるし、ストーリーも良いと思うんだ。だからさ....そう自分を卑下すんなよ。まだ諦めんなよ」
「私も!誠一君のやつ面白いって思った!」
ずずずと、誠一がコップのジュースをストローで吸う。
「なぁなぁなぁ、もう一回言ってくれないか?」
「え?何を?」
「だーかーら、さっきのあれ。面白いってやつ。もう一回言ってくれね?」
「誠一の小説、俺は好きだぞ」
「誠一君の小説、面白いって思ったよ」
「く~~」
そう言葉を洩らしながら、誠一は身体を震わせた。
一体何が起きているのだろうか。
「俺、もう一回書くわ!ミステリー」
「お、おう...それは良かった」
「俺やっぱミステリー大好きだしな。次こそは賞通過するだろ!うんうん」
誠一は満足気に腕を組んで頷く。
「いや~、やっぱ俺天才だからなぁ。才能あるからなぁ」
なんかうざくなってないか?
そう思ったが、まぁ元気が出て何よりである。
ちなみに、俺のハンバーグセットは冷めていた。