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36話 クリスマス

「「「「メリークリスマース」」」」


ぱぱんっと俺たちの掛け声と同時にクラッカーが発射される。


仕事の日奈を除いた俺たち文芸部員は、由美先輩の部屋にお邪魔していた。


「それにしても由美先輩の部屋...大きいっすね」


「そうかなぁ」


俺は部屋を見渡す。明らかにでかい。部屋の中に四人居るというのに、一ミリも狭さを感じさせない。


そして何というか、シンプルだ。俺の由美先輩のイメージだともっとごちゃごちゃしているイメージなのだが、必要なものしかないといった感じで、物が少ない。

そしてもう少し意外なのが、ベッドの上に可愛らしいクマのぬいぐるみが置いてあるところだ。由美先輩ああいうの好きなんだな。


「今健吾君思ったより物少ないなとか思ったでしょぉ?」


「げっ、なんで分かったんすか」


「ふふっ、なんたって私は部長だからねぇ」


部長になるとそんなことも分かるのか。驚きの事実である。


「だけどまぁ、健吾君の予想は当たってるよぉ」


そう言いながら由美先輩は立ち上がり、クローゼットに近寄っていく。

そして勢いよくクローゼットを開けた。


「じゃじゃーん。ここにいっぱい隠してありまーす」


「うえっ」


「今うえっって言ったのだれー?」


そのクローゼットの中には、大量のものが押し込まれていた。

俺の由美先輩へのイメージは間違っていなかったらしい。


「んっ...んっ...あれ?なかなか閉まらないなぁ」


由美先輩がクローゼットを閉めるために格闘している。

それほどまでに詰まっているのか、あそこに。


「由美先輩、俺手伝いますよ」


「おぉ助かるねぇ誠一君」


誠一も力いっぱいにクローゼットを閉めようとするが、なかなか閉まらない。


「うん。先輩。捨てましょう」


「酷いよぉ誠一君。ここには私のお宝しか詰まってないのにぃ」


「じゃあこれは何なんですか?」


誠一がクローゼットの中からペットボトルを取り出す。

由美先輩は慌てて目を逸らした。


「へへ...それはその....期間限定のラベルだったから...」


「これ十年前からずっと一緒すよ」


「もう十年経ったら変わるかもじゃん?」


「確かにそうっすね....じゃあ捨てましょうか」


由美先輩はバツが悪そうな顔でそっぽ向いている。

そんな由美先輩とは正反対に、誠一の顔はなぜか笑顔だ。その笑顔が今は怖い。


前言撤回しよう。由美先輩の部屋は、俺が思っている以上に物が多かった。


===


「まぁ、気を取り直してクリスマスパーティーしよっかぁ」


あのクローゼットは後で片付けるという誠一との約束で、みんなで思いっきり閉じてやった閉まった。


「なんか誠一君お母さんみたいだったよぉ...あぁそんな顔で見ないでぇ」


誠一は真顔で由美先輩とクローゼット交互に見つめ続けている。


「ほらっ、ケーキ切っちゃうよ?誠一君も一旦クローゼットのことを忘れよ?ね?」


「まぁ後で片付けさせてくれるらしいんでいいっすけど」


「それにしても誠一君がきれい好きなの...何というか意外だった...」


「分かるぅ美咲ちゃん。誠一君何て一番部屋汚いイメージあったよねぇ」


「確かに」


「おいお前ら俺のことなんだと思ってるんだよ」


「「「お母さん」」」


「なんで!?」


そんなことを言いつつも、由美先輩は器用にケーキを切り分けていく。


「それにしても由美先輩、包丁上手ですね」


「そうかなぁ?妹たちのご飯私作るから、それのおかげかなぁ」


「え?由美先輩妹さんたち居るんですか?」


「あれぇ?みんなに言ったことなかったっけ?」


由美先輩がみんなを見渡す。全員が首を横に振る。


「居るよぉ。妹が一人と、弟が一人。どっちとも小学二年生だよぉ。もう可愛くって可愛くって」


何だか日奈と同じ匂いを感じるような気がするが、気のせいだろうか。


===


俺たちは外に出ていた。


「流石に冷えるねぇ」


由美先輩が手にはぁと温かい息を吐きながら言う。由美先輩の吐いた息は白い。

空には雪が降っていた。


「雪だぁ。雪ミルの私久しぶりかも」


「僕も雪見るのは久しぶりだなぁ」


俺と美咲さんは空を見つめる。

ちらっと見た美咲さんの頭とまつ毛に、少しの雪が積もっていた。


「美咲、それ冷えないの?耳真っ赤だよ」


美咲さんは白のコートを羽織っているが、帽子も何も被っておらず、少し寒そうだ。


「それいうなら健吾君もででしょ。健吾君も耳真っ赤だよ」


ふふっと美咲さんが笑う。


「じゃあさ、温め合おうよ」


「え。どういうふうに?」


「こういうふうに」


そう言いながら、美咲さんは俺の両耳を両手で包む。


「ちょっとは温かい?」


耳を閉ざされているせいで少し聞こえにくいが、美咲さんの声が聞こえ、俺は頷く。


「そっか。なら良かった。私もして欲しいなぁ」


「え?」


「え?じゃなくて私も、耳冷たいなぁ。あぁ冷えすぎて痛いかもぉ」


美咲さんが目を瞑る。これはあれだろうか。俺も耳を温めればいいのだろうか。


俺は恐る恐る両手で美咲さんの両耳を包む。


「健吾君の手、冷たいや」


「ご、ごめん」


「でも、ちょっとは温かいかも」


ふふっと、美咲さんが笑う。

その時、俺は視界の端でとあるものを捉えた。


じっと、こちらを見つめている誠一と由美先輩である。


ちょっとずつこちらに近づいてきて、笑顔で言う。


「ラブラブの所申し訳ないんだけどぉ、イルミネーションそろそろ観に行こっかぁ」


「健吾...もしかしてお前たちもう付き合ったのか?」


俺は気恥ずかしくなる。美咲さんを見ると、先ほどより顔が赤くなっていた。


俺たちは、二人の目が見れなかった。


===


俺は誠一にとある相談を受けていた。


「俺は今度のクリスマス....」


ごくり、と誠一が唾を飲む。


その視線は凄く真剣だ。

誠一の口が開く。


「俺は、由美先輩に告白する!」


それはもう、力強い宣言だった。


「それ...本当か?」


「あぁ本当も本当。ガチのマジだぜ」


ガチのマジって、なんか語呂良いな。ふと、そんなことを思ってしまう。


「だから、健吾には一つ手伝ってほしいことがあるんだ。協力してくれるか?ちなみに金欠だから何も出せん」


誠一が俺に手を合わせて頭を下げる。


「まぁ俺が出来ることなら手伝うけどさ」


「ほんとか!?じゃあ、俺たちクリスマスの日にイルミネーションを観に行くだろ?その最後で健吾と美咲ちゃんは俺たちと離れて俺と由美先輩の二人きりにして欲しいんだ」


「なんだ。そんなことでいいのか?」


「ああ、それだけで十分だ。後は俺の勇気で告白して見せる」


その真剣な誠一の視線からは”漢”が感じられた。

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