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39話 美咲の中学時代

「じゃあ隣の人とこの内容について話し合ってみようか」


前に立っている先生がそう合図をかけて、みんな一斉に話始める。


私はこの時間が、嫌いだった。


「美咲ちゃんは、どう思う?」


隣の席の女の子、藤野ちゃんが話しかけてくる。


「えっと...その...えっと...私は...これだと思う...」


「ごめん、もう一回言ってもらっていいかな」


「えっと...これだと思う」


「あー!それね。うん。私もそう思うよ」


藤野ちゃんは私に気を遣うように、小さく笑う。


私は、人と話すのが苦手だった。

まぁ正確に言うと家族や幼稚園からの友達の一人だけは話せる。


別に話すのが楽しくないわけじゃない。どちらかと言えば楽しい。

家ではおしゃべりになってしまうほどに。

だけど、こういうクラスメートと話す時、言葉が上手く出てこない。


何を話せばいいか分からないし、何か話して変な風に思われるのも嫌だし、どんな風に思われているか考えるのも嫌だ。


だけど別に、特別これを変えたいとも思わなかった。交友関係はこのままでいいと思っているし、新しい人と知り合いたいとも思っていなかった。


===


「ちゃんと返しなさいよ!」


そう、怒鳴り声が飛んでくる。私は思わず耳を塞いだ。


「わ...私じゃないよ」


「美咲ちゃん以外に誰がするのよ」


「そ...それは...長野ちゃんじゃないかな...私長野ちゃんがロッカー開けてるの見たよ...」


「え?私疑うっていうの?ほんとあり得ないんだけど。私じゃないし。私ロッカーに触ったことすらないし。そもそも私美咲ちゃんに任せてたよね?」


「うん。そもそも私美咲ちゃんがロッカー開けてるの見たよ」


「それはだから集金したお金を入れるためで」


「それ以外の時にも開けたんでしょ?」


「開けてないよ....」


「美咲ちゃんがお金盗ったんでしょ?なんで嘘つくの」


「嘘....じゃないよ」


私は今、クラスの文化祭のために使う集金を盗ったという疑いでクラスメイトの五人に問い詰められていた。その中には、藤野ちゃんも居た。


その金額は五万円、かなりの金額だ。


私はなにもしてないの、なんでこんなことになっちゃったんだろう。

そんな考えが、私の脳内を支配していた。


私がそう考えている間にも五人からは言葉は飛んでくるし、廊下から人が集まってくる。

私は怒鳴られるのも超苦手だし、いろんな人に見られるのも超がつくほど苦手だ。


こんな状況がずっと続くなら、いっそのこと認めちゃった方が楽なんじゃないか。

そんな考えが、私の頭に浮かぶ。


認めちゃって謝れば、こんな状況が終わるんじゃないか。

そんなことを考える。


そうだ、認めちゃえば....

ぽとっと、地面に私の涙が落ちた。


「わ、私が...」


その時、私の後ろで声がした。

「何で自分の友達が嘘ついてるって考えないんだよ」


私は振り返る。

そこには一人の男子が立っていた。見たことがないので恐らく違うクラスの人だろう。


「え?だれだれ?」


「あ、あれだよ。あの探偵気取りの奴」


「あーあいつね」


前の藤野ちゃんたちが一瞬驚いた表情を見せた後、少しざわめき始める。


だがそのざわめきも一瞬で、長野ちゃんは新たに出てきた男子に突っかかりに行く。


「急に出てきて何?私が見たって言ってるんだからやってるでしょ」


「でもあなた以外見てないんでしょ?」


「そりゃそうだけど...」


「じゃああなたが嘘ついてる可能性もあるわけで」


「そんなの考えたらきりないじゃない」


「そう、キリがないんですよ」


長野ちゃんと男子で押し問答が始まる。

私は少しほっとしていた。注目が私からあの男子にずれたからだ。


その時、男子が人差し指を立てた。


「だから、ここで一つ。俺に提案があるんですけど」


「何よ」


「警察に相談したら良いんじゃないですか?別にこれ盗難なんだし」


「盗難って...警察に相談するほどでもないでしょ」


「相談するほどですよ。いくら盗まれたんですか?」


「...五万」


「五万がそれほどじゃないって。どんな家庭で育ったんですか。それともあれですか?自分たちが盗んだから言われたくないみたいな?」


「そんなんじゃないわよ!」


私を問い詰めているときより、長野ちゃんの顔が怖くなっていく。

あれが私に向けられたらと思うと、それだけで涙が出てしまう。


「じゃあ相談したらいいじゃないですか。あなたもいいですよね?」


急に話を振られ、私は身体が一瞬びくっと震えながらも、とりあえず頭を縦に振った。


「あっ...はい」


鬼の形相の長野ちゃんの視線が、一瞬こちらに向く。

身体が無意識に強張る。


「あんた一体何言ってるのよ!」


「そうだぞ!」


長野ちゃんの後ろで話を聞いていた男子も、怒りの表情を見せ、一瞬私を見た後に私を庇っている男子を見る。


そして二人が鬼の形相のままその男子に近づいていく。

私はこれから起こることが怖くて思わず目を瞑ってしまう。


その時、教室の前側のドアから二人の先生が飛び込んでくる。


「お、お前たち何があったんだ」


先生はこちらに走ってきてその男子と二人を取り抑える。


「ちょっと、関係ある子は職員室に来なさい」


===


結局、あの件はうやむやになって終わった。

だが私にとっては嬉しいことは、私が犯人ではないという結論が出てくれたことだった。


そしてその最大の功労者は、私を急にかばってくれたあの男子である。


ここ最近の私の意識は、ずっとあの男子に向いていた。

私にとっては、ヒーローと言っても差支えない。


盗みの容疑をかけられて、怒鳴られて問い詰められていた私を助けてくれたヒーロー。


私は、あの男子のことが気になっていた。


そんなとある日の放課後、私が学校から帰ろうとしていると下駄箱にあの男子の姿を見つけた。


話しかけたい。そんな気持ちが私の頭を支配するが、それと同時にほとんど話しかけたことない人に話しかけるのが怖いという気持ちも生まれる。


私の頭の中でこの二つが戦っているが、そうこうしているうちにも着々とあの男子の変える準備が進んで行く。


話しかけたい。その気持ちを私の勇気が後押しした。


私は小走りであの男子に近づいた。


「あ、あの...」


勢いで話しかけたものの、どうしてもどもってしまう。


「ん、どうしたの?」


そんな私にも、その男子はこちらを向いて笑顔で返事を返してくれた。


「えっと....その....」


「あぁ、あの時の子か」


その男子は思い出したような顔を浮かべる。

覚えてくれていたのが、少しうれしい。


「はい!そうです。あの時はありがとうございました」


思わず嬉しさが声に乗ってしまう。


「いやぁ、それほどでもないよ」


「ほんとに助かりました。ありがとうございます」


私は何度も頭を下げる。


「いやいいよいいよ」


「何かした方がいいでしょうか....?」


まだ話したくて、何か恩返しがしたくて私は聞いてみる。


「何もしなくていいよ」


「ほんとですか?」


「ほんとだよ」


「でも何かさしてください。あなたが来てくれなかったら私どうなってたことか....」


断られてしまったが、私の恩返ししたい気持ちはまだまだ残っていた。


「うーんじゃあ...」


その男子は顎に手を当てて悩む仕草を見せる。

私で悩んでる。そう考えて少し嬉しくなる。


「じゃあ髪の毛ロングにして欲しいな。絶対ショートよりロングの方が似合ってる気がするし。まぁ俺の好みなんだけどね」


「え....はい...」


予想外の返事に、思わず返事が遅れてしまい、目をぱちくりとさせてしまう。


一瞬無言の時間が流れ、少しだけ気まずい空間が私たちの間で流れた。


「あっ、嫌だったら全然しなくて大丈夫だし、気にしないでね。なんかごめんね..,それじゃ!」


そう言って、その男子は急いで走り去ってしまった。


「あ、あの...!」


そう言って呼び止める私の声は届かない。


気まずい雰囲気にさせてしまった。その事実が私を落ち込まさせる。


これで私嫌われたらどうしようとか。もしかしてさっきまでの私面倒くさかったかなとか。いろんなマイナスなことが思い浮かんでしまう。


そして、あることを考える。


「ロング...か」


私は肩の上まで伸びている自分の髪を触る。

私は今までロングにしたことは無い。


その理由は至極単純で、手入れが面倒くさかったからだ。

だが、そんな考えは簡単に吹っ飛ばされるほどあの男子の言葉は重かった。


あの人は、ロングの方が好きなんだ。


===


私は高校生になった。

肩の上までしかなかった私の髪は、もう腰ぐらいにまで伸びていた。


結局、中学生の間にはあの人...健吾君には勇気が出なくて話しかけられなかった。


だけど、同じ高校に入学することができた。

私の学力じゃ厳しいところだったけど、なんとか入れた。


私は初めて着た制服の感じを鏡で確かめながら決心する。

髪の毛もロングにしたし、イメージトレーニングもした。


高校生になったんだ。

私は絶対、高校生の内に、後悔しないように、健吾君に話しかける。そして友達になる。

そしてあわよくばと考える。


付き合うなら告白されたい。


そっちの方が、相手がこっちのことを好きだとちゃんと認識できそうだから。


昔から思っている考えだ。


澄んだ空の下、健吾君に....


そんな妄想は、私の頬を緩くした。

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