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40話 退部

心地よい太陽が部室を照らしている。

窓の外を見てみると、空には雲一つかかっていなかった。


まだ肌寒いが、だんだん暖かくなっていくのを感じる。

そんな何の変哲もない、変わりない一日。


俺はいつも通り部室で本を読んでいた。

ふと、隣で本を読んでいた日奈が俺に話しかける。


キレイで端正な日奈の顔は、太陽で照らされていた。


ただ、読んでいる本が盛り上がる展開だったため、俺はすぐさま本に視線を戻す。


「ん?何?」


「私部活辞める事にしたの」


「ふ~ん」


脳のリソースの九割を読書に割かれてしまっているため、少々日奈の話していることの内容の理解が遅れる。


「やめることにしたのか。う~ん。う~~ん、え!?マジで?」


俺は遅れて言っていることを理解する。


「辞めるって、本当か?」


「うん、ほんと」


日奈は何でも無さそうに、本に目を向けている。


「そうなのか....まぁがんばれよ」


「え?止めないの?」


「もしかして止めないとダメだったか...?」


「いやここは止める展開でしょ」


「うぅ...日奈が辞めるなんて俺悲しいよ。辞めないでくれよ...よし、これでいいか?」


「ネットであることないこと書いちゃおうかしら。どれだけ拡散してくれるかな」


「お前が言うとホントに怖いからやめてくれ」


俺の人生が詰んじゃう。勘弁してあげてほしい。


「それにしてもなんで急にやめようなんて思ったんだ?」


「まぁ別に大した理由じゃないわよ...やっぱ大変かなぁって。勉強とアイドルと部活の料率って」


「う~ん。まぁそれもそうだよなぁ。やめても後悔しないと思うならいいんじゃないか?」


「うん。後悔しないと思う」


だがその時、俺はその日奈の言葉に嘘を感じ取った。


「後悔しても辞めないといけない事情があるのか?」


「うん。ちょっとね...ってなんで後悔してるって分かったの!?」


「あ、今ボロだした」


「あ...」


日奈がぽかんと口を開ける。


「なんか健吾って本当にこういうところ勘いいわよね」


「で、結局なんで辞めないといけないことになったの?」


「それってやっぱ言った方がいい?」


「いや、任せるよ」


「ふふっ、結局任せるんかい。まぁいいか。健吾だし」


「日奈、もしかして俺に気が...」


「殺すわよ」


「そんな言い淀みなく言われても」


日奈のぎらっとした目が俺に突き刺さる。


「まぁ多分健吾の察しの通り、アイドル関連が原因なんだけどさ」


「やっぱそうだよなぁ」


「私のマネージャーね、大分厳しいの。ちゃんと高校行かせてくれてるのが奇跡なぐらい。

アイドルやるなら全てをアイドルに捧げろって感じのタイプ。

だから今まで部活行ってるの隠してたんだけど....受賞しちゃったらバレちゃってね...それで辞めないとアイドル辞めさせるって言われちゃって...それは他のメンバーに迷惑かけちゃうしね」


「うーん。確かにそれはしょうがないな」


理由が理由なだけに、引き留めるわけにもいかない。


「ずっと隠し続けるって無理なのか?」


「厳しいかなぁ」


「やっぱそうだよなぁ」


流石に日奈もそんなことは考えていたはずだ。

そもそも隠しているのがバレたわけだしな。


「辞めたくないか?」


「何言ってんの。辞めたくないに決まってるでしょ」


日奈が笑いながら答える。その声は、少し悲しそうだった。


俺は日奈が居なくなる文芸部を想像する。

一番最初は日奈は居なかったのだ。用意想像はできる、出来るが...寂しいものは寂しい。


文芸部一番か二番の賑やかし役だったのだ。寂しくならないわけがない。


日奈は、また本を読み始めた。


===


「と、いうことで私は明日から居なくなりまーす!」


部室、皆の前で日奈が明るい声でそう言った。


「日奈ちゃん。ほんとなのぉ?」


「残念ながら。由美先輩のその語尾伸ばす話し方聞けなくなるのはちょっと寂しいですね」


「ふふっ、そうでしょ?」


由美先輩と日奈、楽しそうに笑いあった。


「ホントに辞めちゃうの...?」


美咲さんが悲しそうな声で質問する。


「うん。残念ながらほんと。美咲ちゃんの顔があんまり見れなくなるのは悲しいね」


「ふふっ、私もだよ」


美咲さんと日奈が笑う。


「なんで辞めちゃうんだ?」


「誠一に関しては...あんまり寂しくないわね」


「おい!そこは寂しい流れだろ!」


「はいはい」


「なんか適当にあしらわれた気がするんだが、そう感じたのは俺だけか..?」


安心しろ誠一。お前はちゃんと適当にあしらわれてるぞ。

それにしても日奈は上手く質問をかわしてるな。


「まぁみんな学校で会えるしね。よくよく考えたらあんまり寂しくないかも」


ははっ、と日奈が明るく笑う。


そして、部室にかけられている時計を見て慌てた表情を見せる。


「あっ、みんなごめん!私もう仕事の時間。最後慌てちゃってごめんだけど楽しかったです!」


そう言って日奈は早足で部室から飛び出していった。


「う~ん。寂しくなっちゃうねぇ」


由美先輩は部室のドアを見ながらそう呟いた。


===


日奈が居なくなって二週間ほどが経った。

この二週間、別に何も起きなかった。


まぁそりゃそうか。日奈が居なくなったって文芸部が無くなるわけでもないし。


だけど、確実に活気は日奈が居た時よりは無かった。


誠一も自分のテンションに近い人間が居なくなったからか、最近テンションが低い。


だが、活動が終わるわけじゃない。

俺はいつものように本を読んでるし、美咲さんも同様に本を読んでる。

誠一は本を読んだり執筆してるし、由美先輩はいつも通り高速でタイピングしていた。


これが日常になるんだしな。別に寂しがっても変わるわけじゃないし、寂しがってちゃいられない。


まぁどうせいつか慣れるだろ。俺はどこかでそんなことを考えていた。

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