「何でこうなった...」
誰にも聞こえないような声で俺は小さく呟く。
俺は両腕に重みを感じていた。
俺はちらっと左を見てみると、気持ちよさそうに寝ている日奈の顔が俺の腕の上にあった。
右を見てみると、こちらもまた気持ちよさそうに寝ている美咲さんが俺の腕に抱き着くような形で寝ている。
俺は思わずにやけてしまう。可愛い子が二人、俺の両腕にくっついているのだ。
男子なら全員こうなるはずだ。多分。
まぁ今起こすのも可哀想だしな。うん。
そう自分に言い聞かしながら俺は動かないようにそっと目を閉じた。
===
俺は窓から入ってくる太陽の光で目を覚ました。
「ん...」
俺は重たい瞼を頑張って開けながら目を開ける。
まだ左腕にも右腕にも重さを感じる。
左腕に関しては痺れてきてもう感覚がない。
ちらっと右を見ると、可愛い寝顔で美咲さんが俺の右腕に抱き着いていた。
まるで小動物のようである。寝顔もまた、可愛い。
すーすーと小さな寝息を立てながら気持ちよさそうに目を閉じている。
鼻息が腕に少し当たって、少しくすぐったい。
思わず頭を撫でたくなってしまったが、寸でのところで思いとどまる。
俺は視線を右から左に移すと、これまた幸せそうな顔で日奈の頭が俺の腕で腕枕の形で寝ていた。寝顔もまた、絵になるほどの可愛さだ。
可愛いなと感じてじっと見るが、日奈が目を開けた瞬間に何か言われそうなので、俺は急いで目を逸らす。
俺はこの幸せな状況に、思わず頬が緩んでしまう。
その瞬間、パシャッと上で音が鳴った。
俺は急いで上を向くと、いじわるそうな笑顔を浮かべている由美先輩が、こちらにスマホのカメラを向けながらもう一度、パシャリと写真を撮った。
「な....何してるんですか?」
「ん?いやぁ。写真撮ってるだけだよぉ?」
「な...なんで...?」
「いやぁ可愛い子に囲まれてにやついてる健吾君の写真がたった今欲しくなったからかなぁ」
由美先輩が手に持っているスマホの画面を俺に見せる。
その画面には、俺の腕で寝ている二人とにやついている俺が映っていた。
正直言ってちょっと気持ち悪い。
「あっ、それとそれとぉ」
由美先輩がスマホをいじり、また俺に画面を見せる。
そこには日奈の顔を見ながらにやついている俺が映っていた。
「なっ....」
「これ美咲さちゃんに見られたら、どうなっちゃうのかなぁ。いや、美咲ちゃん以外にも私以外に見られたら、どうなるのかなぁ」
「け、消してもらえることって可能だったりします?」
「う~ん。ちょっと聞けないかなぁ」
「ですよねぇ」
俺はそっと美咲さんを見るが、まだ幸せそうに眠って寝息を立てていた。
「まぁ私が私的に撮っただけだから、別に見せるつもりはないんだけどねぇ」
「ほ、ほんとですか!?」
「うん。でもぉ。私最近困ったことが増えててぇ」
俺はごくっと唾を飲む。
「見せられたくなかったらぁ。げぼ...いろんなこと手伝ってほしいなぁ」
今この人下僕って言いそうになったよな?
「だめ~?」
可愛い声で、上目遣いでこちらを見ながら由美先輩が首をかしげる。
思わずどきっとしてしまう。
「ま...任せてください」
「ほんと?ありがとぉ」
そう言いながら由美先輩が部室から走って出ていった。
俺は遠くの布団を見ると、誠一はまだ眠っていた。
「はぁ...」
と俺は誰にも聞こえないような小さな声でため息をつきながら、また瞼を下ろした。
===
「あんたのそれ、正直ってクソつまんないわよ!」
「言ったな!?じゃあ代替案考えてみろよ」
「だーかーら、元の設定が終わってるんだから新しく設定考えるところから始めようって言ってるじゃん」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてぇ」
なぜこうなったのだろうか。
俺は喧嘩をしている二人を見ながら考える。
まぁ特段、俺に理由は分からない。
飲み物を取りに行って帰ってきたらこうなっていたのだから。
「由美先輩...一体何があったんですか?」
「あぁ健吾君お帰りぃ。あのねぇ。私たち一緒に合作作ろうって話だったじゃない?」
「あぁそうっすね」
俺たち文芸部は、合宿が始まる前に一つ目標を立てていた。
それは、この合宿中にみんなで合作を完成させることだ。
そして確か、日奈は最終章、誠一は設定と一章を担当してた気がする。
「それでねぇ。日奈ちゃんが誠一君の設定に納得いかなくてぇ。今あんな感じになってるの」
「うーん。大変すね」
俺は喧嘩を見ながら呟く。
まぁあの二人だからなんやかんやですぐに仲直りしそうだが。
特に日奈。あいつはなんか甘い物あげたらすぐに機嫌を直しそうな気もする。
「ということでさ健吾君。あの二人の喧嘩を仲裁してくれないかなぁ」
「仲裁...すか?」
「うん。仲裁」
「いいっすけど...俺が行っても多分変わらないっすよ」
あの二人は人の話を聞いてどうにかするタイプじゃない。
「ケーキ買ってあげるとかさ。きっとあの二人の機嫌も治るよぉ」
俺、由美先輩の魂胆分かった気がする。
俺分かる。由美先輩悪い人だ。
「ちなみにそれって、誰が買ってきたり...?」
「ん?健吾君だよ?」
やっぱりか。
「私大きいホールのショートケーキが良いなぁ」
「払いたくないっていったら...?」
「私うっかり写真フォルダ開いたままスマホ机に置きっぱなしにしちゃうかもなぁ」
由美先輩が不敵な笑みを浮かべる。
俺知ってる。これ悪い人しか浮かべない笑みだ。
「じゃあ。頑張ってぇ」
由美先輩は優雅に椅子に座る。
「あのー二人に話があるんだけど」
「「何!?今忙しいんだけど!喧嘩中!!」」
誠一と日奈が一斉にこちらを向いて俺に言葉をかける。
こいつら普通に仲いいんじゃないか?
「あの...ケーキ買ってくるから仲良くしてほしいなぁ...なんて」
「誠一、私が悪かったわ」
「ううん。日奈。俺が悪かったよ。ごめんな。設定考えなおすよ」
「ううん。私は全然今の設定も面白いと思うけどね」
誠一と日奈が笑顔で握手を交わす。
こいつら、本当は仲良いだろ。
===
「はぁ...はぁ...はぁ...ケーキ買ってきたぞー」
俺は息をつきながら、部室のドアを開ける。
「「「「おめでとー」」」」
俺が部室のドアを開けた瞬間、パンパンとクラッカーの音が鳴る。
俺は驚き、思わずケーキを落としそうになるが、慌ててしっかり掴む。
「え、え、え」
と俺が驚きの声を上げていると、誠一が近づいてい来る。
「健吾、そう言えば今日誕生日だろ」
俺は今日の日付を思い出す。
「そういえば今日、誕生日だな」
「あんた覚えてなかったの!?」
日奈が驚きの声を漏らす。
毎年家族からしか祝われたことがなかっただけに、毎年朝におめでとうと言ってくれる家族が合宿中で居ないせいで忘れていた。
「健吾君おめでと。ささやかながら誕生日プレゼント」
美咲さんからお洒落な装飾が施された箱を手渡される。
「うん。ありがと」
「ラブラブね」
「ラブラブしてんじゃねぇよ」
そう言いながら誠一と日奈が共にプレゼントを渡してくれる。
「ラ...ラブラブって...」
美咲さんが頬を赤らめながら、小さく呟く。
「ラブラブ言うな。でもありがと」
「あんたのファッションセンス終わってるから、私が直々に服選んであげたから感謝しなさい」
「ははー」
ファッションセンスが終わってるという言葉はいささか心外だが、服は素直に嬉しい。
「はい健吾君。私からもプレゼントぉ」
そう言いながら由美先輩は机の引き出しからプレゼントを取り出し、俺に手渡す。
「由美先輩、ありがとうございます」
「ふふっ、いいよぉ。それよりケーキ食べちゃおっか」
「あっそうっすね。もしかして俺にケーキ買いに行かせたのもこれするためですか?」
「健吾君鋭いねぇ」
俺はずっと、由美先輩の手のひらで踊らされていたというわけである。
写真を撮られたのも、ケーキを買いに行かせたのも、誠一と日奈の喧嘩を止めさせたのも...
ん?
俺はこの時、あることを疑問に持つ。
「あれ?誠一と日奈の喧嘩も演技だったのか?」
だが、誠一と日奈の喧嘩に嘘は感じられなかった気がするが。
「「ん?いや本当に喧嘩してたけど?」」
声を揃えて日奈と誠一が答える。
「だって本当に設定つまらないんだもん」
「おいつまらないって言うな!お前さっき握手して仲直りした時面白いって言ってたじゃねぇか」
「いややっぱちゃんと思い返したらつまんなかったのよ」
「コロコロ言い分変えやがって」
「あんたの設定がつまんないのが悪いんでしょ?」
「なにをー」
また日奈と誠一の言い争いが始まってしまった。
「あの二人って逆に仲いいよね。ふふっ」
隣に座っていた美咲さんが二人の言い争いを見ながら小さく笑う。
「確かに」
俺はちらっと由美先輩を見る。
由美先輩は微笑ましそうに誠一と日奈の言い争いを眺めていた。
もしかしたらこの部活に、あの二人の言い争いは必要不可欠なのかもしれない。
俺はケーキの箱を開けながらそう思った。