結局、設定は日奈と由美先輩が少しテコ入れして書く事になった。
今回の合宿の文芸部の目標は、全国の高校の文芸部の中で一番の作品を決める賞に出す小説を書き上げることだ。そしてその賞には、あらかじめ決めてある設定とある程度のシナリオに従いながら五人全員で書く合作を出すことに決めた。
誠一は設定と一章、俺は二章、由美先輩が三章、美咲さんは四章、そして日奈が五章という割り振りだ。ちなみにシナリオを書いたのは由美先輩である。
設定を決めてたったのニ十分で書き上げた由美先輩、恐るべし。
だが、俺たちは一つ問題を抱えていた。
「これ今日の五時半締め切りなんですよね?間に合うと思いますか?」
「根性で間に合わせるせるんだよぉ」
由美先輩から素晴らしい根性論をいただきながら、俺は頭を悩ませた。
五時半に締め切りだからといって、五時半に書き終えるわけにはいかない。
タイムリミットはおよそ五時である。
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だが、執筆はある程度順調に進んでいた。
ある一人を除いては。
「健吾君、あんまり進んでなさそうだね」
隣で作業をしている美咲さんが俺の画面を覗き込み、心配そうな表情を浮かばせる。
俺はちらっと美咲さんの画面を見ると、画面には文字がいっぱい書き上げられていた。
だが、俺の画面を見ると半分も文字が書かれていない。
「苦戦してそうだねぇ」
前の席に座っていた由美先輩が、俺の横まで歩いてきて画面を眺めた。
「う~ん。確かに健吾君の章は一番物語が動かないからなぁ。一番困難かもぉ。私のと交換する?」
「いや、もうちょっと自分で頑張ってみます」
「良い心意気だねぇ。私も頑張らなきゃ」
そう言いながら、由美先輩は自分の席に戻っていった。
ちらっと見えた由美先輩の画面も勿論文字で埋まっていて、左下に書いてある文字数はもう八千文字を越えていた。ちなみに俺はまだ千文字だけである。
今回、俺たちが書き上げている物語の設定はいわゆるタイムリープものである。
タイムリープを駆使して敵国のスパイを倒す警察という設定だ。
なのでタイムリープを軸で書き上げるのだが....
俺の章だけタイムリープシーンがないかつ、相手スパイとも接触がない。
俺はこの章を選んでしまったことを後悔しながらも、なんとか頭を振り絞ってキーボードを叩くが、すぐに手が止まってしまう。
果たして俺は、五時になるまでに書き上げられるのだろうか。
キーボードを叩いている文芸部員の姿を見ながら、未来の俺が心配になった。
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「やったぁ。書き終わったぁ」
ぐーっ、と伸びをしながら由美先輩が呟いた。
「みんなはどんな感じかなぁ」
由美先輩はそう呟きながら席から立ち上がる。
俺はちらっと窓の外を見る。もう日は頂点から落ちている最中だった。
由美先輩が俺の横で屈みこみ、俺の画面を見る。
「う~ん、あんまり進捗良くなさそうだねぇ」
「ずっと悩んじゃって、あんまり手が進まないって感じです。やっぱだめですよね。こんなにずっと悩んでたら」
「う~ん。悩む理由によるけど、私は全然どんだけでも悩んじゃっていいと思うけどなぁ。逆に悩むべきだともうよぉ」
「ありがとうございます...でも確実にこのペースだと合宿が終わるまでに間に合わないですよね」
「まぁ確かに絶対に間に合わないねぇ」
そう、この合宿の目標は合作を完成させ、賞に投稿することだ。
これに遅れは許されないのだ。
「健吾君はさぁ、どんなこと考えながら書いてるの?」
「どんなこと...この後どう書こうかなぁとか、ここ矛盾してないよなぁとか、こここうした方が読者的に面白いかも?とかですかね」
「それで、今は何で悩んでるのぉ?」
「えーとですね、ここの主人公の友達が敵にさらわれて、さらわれた場所を探すシーンですね。どう悩んでも面白くならなくて」
「健吾君ならこの後の展開どうなって欲しーい?」
「う~ん....さっさとさらわれた場所見つけて友達助けに行って欲しいですね」
「だったらここのシーンちょっとだけ書いて次の場面行っちゃっていいんじゃないかなぁ」
「でもここのシーンちゃんと書かないと四章のシーンでのここの伏線が無くなりますよ?」
「う~ん....もう時間が厳しいと思ったら自分が面白いと思うものとか、これだ!っていう直感を信じて書いちゃっていいんじゃなぁい?作品は書き上げることが大事だよ」
由美先輩は、一拍置いて続ける。
「私はねぇ、作品は書いてるときは生きてる。終わったら死ぬって思ってるんだぁ。あっ別に死ぬってネガティブな意味じゃないからね!?反対にポジティブな意味だよ?
そして一冊書き終わるとその度に死んで、そして次に書く作品という新しい命が芽生えるみたいなぁ?そして書き終えたその本は読書に読んでもらえたり、覚えてもらえたら作品は天国に行けると思ってるの。各話連載とかはまたちょっと違って、一話ごとに見てもらえてそれも嬉しいけど、今回は違うからねぇ。全員で完結させて一冊だからぁ。
つまり、今回みたいな作品は書き上げないと死ねないの。ずっと生き続けたまま誰の目にも触れることなく。天国にも行けず。それって悲しくない?」
「悲しいっすね」
「うん。だからさ自分がこれかも!って思ったのを信じて終わらせてあげるのが大事なんじゃないかなぁ」
「確かに...」
今回の由美先輩の話は、俺の心にすっと落ちた。
由美先輩が笑顔で話を続ける。
「つまり!伏線意識しすぎてテンポ悪くなっちゃってもあれだし、そもそもどんだけキレイな伏線があっても締め切り間に合わなかったら読んでもらえなくなっちゃうよぉってこと!どんな賞に応募してもね」
確かに由美先輩が言っている通りである。でも、俺にはまだ一つ心残りがあった。
「でもここ結構飛ばしちゃったら四章で盛り上がりにかけちゃうんじゃ...」
「大丈夫だよ健吾君。私頑張るから」
隣で作業をしている美咲さんが、笑顔でこちらを向いて、右腕で力こぶを作るポーズをする。
「ほら健吾君。彼女ちゃんが頑張るって言ってくれてるんだしぃ」
「「か、彼女じゃないですよ...!」」
「あれぇそうだったっけぇ。最近妙に距離近い気がするから付き合ってるのかと思っちゃったよぉ。寝てるときに抱き....」
「し、しーでお願いします由美せんぱぁい」
頬を真っ赤に染めて少し涙目になりながら美咲さんが由美先輩の発言を食い止める。
「まっ、私は応援してるから頑張ってねぇ」
そう言いながら、由美先輩は前で作業している誠一と日奈の画面を見に行く。
頑張ってって、恋愛と執筆果たしてどちらのことだったのだろうか。
俺は由美先輩を見ながら考えた。
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由美先輩の話を聞いた後、俺の手は面白いほどに進んだ。
迷いが無くなったのもあるが、俺が終わらせないと作品全体が終わらないという焦りが拍車をかけていた。
「よっしゃー終わったぜ」
「ふー、私も終わり」
「じゃあ後は美咲ちゃんと健吾だけだな」
誠一と日奈は立ち上がって、俺と美咲さんの画面を覗き込む。
「といっても、美咲ちゃんはもう終わりそうだな」
「健吾はちょっと心配だけどね」
「ははっ、申し訳ない」
俺は返答しながらも、手を止めない。
今のペースはかなり早いにしても、流石に前半に全然書けなかったせいで間に合うかどうか心配である。
「まぁ大丈夫でしょ。美咲ちゃんも健吾君も夏の合宿の時ちゃんと書き上げたしねぇ」
「ま、確かにそれもそうっすね。なぁ、俺たち邪魔になりそうだしどっか行こうぜ」
そう言って誠一が部室から出ていく。
「まぁ確かにそうね」
「頑張ってねぇ」
そう言いながら続いて由美先輩と日奈が部室から出ていった。
部室の中には今、俺と美咲さんだけである。
いつもなら何か話したいところだが、今はそうはいかない。
どちらとも何も話すことなく、ただ黙々とキーボードを叩き続けていた。
===
「やっと終わったぁ....」
俺は大きく伸びをしながら呟く。
俺は画面いっぱいに書かれている文字を見て、思わずにやけてしまう。
俺はパソコンの右下に書かれている時計を見る。
そこには16時55分を書かれていた。
「間に合ってよかったぁ...」
思わず口から漏れ出てしまう。
後五分ペースが上がるのが遅かったら間に合わなかったのかもしれないのだ。
確かに五分遅れても別にペナルティがあるわけではないが、締め切りを守ると決めたなら守るのが大事と自分に言い聞かせて頑張ったかいがあった。
俺はちらっと隣の美咲さんを見る。
美咲さんは俺よりも一時間ほど早く書き終わり、じっと待っててくれたのだが、眠気に耐えられなかったのか今は机に突っ伏してすやすやと眠ってしまっている。
俺は可愛い寝息を立てながら寝ている美咲さんに、そっと自分が来ていたセーターをかけた。
その時、ガラガラと部室のドアが開いた。
「ただいまー。終わった」
「どっちとも終わったよ。まぁ俺に関してはギリギリだったけどね」
「まぁギリギリでも終わってしまえばそれでよしだよぉ」
由美先輩がふふっと笑う。
確かにそれもそうだ。
俺たちの話声で目が覚めたのか、美咲さんが目を擦りながら身体を起こす。
「みんなおかえり~」
美咲さんは小さくあくびをする。
「じゃ、全員の奴まとめて投稿しちゃおっか」
由美先輩は各々のノートパソコンからUSBを取り出し、それを自分のノートパソコンにつけていく。
「これをこうして...」
由美先輩はそれぞれの小説を繋ぎ合わせていく。
「よし!これで完成だねぇ」
由美先輩は俺たちが投稿する賞のホームページを開き、投稿フォームに俺たちの小説を張り付けた。
「じゃあ行くよぉ」
由美先輩がエンターキーを押すと同時に、画面に送信中との文字が出る。
そして、少しした後送信完了と画面に表示される。
画面右下に表示されている時間は、午後5時25分である。
「疲れたねぇ。じゃあ変える準備しよっか」
パンッと由美先輩が手を叩き、俺たちは変える準備をし始めた。
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「楽しかったね。合宿」
「そうだね」
俺と美咲さんは同じ帰路に就いていた。
「まぁ今日の後半はずっと焦ってて気が気じゃなかったよ」
「まぁでも書き終わったんだし、結果オーライだよ」
「でも美咲には迷惑かけちゃったね」
「私は全然そんなこと思ってないよ!逆に健吾君と一緒に書いてる感じが増して楽しかったぐらい」
美咲さんがふふっと笑う。
元々美咲さんに恋してるのだが、もっと好きになりそうだ。いや、好きになった。
「それに、由美先輩の言葉が響いたよ」
俺がそう言うと、美咲さんは顎に手を当てて考える仕草をする。
そして少し頬を赤らめる。
「由美先輩の言葉って...その...彼女ちゃんのやつ...?」
「違う違うそれじゃないよ」
俺は慌てて手を振って否定する。
「完成させなきゃ死ねないってやつ」
「あーそっちかぁ。ま、まぁ勿論分かってたよ?うん」
美咲さんは若干噛みながら早口で弁明した。
頬がちょっとどこか大分赤くなっている。
「わ、私家ここだからじゃあね。また今度!」
そう言って美咲さんは駆け足で家の中へ入っていった。
俺も少し歩き、家へ帰るとまっすぐに自分の部屋へ向かった。
そしてドアを開けてすぐにベッドに飛び込む。
目を閉じると、疲れからかすぐに眠りに落ちた。
今日の眠りは、いつもよりも心地よかった。