校門に桜が咲き、心地よい温度になりつつある今日この頃。
俺は、二年生になった。
「ふぁ~」
俺は校長先生の始業式の長い話を聞きながら、小さくあくびをかく。
「ふふっ、健吾君眠そうだね」
隣の美咲さんが小声で俺に話しかける。
「昨日ちょっと夜更かししちゃったからかな。それに先生の話聞いてたら眠く...ふぁぁ」
「確かに気持ちわかるかも。私も健吾君観てたら眠くなってきちゃった」
美咲さんは小さく笑った。
俺の隣に美咲さんがいる。
そう、俺と美咲さんはついに同じクラスになったのだ。
===
しかも...
「席も隣なんてラッキーだね」
隣の席の美咲さんがこちらに小さく手を振りながら、小さく笑う。
そう、隣の席を引き当ててしまったのだ。
これを運命と呼ばずに何と呼ぶのだろうか。
今年の運は全て使い果たしてしまったのかもしれない。
「そう言えば美咲、コンタクトにしたんだね」
「気付いてくれたの?」
「そりゃ気付くよ」
俺は眼鏡をかけていない新鮮な美咲さんを見ながら言う。
「イメチェンしたんだ。どう?」
「いいと思うよ」
「ふふっ、ホントに思ってる?」
「正真正銘心の底から命を懸けて思ってるよ」
「別に命まで懸けなくていいけど。ねぇ、コンタクトと眼鏡どっちの方が似合ってるかな?」
美咲さんはこちら側に身体を乗り出し、じっと俺の目を見る。
「ど、どっちも似合ってるよ」
「どっちもはなしだよー。どちらかといえば?」
「う~ん」
俺は顎に手を当てながら考える。
これは果たして超難問ではなかろうか。
俺は美咲さんの顔を見る。
二重でバランスの良い目元、長いまつ毛に、くりくりとして大きな目。そしてその大きな目の中にはキレイな紫の瞳がこちらを見ている。
そんな全てが整った目元などが全て見えるコンタクトの方が良いと一瞬思うが、俺はもう一度考える。
「今眼鏡って持ってないの?」
「眼鏡?持ってるよ~」
そう言いながら美咲さんは机の中から眼鏡ケースを取り出し、眼鏡ケースの中の黒縁眼鏡をかける。
「なんかコンタクトと混ざって目が変な感じだよ~」
美咲さんはいつもの美咲さんに戻った。
これもまた、可愛い。
眼鏡をかけることによって、目元の一部などは隠れてしまうが、眼鏡が似合っているためそれがマイナスに働くことは無く、逆にプラスに働いている。
俺は脳をフルで働かせ、やっと結論を出した。
「...眼鏡かなぁ」
「ほんとに!?」
「ほんとだよ。もしかして意外だった?」
「意外っていうか...イメチェンしようかなって思ってコンタクトにしてきたからちょっとショック」
「もしかしてコンタクトって言った方が良かった?」
「いや健吾君が眼鏡の方が良いって言うなら明日から眼鏡にしてくるね」
「でもコンタクトの今も新鮮だし可愛いよ」
「え!?」
美咲さんの驚いた表情を見せ、少し頬を赤らめる。
まずい、咄嗟に可愛いと出てしまった。
その時、突然前からクラスメイトの女子に話しかけられる。
「ねぇねぇ、健吾君と美咲ちゃんって付き合ってるの?」
「「え!?」」
突然の言葉に、俺と美咲さんは思わず驚きの声を上げてしまう。
「え!?い、いや全然!全然そ、そんなことないよ!」
美咲さんは少し噛みながら慌てて否定する。
「へぇそうなんだ」
そう言って女子は自分たちのグループに戻っていった。
「あの子たち付き合ってないって」
「どうせいつか付き合うでしょー」
「いやぁもしかするとどっちとも全然告白できないみたいな可能性全然あるんじゃない?」
「うわ~。確かに」
さっきの女子のグループが小声で話している。
小声で話しているのだが、全然俺たちの耳にまで届いている。
隣の美咲さんを見てみると、少し耳を赤らめて机に顔を埋めていた。
俺と美咲さんの間に、何とも言えぬ空気が流れていた。
===
俺と美咲さんは掲示板に文芸部勧誘のポスターを貼っていた。
「...よし、これで完璧だな」
俺は右下のピンを刺し終え、貼られたポスターを眺める。
ポスターには『文芸部!』という大きな文字と共に、可愛らしい制服を着た女の子のイラストが描かれている。
「来てくれるかなぁ」
「まぁ来てくれることを願うしかないね」
「健吾君は何人来て欲しい?」
「う~ん。今でも十分なほど騒がしいからなぁ...2人ぐらい...?」
その時、後ろから話しかけられる。
「「あの~すみません」」
後ろを振り向くと、そこには同じ黒髪のポニーテールに同じ背丈、そして似た顔...いや、ほぼ同じ顔の二人の女子生徒が立っていた。
「もしかして、双子?」
「「大正解ですー」」
同じような声が同時に返ってくる。
「「私たち文芸部の体験入部に行きたいんですけど、先輩たちって文芸部の人たちですか?」」
一言一句違わず、ほぼ同じ声が返ってきて流石に驚きを越えて怖いという感情が湧き出てくる。
「あ、あぁそうだよ」
「「そうなんですねー!良かったら何ですけど部室まで案内して欲しいです!」」
「もちろん。新入部員大歓迎だから」
「早速来てくれる子が居るなんて嬉しい話だね」
「「ありがとうございます!!」」
ずっと一言一句違わずに話すため思わず仕込みを疑ってしまいそうだ。
俺たちは文芸部の部室へ歩き出す。
「名前は何て言うの?ちなみに俺が健吾で、こっちの先輩が美咲」
「「私たちはこっちが唯で、こっちが優奈です!」」
「なるほどなるほど、唯ちゃんと優奈ちゃんね」
正直言って、どっちがどっちかさっぱり分からない。
「「今もしかしてどっちがどっちか分からないって思ってますね?」」
「そ、そんなことは...ある。ごめん」
「「初対面の人のほとんどがそうなんで慣れっ子です!」」
「私はちゃんと分かったよ」
ふふん、と美咲さんが自慢げに鼻を鳴らす。
「「ホントですか!?」」
「前髪が目にかかりそうなのが唯ちゃんで、ちょっと余裕があるのが優奈ちゃんでしょ?」
俺はそう言われ、目を凝らしてみると確かに前髪の長さが違うことに気づく。
「流石にそれはたまたまじゃ...」
「「大正解です!私たちが言う前に気付いた人は初めてです!」」
たまたまでは無かったらしい。
そうこうしているうちに、俺たちは部室の前に着いた。
俺はガラガラと部室のドアを開ける。
中では誠一と日奈がポテチの袋を引っ張り合っていた。
「お前ら何してんだ...」
「「だってこいつが!」」
「何をー!絶対私のだから!」
「いやいや俺のだから!」
「よこしなさいよ!」
袋が破れそうな勢いで引っ張り合う。
大抵こういう時はどっちも譲らず、原因もどっちもどっちでどっちも悪いので問題が解決しない。
「はいはい。そこまでにして...」
その時、後ろから大きな声が上がった。
「「もしかしてひーちゃんですか!?」」
「「「ひーちゃん?」」」
ある一人を除いて、ひーちゃんという名前に疑問の声が上がる。
ちらっと日奈の顔を見ると、顔面が見事に固まっていた。
よく見ると額に汗が流れていた。ちなみにまだ全然汗をかくような温度じゃない。
「「絶対絶対にひーちゃんだ!」」
そんな日奈の様子に気付くことなく、唯ちゃんと優奈ちゃんは二人で組み合って歓声を上げていた。
そして二人は日奈に駆け寄っていく。
「「ひーちゃんですよね?!」」
「ち、違うんじゃないかなー」
日奈が固まった表情のまま答える。焦りか何らかのせいで棒読みである。
「「絶対にひーちゃんです!私たちが間違えるはずがありません!」」
「実は違うかもよ...?」
「「本物です!私たち何回もライブ行ってます!大ファンです!」」
日奈の額に流れる汗がだんだんと増えてきて滝のようになっている。
「お前ひーちゃんって呼ばれてんだな」
日奈が一瞬、熊さえ狩れそうな目で誠一を睨む。
「「ひーちゃん普段だとそんな感じなんですね!」」
「ち、違うのよ!これはそのね...そう!役の練習してたの!だからちょっといつもとは違うかなぁ」
「「なるほど!練習熱心で尊敬します!」」
唯ちゃんと優奈ちゃんはまるで神様を見るかのように目を輝かせている。
「いっつもそんな感じじゃ..」
誠一が余計なことを言うとすると、光の速さで日奈の足が誠一のすねを捉える。
誠一があまりの痛みのせいかうずくまる。可哀想に。
「「私たち決めました!!」」
まだ目を輝かせながら、二人は言う。
「「私たち、文芸部に入ります!」」
「え...」
ぽとっと、日奈の足元に小さな汗が落ちた。