「あーやばいってやばいって!どうしよ」
「まぁ落ち着けってひーちゃん」
電光石火のごとくの日奈の蹴りが誠一のすねにキレイにクリーンヒットした。
「次言ったら殺すわよ」
「ひでぇアイドルだ」
誠一は目に少しの涙を浮かべながらすねをさする。
ちなみに唯ちゃんと優奈ちゃんは用事ということで帰ってしまった。
「ファンの子が来たってことでしょぉ?嬉しくないのぉ?」
「う~~ん。アイドルの私が好きなファンの子が普段の私見たらがっかりしちゃうんじゃないかなぁって思っちゃって」
「なんでアイドルも同じキャラで行かなかったんだよ」
「最初はこんな感じだったんだけどね...矯正されちゃった」
「最初はってことは、ファンならワンチャン日奈の最初のキャラ知ってるから受け入れてくれるんじゃないか?」
「ああ最初って言っても初ライブのリハーサルの時だけだけどね」
「最初すぎるだろ」
関係者以外知りようがない。
「うーん。まぁ過ぎたことを考えてもしょうがないわね!」
日奈は勢い良く立ち上がった。
「マネージャーとアイドル活動に影響ないことが条件で部活やってるんだし、アイドルのキャラで接するしかないわね」
「それでいいのか?」
「良いに決まってるじゃない!ファンの子がっかりさせるわけにはいかないしね!」
日奈は一息、吸う。
「それに、私が入って初めての新入部員だしね!」
日奈はにこりと笑った。
===
結局、新入部員は唯と優奈の二人しか来なかった。
「「お願いしまーす!」」
元気よく二人で挨拶をする。
そして勢いよく日奈に近づいていく。
「「先日は兄がお世話になりました!」」
「兄....?」
日奈が不思議そうな顔を浮かべる。
「ごめん。お兄さんが思い浮かばないや」
「「私たち、目黒って言います!」」
目黒...どこかで聞いたことがある名前だな。
その時、俺の頭に日奈の授賞式の時の記憶が呼び起される。
大賞を受賞したあのイケメンの名前も確か目黒だった気がする。
ちらっと日奈を見ると、日奈の表情は見事に固まっていた。
「「昨日も振られて、今日も良い男になるためにって言いながら朝からランニングに行ってました!」」
よし、俺も明日から走りに行こ。
「お兄さんも非常に良い人なんだけどね。うん。ちょっと今は無理かなぁっていうだけだからね?」
「「そうですよね!今はアイドルですもんね!」」
「そうそう!アイドル!今アイドルだから付き合うとかは厳しいかなぁ」
「「じゃあもし卒業したら兄と付き合うんですか?」」
その質問に、日奈は一瞬困った表情を浮かべる。
付き合うとは言えないだろうし、だが兄に当たる人を振りますとも少し言いづらいだろう。
その時、日奈の顔に光が宿った。
日奈はニコリと笑顔を二人に向ける。
「私は生涯アイドルだよ!」
そう言われ、二人の顔にも光が宿った。
ぱあぁと笑顔になっていく。
「「私も生涯ついていきます!」」
日奈と二人の間に穏やかな空気が流れる。
まぁ俺としてみれば丸く収まったようなので何よりである。
===
「二人はさぁ、本とか書いたことあるのぉ?」
「「ありません!」」
「ふふっ、やっぱなかなかないよねぇ。じゃあ本とか読んだりするの?」
「「人生で一冊しか読んだことないです!!」」
「そっかぁ。なるほどぉ...まぁ最近は本読まない人も増えてきてるしねぇ...ちなみになんで文芸部入ろうと思ったのかなぁ?」
「「兄が締め切りに追われながら書いてるのがかっこよかったからです!」」
「お兄ちゃんのこと好きぃ?」
「「はい!一番好きな男性です!」」
「そっかぁ。じゃあしょうがないねぇ。所でその読んだ本って何の本?」
「「ひーちゃんの本です!」」
「そっかぁ。良かったね日奈ちゃん」
「読んでくれてありがとー」
日奈が少し頬を赤くしながら言う。
俺が読んだ時は目をぎらつかせながら
「酷評したら殴るから」
と言ってきた日奈が、今は笑顔で喜んでいる。
これがアイドルのキャラというやつなのだろうか。
「じゃあもうちょっと、本読んで見よっかぁ。おすすめは健吾君と美咲ちゃんに聞くといいよぉ。二人本を選ぶセンスは抜群だからぁ」
由美先輩がそう言うと、二人は俺たちに近づいてくる。
そして目を輝かせながら尋ねてきた。
「「おすすめ教えてください!」」
そう聞かれ、俺はちらっと美咲さんを見ると、ちょうど美咲さんもこちらを向いていたようで目が合ってしまう。
一瞬見つめ合ってから、妙に気まずくなって目を逸らしてしまった。
「好きなジャンルとかってある?」
「「恋愛系が好きです!」」
「恋愛系かぁ...美咲は何かおすすめとかある?」
「う~ん。そういう健吾君はどう?」
「俺?う~ん俺は基本的にSFとかしか読まないからなぁ。それに恋愛系読んだとしても男向けだし」
「健吾君がそういうなら私が選ぼうかなぁ」
そう言いながら美咲さんは教室の後ろに置いてある本棚から本を探し始める。
その時、二人が俺に近づいてきて両耳で小さく囁く。
「「もしかして健吾先輩と美咲先輩って付き合ってるんですか?」」
俺は慌てて否定する。
「全然!そんなことないよ」
「「ほんとですかぁ?怪しいなぁ」
二人がじっと疑った様子で俺を見つめる。
嘘はついてないのでじっと見ないで上げてほしい。
なんか二人にじっと見つめられると、なんというか妙な威圧感があった。
二人は一緒のタイミングで目を逸らしてもう一度俺の両耳で囁いた。
「「まっ。でも多分両想いですよ。安心していいですよ。ふふっ」」
ふふっと笑いながら二人は俺から少し離れた。
二人にから同時に両耳を責められて、ふふっと笑われる。
何か変な性癖に目覚めそうである。
「おっ、あったあった!」
背伸びしながら一生懸命本を手に取った美咲さんがこちらを振り向いて心配そうな表情を浮かべながら声をかけてくれた。
「大丈夫?健吾君なんか顔赤いよ?」
俺は静かに首を縦振った。