夏が過ぎた後の沖縄の気温は、まだ暑いながらもそれは嫌な暑さではなく、どちらかというと心地よい、あと少しで秋を感じられそうなそんな暑さをしていた。
そんな心地よい沖縄の空の下、日奈は学年の女子たちに囲まれていた。
「ねぇねぇ日奈ちゃん。私たちと街回ろうよ」
「いやいや私たちと回ろうよ~」
「いやいや私たちと~」
「「「どう?日奈ちゃん?」」」
「私実はもう他に回る人決まってるんだよね~。だからごめんね!」
学年の女子に囲まれた日奈は何とか集団から抜け出すと、笑顔で女子たちに手を振りながらこちらに走ってくる。
「おいおいいいのか?こっちに来ちゃって。めっちゃ誘われてたじゃん」
「いいのよ別に。こっちのほうが楽しいし」
「お前...やっぱ俺のこと好きだったんだな...」
「誠一あんたどっか行ってなさいよ邪魔だから」
「酷くね!?」
「まぁ誠一のことは適当に置いといて...健吾と美咲ちゃんは私たちと回っていいの?二人で回った方が良いんじゃない?」
「いやぁそれも考えたんだけど...二人で回るのはいつでも出来るかなぁって」
「まぁ確かにそうだけど...」
「日奈ちゃんは私たちと回るの...いや?」
美咲が日奈を上目遣いで見つめる。
「嫌なわけないじゃない!さぁ変な奴は置いておいて早速回るわよ」
「変な奴...?」
誠一は不思議そうな表情を浮かべながらも俺たちと一緒に歩き始めた。
俺は歩きながら自分の能力について考える。
こういう時、俺は俺の能力が好きになる。
俺は笑顔で美咲と話す日奈を眺めながらふと、そう思った。
===
「ねぇねぇお嬢ちゃんたち今修学旅行中?よければお兄さんたちと遊んでかない?」
肌はこんがり焼けていて、サングラスをかけている少しちゃらそうなお兄さん達が俺たちに話しかけてくる。
そうナンパである。俺たちは歩き始めてそうそうナンパされ始めた。
いやまぁ、俺たちというか正確には二人なのだが。
「いや...ちょっと...」
「え!?ちょっと待って!?もしかしてパルマ日奈!?」
「え?お前誰か知ってんの?」
「うんまぁな。この子アイドルだぜアイドル」
「お前アイドルとか知ってんのかよ。オタクじゃん」
「まぁな。俺オタクだから」
お兄さんたちは俺たちを置き去りにして仲間内で笑いながら始める。
そ~と日奈と美咲が場を脱出しようとするも、肩を掴まれた。
「おいおいちょっとつれねーじゃん」
「あっ、あのちょっと」
「ん?何?」
「その子たち...俺たちの連れなんですけど...」
「連れ?...ふ~ん、でも彼女とかじゃないんだろ?」
「か...彼女です」
「彼女ってこの黒髪の子の方?」
「...はい」
「ふ~ん...じゃあ返すわ」
男がそう言うと、美咲は掴まれていた肩を離されると俺の元へ駆け寄ってきた。
美咲は俺の背中に隠れると、きゅっと俺の服を掴む。
「日奈ちゃんは俺たちと遊ぼうぜ」
「ちょっと...やめてください」
「おいおいつれねーじゃん。俺たちの仲だろ?別にこの中に彼氏とかが居るわけじゃないんだろ?じゃあ別にいいじゃん。流石に彼氏とか居たら別だけどさ~」
「ちょっと、警察呼びますよ」
「お~こわこわいいじゃんいいじゃんちょっとぐれい。絶対退屈にさせないからさ?」
言葉では出来る限り強く取り繕っているが、日奈の顔を見ると目元には小さく涙が浮かんでいた。
俺は閉ざされているような感覚に襲われている喉を無理やり開け、男たちに声をかける。
「嫌がってるんだしやめてくださいよ」
「ああ?別にいいだろ」
「良くねーよ」
後ろからいつもより低い、誠一の声が聞こえる。
ずかずかと、俺の後ろから歩いてきて日奈の手を掴む。
「その子俺の...か、彼女なんで。彼氏がいるなら話は別なんでしょ?」
そう男たちの目を睨みつけながら誠一が日奈の腕を引っ張りながら俺たちさえも置いて走り去っていった。
俺と美咲も、立っている男たちの表情を見ることも無く誠一たちを追いかけ始めた。
===
「た、助かったわ」
誠一と日奈、二人して両手を膝につきながら呼吸を整える。
「ま、まぁな。俺にかかればあんな状況を切り抜けるなんて朝飯前よ」
「何かっこつけてんのよ」
ぺしっと日奈が誠一の頭を叩く。
「助けてくれた恩人になんて仕打ちするんだよ」
「助けてくれたのは感謝してるけどもうちょっと切り抜け方とかあったでしょ!?
なに俺の彼女って、そもそもあんた彼女いるじゃない」
「だって仕方ないだろ。あれ以外に切り抜け方が思いつかなかったんだから」
「私仮にもアイドルよ?あいつらが今回のこと言いふらして私が彼氏持ちとかいう噂が流れたらどうするつもり?」
「それは....まぁ良い方向に事が流れることを願っておけば良い方向に事は流れるさ。うん。多分」
「由美先輩にこいつ浮気しましたって言ってやろうかしら」
「そ、それだけはご勘弁を~」
誠一は泣きながら日奈の足に縋りつく。
「二人とも元気そうで何よりだよ」
俺は呼吸を整えながら話しかける。
「うん。まぁね」
「日奈ちゃん誠一君をいじめるのはほどほどにしてあげてね?今回に関してはすっごく頑張ってくれたと思うの」
「...確かにそうね。悪かったわ。助けられたんだし感謝しなきゃいけないわね」
「日奈にもついに俺の偉大さが分かったか」
「...日奈ちゃん。やっぱさっきの私の言葉忘れてくれて構わないかも」
「確かにそうね。誠一、私のさっきの言葉も忘れてくれて構わないわよ」
「お二人さん!?」
俺たちは雲一つない沖縄の青空の下、服の中が少し汗ばみながらも大きく笑いあった。
===
そこからの沖縄でも一日はあっという間だった。
「兄ちゃんたち、これはどうじゃ?」
俺たちが街の雑貨屋らしきところへ入ると、大きな髭を生やした店主のお爺さんに手招きされる。
俺たちがお爺さんが座っているレジへ到着すると、お爺さんはふぉっふぉと笑いながらレジの下からとあるものを取り出した。
「これはのぉ、伝説の剣豪が練習のために握ったと言われる木刀じゃ」
お爺さんはそう言いながら机の上にぼんっと木刀を置く。
「で、伝説の剣豪...」
ゴクッと誠一が唾を飲む。
「そ、それでお値段は」
誠一は食い入るようにその木刀を見つめていた。
俺の制止する声は、誠一の耳には全く届かなかった。
===
「で、買ったってわけね」
「まぁな。だって伝説の剣豪だぜ?ここで買わずに一体どこで買うんだよ」
「あ、あのな誠一...ちょっと言いにくいんだけどな」
「ん?どうしたんだよ健吾」
「お前多分...騙されてるぞ」
「騙されてる...?何言ってんだよ健吾、あんな人が好さそうな爺さんが俺のことを騙すわけがないだろ」
「誠一、その木刀の柄のそこの部分良く見てみろよ」
俺にそう言われると、誠一はよーく目を凝らしながら木刀の柄のそこを見つめる。
「製造年月...2024年!?」
そう、木刀が作られたのは去年なのである。
「な?言ったろ?」
俺がそう言うと、誠一はちっちっちっと言いながら立てた人差し指を左右に振る。
「違うね健吾、お前は一つ勘違いをしている」
「勘違い....?」
「そう勘違いだ」
「一体何なんだよその勘違いって」
「あの爺さんが伝えたかった事、それはな...現代にも伝説の剣豪が存在するってことなんだよ」
「「「はぁ...」」」
誠一を除いた三人から、大きなため息が出た。