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75話 修学旅行3

「いやー楽しみだね。ホテルの部屋って一体どんな感じなのかな?」


「健吾ってホテルに泊まったことないのか?」


「うん。うちの家族があんまり旅行とか好きなタイプじゃないからかな」


「そうなのか...じゃあさ、部屋に着いたら枕投げしようぜ枕投げ。俺枕投げで負けたことないから」


「僕も枕投げ無敗だから負ける気はないよ」


俺と誠一、そしてクラスメイトの木村君と三人並んで自分たちの部屋へ歩いていると、後ろから先生に声をかけられた。


「健吾、悪いが部屋を変えてくれることは出来ないか?ホテル側で手違いがあったらしい」


「俺ですか?まぁ全然良いですけど...」


「先生、俺たちの部屋の番号って何番ですか?」


「いや、誠一と木村はそのままでいい」


「え?じゃあ俺たちと健吾は別々の部屋ってことですか?」


「まぁ、そういうことになるな。三人部屋で予約していたんだが、なぜだか二人部屋になっていたらしい」


俺は誠一はお互いを一瞬見つめ合い、そして木村君と一瞬見つめ合ってから、再び先生に問いただす。


「じゃ、じゃあ俺は一人部屋になるということですか...? 」


「いや、同じような状況になった奴がもう一人いるからそいつと二人部屋ということになるな。空いてる部屋がその二人部屋しか無かったらしい」


そんなことがあるのか?と思いながらも先生に質問を続ける。


「だ、誰なんですかその俺と一緒に泊まる人って....」


俺はごくりと唾を飲む。俺は若干先生の言っていることに困惑しながらも、なったものはしょうがないと思いながら祈る。


どうか、知っている人であってくれと。

全く関わりの無い人だった暁には、俺の修学旅行の大切な1ページが暗黒に染まってしまう可能性がある。


頼む。誰か知り合いであってくれ。全く関わりのない人の方が俺には多いのだが。


先生がついに口を開き、名前を言う。


「美咲だ。あいつも同じような状況らしくてな。

いやぁ相当悩んだんだぞ。女子と男子一緒の部屋にしていいものかとな。

でもまぁ、お前らだし、大丈夫だろっていう判断でそうなった。だから頼むな」


先生は俺に手を合わせて小さく首を下げながら廊下を歩き去って行ってしまった。


誠一が俺の顔を見つめながら親指を立てる。


「ま、まぁハメを外しすぎず楽しい夜を送れよ」


そう言ってにこっと笑う。

ハメを外しすぎずは余計だと思うのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。


恋人と、修学旅行で同じ部屋。しかも二人っきり...

ラブコメでもそんな展開見たことないぞ。


しかも先生もなんだお前らだし、大丈夫だろって。一体俺を何だと思ってるんだ。


まぁでも...

俺は心の奥で思っていることを、誰にも聞こえないような声で小さく呟く。


「悪くない...よなぁ...むしろ良い」


俺の顔は多分、気持ち悪いニヤニヤ顔になっていたと思う。


===


俺はベッドの上に心臓の鼓動を大きくさせながら部屋に入ってくる美咲を待っていた。

ガチャリと、音がする。


美咲は小さめのスーツケースを下げながら部屋へと入ってくる。


「お、お帰り...」


「ただいま...で合ってるのかな?」


「なんか違うような気がしてきた...」


ははっと小さく俺たちは笑う。


美咲は静かに俺の隣のベッドに座った。


少しの間、俺たちの間に沈黙が流れた。

何か、どことなく気まずい。

いつも二人で居るときは何も感じないのに、これから一緒の部屋に二人で泊まると考えたら妙にドキドキして何を言えばいいのか分からなくなる。


美咲も恐らく同じような気持ちなのだろう。


「て、テレビって何映んのかな?」


俺はベッドのから立ち上がらると、美咲のベッドの隣にあるソファーに座り、ソファーの前に置かれいる机の上のリモコンを手に取り、テレビを点ける。


「おぉ...観たことないやつやってる。そりゃそうか」


再び俺たちの間に無言が走る。


「わ、私ね色々持ってきたんだ!」


美咲はそう言うと、スーツケースを床に横に開いた。

ソファーの上からその様子を眺めていると、スーツケースの隅にとある布を発見してしまう。


美咲も同時にそれに気付いたのか、顔を真っ赤にし、俺の顔をチラチラ見ながらその布をバレないように入っていたTシャツで隠した。


当然俺も、気付いていないふりを貫き通す。


「な、何持ってきたんだ?」


「えっとねぇ...」


美咲はスーツケースの中から様々なものを取り出していく。


「トランプとUNOと人生ゲームとそれから~」


「も、持ってきすぎじゃない...?」


「え?あ~、元の部屋の子と一緒にする予定の奴だったから...」


「ご、ごめんね...?」


「何で健吾君が謝るのさ」


「まぁ確かにそれもそうだな」


「でもまぁ、せっかく持ってきたことだし、あるものを賭けて勝負しようぜ」


「勝負...?」


===


その後、俺たちはどちらが先に風呂に入るかを賭けたババ抜きを開催した。


「出たよ~」


風呂場のドアがガチャリと開くと、中から真っ白パジャマに身を包み、タオルで濡れた髪を包んでいる美咲が出てくる。


ちなみにそのババ抜きの結果は、三戦全勝で美咲の勝利である。


まぁ風呂の順番なんて正直どうでも良いのだが、こういうしょうもないことを賭けてトランプとかをするときが一番ハラハラドキドキで楽しいものなのだ。


あ、負け惜しみとかではないぞ。決して。本当に。

まぁ最初に負けてダダをこねたせいで三戦もしたのだが。


「結構早かったな」


「そう?」


「あぁ、妹と比べると倍ぐらい早い」


「それ妹さんが遅いだけじゃないかな...?」


「まぁ湯舟でスマホ見るタイプだしそうなのかも」


美咲はトコトコと自分のスーツケースの前にまで移動すると、スーツケースの中からドライヤーを取り出し、ドライヤーのコンセントを挿す。


「ごめんね。ちょっとうるさくなっちゃうかも」


そう言って美咲が髪を乾かそうとした瞬間、俺は美咲へ声をかける。


「な、なぁ...髪、俺に乾かせてくれないか?」


「いいけど...どうしたの?」


「いやぁ俺実は髪乾かすの得意でさ。いや?決して髪フェチというわけではなく、ただ自分の得意を自慢したいなぁ...なんて思ったり?」


「健吾君って髪フェチだったんだ...」


「ゲッ、何でバレたんだ...」


「稀に見る嘘の下手さだったね。でもまぁ、私は全然健吾君になら髪いじられても大丈夫だから」


「あぁ...天使よ」


「やっぱ自分で乾かそうかな」


「じょ、冗談ですよ~」


俺はそう言いながら美咲からドライヤーを貰い、電源を点ける。


俺は髪をときながら乾かし始める。

少し冷たい濡れた髪の感触が手に伝わる。


ふわりと、甘いシャンプーの匂いが俺の鼻腔をくすぐる。


「こうやってしてたまに他の人に髪乾かしてもらうと楽ちんだね」


「毎日乾かすのって結構大変なのか?


「そりゃ大変だよ~。髪乾かすのを想像してお風呂に行く気力を失うぐらい」


「そんなに大変なら俺が毎日乾かしに行ってあげてもいいけどな」


「それが実現してくれたらどんなに嬉しいことか」


その時、俺の脳内にとあるセリフが思い浮かび、一瞬言うかどうか躊躇する。

が、妙にテンションが上がっておりいつも俺は俺を制止するはずのねじが緩んでいた。


「大人になったら毎日乾かしたいね」


耳が熱くなるのを感じる。これは実質プロポーズのようなものではなかろうか。

俺は心臓をドクドクと激しくさせながら、美咲の次の返答を待つ。


「ん?何か言った?」


「な、何でもないよ~」


俺の声はドライヤーでかき消されて美咲の耳にまでは届いていなかったようだ。

俺はもう一度言おうと思ったが、酷く恥ずかしくなってきてその言葉がもう一度俺の口から出ることは無かった。


だが、髪を乾かしながらある事に気づく。

美咲の耳が、真っ赤になっていることに。


心臓が高鳴る。

もしかして先ほどの言葉は聞こえていたのだろうか。


小さく、ドライヤーの音にかき消されそうな声、だがしっかりと俺の耳にある言葉が届く。


「大人になっても一緒に居たいね」


===


「あ~あったけぇ」


俺はシャワーを浴びながら小さくそう呟く。


先ほどのことを思い出し、思わず顔がにやけてしまう。

気持ち悪くないだろうか?大丈夫だろうか?


俺は身体についた泡を洗い流すと、湯気が立っている風呂にゆっくりと浸かる。

ざば~と湯が溢れだし、排水溝へと吸い込まれていく。


「くぁ~染みる~」


俺が湯船に浸って少しした頃、コンコンと風呂場のドアがノックされる。


「どうしたの?」


ドアの向こうに居るであろう美咲に声をかける。


「な、中に一瞬だから入ってもいい?」


「どうしたの?忘れ物?俺が出るまで待ってくれたらついでに持ってくよ」


「も、持ってきちゃダメな奴だから...」


「なるほど...」


持ってきちゃダメな奴とは一体何なのだろうか。


「今まだ裸だから服着るまで待ってくれ」


「それって目瞑りながら出来たりする...?」


一体美咲は何を言っているんだろうか。


「出来ない...と思う」


「やっぱり私中に入っていい?」


「あー出来る出来る。俺目瞑りながら服着るの得意なんだよなぁ」


ガチャっとドアノブを捻る音が聞こえ、俺は咄嗟にドアを開けようとする美咲を止めようと声をかける。


「そ、そう...?」


「うん。得意だからな。任せてくれ」


俺は全く根拠のない自信を元に、とりあえず目を瞑る。


なんのために目を瞑らないといけないのか良く分からないが、とりあえず言われた通りにやるしかない。


俺は目と瞑りながら手探りでバスタオルを探す。


が、大変なことに全く見つからない。


「な、なぁちょっとぐらいなら開けていいか?」


「だ、だめ!」


「そうか...」


ダメと言われたからにはやはり、目を瞑りながら探すしかない。


浴槽から立ち上がると、浴槽のそばのラックの上にバスタオルらしきものを発見し、俺はそれで身体を拭き始める。


ある程度身体を拭き終えると次は着る服を探さなければならない。


俺は浴槽から出ようと足を上げ、足を前に運ぶが上げたり無かったようで勢いよく前足を浴槽の壁にぶつける。俺はその勢いのまま前に転ぶ。


大きな音を立てながら俺は浴槽の床に身体を打ち付ける。


「いったぁ...」


俺が打ち付けた身体をさすると、ドアの向こうから美咲の声がした。


「だ、大丈夫!?」


ガチャっとドアノブを開く音がする。


まずいと思い、俺は目を瞑ることも忘れ慌てながら床に放り出されたバスタオルを体に巻き付ける。


俺がバスタオルを身体に巻き付けたと同時に、ドアが完全に開かれ美咲の姿が見える。


「もしかして...見えた?」


俺が祈るように聞くと、美咲はぶんぶんと顔を横に振った。

ほっと胸を撫でおろす。


その時、視界の端にとあるものが映る。


黒の、布のようなものである。


俺がそれを見たことに気付いたのか、美咲は顔を真っ赤にしながら急いでそれを回収し、風呂場から飛び出していった。


「美咲...もしかしてそれって...」


「き、聞かないで...」


美咲のその返答により、俺はあれが何だったのか確信する。

が、ここでそのことについてカバーしないほど俺は不紳士ではない。


「黒のTシャツだったんだね」


「T、Tシャツ!?...あっそうそう今日は黒のTシャツだったんだ~」


し~んと、風呂場の壁越しに無言の少し気まずい空気が流れる。

もしかしてカバー失敗だろうか。


俺はこの気まずい空気をやり過ごすため、ゆっくり着替えを始めた。

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