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第62話 #ペナルティボックス

 ペナルティボックス再始動!

 フェスに向かって頑張ります♪

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「それで今、蓮美ちゃんのところに居候している、と?」


 千春の問いかけに、涼夏は堂々と頷いた。


「おう。帰ったところで……って感じだしな。妙案が思いつくまでは」

「ほんと、いい迷惑です」


 夜にアパートへ押しかけてから数日、その間涼夏はずっと蓮美の部屋に厄介になっていた。

 一度だけ、通帳と着替えを取りにこっそりと実家に帰った以外は、バイトの時間以外の大半を彼女の部屋で過ごしている。六畳ワンルームロフト付きの部屋は、ふたりで済むには少々手狭だが、数日泊めるくらいなら……という半端な覚悟で招き入れた蓮美だったものの、長期間になってしまうなら流石に考えるところもある。


「でも……本当に出場できなくなったら、どうしましょう……?」


 不安げに尋ねる緋音の頭を、涼夏が不機嫌そうに小突く。


「どうしましょう、じゃなくって出るんだよ。どうにかする。だから今は、新曲のことだけ考えてろ」

「す、すみません……! と言っても……まだ新曲の用意は……?」


 おずおずと栗花落を見つめると、彼女は申し訳なさそうに眉を下げる。


「申し訳ないけど、まだできてないわ。前回の曲が完成してすぐに着手してて、方向性は掴めているのだけれど、イメージがまとまらなくって」

「おおよそでいいが、いつくらいになりそうなんだ?」

「そうね……あと二週間は貰えると」

「となると、フェス前日までギリギリ時間を使っても練習期間は三週間か……また、ギリギリの進行だな」

「ごめんなさいね」

「いや、最強の曲を作ってくれりゃそれでいい」

「軽くまとまったら、一度共有させて貰うわ。みんなの意見も聞きたいから」


 新曲の準備はまだ進んでいないが、今回ばかりは急かすわけにもいかない。あの向日葵が作ったイクイノクスの新曲にぶつけなければならないのだ。それ相応の完成度で仕上げなければ、場末のステージに客を呼ぶことなどできないだろう。


「とりあえず、市民ステージに出たいって胸は実行委員である先輩に伝えてあるよ」


 千春が、報告ついでに添える。


「先輩、SNSのことも見てて面白がってくれてたけど、運営通してスポンサーから出演不可の決が出されたら、自分たちの力ではどうしようもないと思うとは言ってたかな」


 現場の判断だけで言えば、それは面白いに越したことはない。しかし運営判断となるとそうもいかない。フェス対決が公式の企画ならまだしも、バンド間の勝手な取り決めで好き勝手を許してくれるかどうかは正直望みが薄い。


「出場したら2~3曲演奏する時間がある。今は、既存の二曲の完成度をより高めておく」


 時間は有限だ。やれるときにやれることをやる。

 涼夏の持つタイムリミットを知ったっからこそ、蓮美には余計に時間の重さがのしかかる。

 実際のところ、結成三年以内のバンドがメジャーに上り詰める確率はどれほどなのか。大学受験とはわけが違うので単純なパーセンテージで表せるものではないのだろうが、それでも星の数ほどいるバンドの中からと考えると、相当狭き門であることは間違いない。

 その点では、メジャーバンドと同じ土俵で戦い続けようとする涼夏の方針は、きっと正しいのだろう。田舎の学生バンドだからと卑屈になっていては、あり得るかもしれないメジャーへの道すらも見つけられない。

 そうだとしても、あんな動画を出してヒール役になってまで焦る必要があるのか。その点に関しては、蓮美はいまだに納得がいっていない。


「随分と難しい顔をしてるわね。涼夏さんとの共同生活はそんなに大変?」

「へ?」


 突然声をかけられて、ふと我に返る。

 顔を上げると、栗花落が傍に寄って訳知り顔でほほ笑んでいた。


「大変……は大変だけど。涼夏さん、基本的に何もしないし」

「何もしねーって、ここ数日掃除も洗濯もしてなけりゃ、メシだって全部買ってくるか食いに行くかだろ」

「ごはんは、ちょうど食材が何も無かったの! あれば作るもん! 掃除……はしてるつもりだし、洗濯は……」


 蓮美は、アパートの洗濯籠に押し込めた、洗濯するにできない下着の山を思い出す。


(流石に涼夏さんの前で下着洗濯して干すのは……ちょっと)


 どうしてもというときはコインランドリーにでも持っていくつもりだったが、それはそれで勿体ないという気持ちも勝る。奨学金生活の苦学生は、日常生活のちょっとしたことも節約しなければならない。


「とりあえず……お風呂の排水溝は帰ったら掃除するから。ロングふたりだとすぐに詰まっちゃうんだもん」

「ふふ、楽しそう」


 当事者の気も知ってか知らずか、栗花落が愉し気に笑う。


「大変そうなら私の家に泊まりますか? レコーディングルームなら、好きに使ってもらっていいですよ」

「え!?」


 突然の申し出に、蓮美はまた弾かれたように顔を上げる。


「おー、それもアリだな。あの部屋なら夜中までアンプ繋いでベース鳴らせるし」

「ええっ!?」


 思いのほか乗り気な涼夏に、今度はそっちを振り返る。すると、涼夏は不満げな顔で見つめ返した。


「だって、お前の家、近所迷惑考えて音出せねーじゃねーかよ」

「それは、アパートだから仕方ないじゃないですか。そこに不満持たれるのは心外です」

「だって実家から出たとこねーしよ……でも、栗花落ん家なら解決するな」

「それは……」


 蓮美は、口ごもりながら視線を外す。ちらりと栗花落を見ると、相変わらず心の奥底では何を考えているのかわからない笑みを浮かべるばかりだ。


(確かに、栗花落さんのマンションなら部屋があるし、練習もできれば六畳間にぎゅうぎゅうで生活することもない……けど)


 なんか、イヤだ。

 理屈でなく、本能がその選択を拒否する。

 だが、選択を止めるだけの理屈が蓮美にはない。


「迷惑してんだろ。だったら好都合じゃねーかよ」

「そ、それは、言葉のアヤというか。売り言葉に買い言葉というか」


 相変わらず心の機微を理解してくれない涼夏に腹立たしたすら感じるものの、なぜなのかを説明するわけにもいかず、途方にくれる。

 だが、何も言わなければ話がまとまってしまいそうで、とにかく口を開かなければ。蓮美の胸中にあるのはそれだけだった。


「だったら、私が栗花落さん家に泊まる!」

「……は?」

「……あれ?」


 口にしてから、自分がいかに変なことを口にしたのか、涼夏をはじめ他のメンバーのぽかんとした顔から理解した。


「あ……いや……だから、涼夏さんはひとりで私の部屋を好きに使ってもらえば」


 しかし、一度口にしたことを引っ込めるわけけにもいかない。もはや、強引に話を進めるほかない。


「いや、それはなんか、おかしくないか? 何でお前が部屋を空ける必要があんだよ」

「ですよね!?」

「あら、私はそれでもいいけど?」

「え!?」


 訝しげな顔で正論を吐く涼夏に、蓮美は何も返すことができない。だというのに、なぜか栗花落がその提案に同意した。


「私はただ、お泊りが楽しそうだなぁと思っただけなので、お相手は誰でも……ふふふ」

「え、ええ……」


 無理のある提案をした手前、通るとは思っておらず、蓮美は予想外の申し出に完全にペースを取られてしまう。ぎこちない笑みで涼夏と栗花落とを交互に見返しながら、状況を整理する。


「じ、じゃあ……とりあえず今日は私が栗花落さんの家に泊まって、涼夏さんがウチに泊まる……?」

「今日と言わず、涼夏さんの家の問題が解決するまでいつまででも」

「そ、それは流石にちょっと」

「まあ、あたしは別に屋根のあるとこに泊まれれば、なんでも良いけどよ」


 話が変に複雑になってしまい、涼夏も涼夏でそれ以上考えることを放棄した。今の自分に必要な最低限の施しは何かを考え、得た結論はそれだった。もちろん、夜中までベースを掻き鳴らせる栗花落のレコーディングルームは魅力的だが、結局このスタジオが閉まるまで練習していけばさほど変わりはない。

 話がまとまって、最後に栗花落がどこか勝ち誇った笑みを浮かべる。


「じゃあ、そういうことで」

「……はい」


 自分で言い出したことなのに釈然としないまま、蓮美は今夜、栗花落のマンションに泊まることになった。

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